17-2.決戦魔将バエル - 人類は詰んでいる -
※投稿の抜け落ちがあったので、差し替えました。
対応が遅くなり申し訳ありません!
塔4階には人狼を中心とした防衛隊が待機していた。
階段を駆け上がる足音にこちらに気付いていたようだったが、だからといってカーネリアとフローズを正面から相手にするのは酷だろう。
瞬く間に4体の人狼が斬られ、ラケルの銀の弓が連射され、倒れた人狼をペニチュアお姉ちゃんが使役し、頼もしい追加戦力に変えていた。
「人と魔の混ぜ者。奇妙な手応えだ」
制圧は一瞬だった。
ラケルが温情を与えたと思しき人狼の胸に、フローズは容赦なく剣を突き下ろす。
人に化ける怪物とはなれ合ってはいけない。それが正しい判断だった。
カーネリアの剣には情熱があり、フローズの剣には逆にそれが全くなかった。2人はまるで炎と氷だった。
「俺の出番がないな……」
こうなってはもう斥候など必要ない。
俺たちはさらに塔を上っていった。
どうやら本当にバエルは全戦力を前線に回し、短期戦を試みようとしているようだ。
それ以降最上階まで、俺たちを阻む者はどこにもいなかった。
・
塔の最上階の扉を解錠して、俺たちは武器を構えてその内部に飛び込んだ。
魔将を討てば戦いは終わる。1秒でも早い方が望ましかった。
だが、その部屋は俺たちの予想から大きく逸脱した空間だった。
「ルージュ……?」
子供部屋だ。子供部屋に子供がいた。肌の白い子供だ。
こちらに気付いてベッドから身を起こし、どこかで聞き覚えのある名をつぶやいた。
「いや、違う……。なんだ、新しい勇者か……」
バエルはどこだ?
なぜこんなところに子供がいる?
フローズがバカなことをしないか心配になり、目を向けると、幸い彼女も剣を下げていた。
いくらフローズでも子供を斬る趣味はないらしいな。
「ふーん……君が勇者カーネリアか」
「そういう君こそ、こんなところで何をしているんだ……っ? 早く危ないから、こっちに……っ」
「アハハハッ、噂通りの人柄みたいだ。そしてそっちが……盗賊ドゥ。それと、常闇の眷属ペニチュアかぁ」
その口振りから悟るしかなかった。
一見は9歳前後の病弱そうな男の子にしか見えないその存在が、人狼を生み出し、カサリアを電撃戦で滅ぼさんとする魔将バエルだと。
俺たちは剣を再び上げた。いや、カーネリアとラケルはまだ戸惑っていた。
「虚しいね……。そうやって足掻けば、絶望の淵からはい上がれると信じて疑わない。でもそれは違うよ。君たち人類の前にあるのは、終わりのない絶望だけなんだ」
バエルはベッドから立ち上がると、俺たちの前に悠々と歩いてきた。
よっぽど強さに自信があるのか、全くもって堂々としていた。
「抽象的な言葉で時間を稼ごうとしてもムダだ。俺たちはお前を斬る」
「ま、待て、ドゥ……本当に彼は――」
「お気遣いなく。僕は本物のバエルだ」
「で、でも……っ」
「疑問の種明かしもした方がいいかな。実は、僕はね……」
俺たちは警戒に一歩後ずさった。
「頭脳派なんだ。グリゴリとも方向性が少し違って、技術系って言うのかな。この見た目通り、戦闘力は全くない」
「……へっ、ま、魔将なのにですかっ?!」
「そうだよ。そういうわけで君たちの勝ちだ。さあ、終わらせてくれ」
カーネリアが逃げるようにまた一歩下がった。
バエルは俺の方を見た。俺の前に一歩踏み出してきた。
「盗賊ドゥ、君は勇者パーティの汚れ役だ。君が斬ればいい」
情けなくも腕が震えた。
見た目が子供のように見えるだけで、コイツはカサリアを滅ぼそうとしている魔将だ。温情は要らない。1秒の情けが死者を増やす。
なのに俺は、ナイフが震えて動かなかった。
「子供を斬るのが怖いのかい? これは面白い発見だ。そうだ、運良く生き延びたら、次は子供を攫って、子供型の人狼を作ろう。――ア」
「ド、ドゥッッ?!!」
バエルの胸を突いた。
まるで人間のように熱い血が吹き出し、みるみるうちに弱っていった。
俺は敵だとわかっているのにその身を抱き、せめて安らかに眠れるようにベッドまで運んだ。
「子供の身体を貰って、得しちゃった……な……」
「すまん……」
「君たちは、最初から詰んでいる……。でも、せいぜい、あがいてみればいいよ……」
「それはどういう意味だ……?」
「ルージュ……ルージュが、正しかった……。アッシュに、よろしくね……」
魔将バエルは息絶えた。
最期はまるであの妖精国で見た花びらに変わって、それが塵となって消えていった。
フローズは何も言わずに腰へと剣を戻し、塔の屋上に上がっていった。
勝利したはずなのに後味が悪い。
不意打ちに成功して敵を出し抜いたはずなのに、まるで自分たちが卑怯者であるかのように感じられた。
「すまない……僕にはできなかった……。子供を――いや、見た目がそう見えるだけで、敵は敵だったのだけど……」
それでも俺たちは確かめずにはいられず、フローズを追って屋上に上った。
ここからでは森と霧に阻まれ、カサリアの大地は見えなかった。
だがモンスターの気配はもうどこにもない。
ソドムとラケルに任せた塔の下部でも戦いが終わっていた。
人狼らしき姿が数体、森に逃げ出してゆくのを見た。
生みの親のバエルは倒したが、モンスターではない人狼は主が死んでも消えなかった。
「最期、ルージュが正しいって言っていましたよね……?」
「ああ、確かに聞いた」
「四魔将を討ち、魔王を討たずに逃げた勇者ルージュが正しい。という意味だったのでしょうか……?」
魔王は討ってはいけないのか?
そう言葉にするのは、この勇者パーティにおいてはばかられた。
それは今日までの旅を否定する行為だ。
なんだかどっと疲れた。早くジジィに会いたい。
物言わぬ石ころになっていようと、隣にいないよりはマシだ。
「帰ろう。その話は帰りながらすればいい」
「そうだね……。お爺ちゃん、ボクチンたちを待ってるだろうし……」
「フフ……絵の具さえあれば、エリゴルの顔に始末の悪い落書きをしてあげるのだけど」
「ダ、ダメだよぉっ、ボクチンたちの大事なお爺ちゃんに変なことしないでーっ!」
「だって、あの男が憎いんだもの……」
俺たちは塔を下り、ディシムとソドムと合流した。
上で何があったのか、2人は俺たちに聞こうとはしなかった。
人類は詰んでいるとバエルは言った。
何か、俺たちが知らない裏の事情に通じているような、重大な何かを知っているような口振りだった。
妖精国への門に着くと、皆を先に行かせた。
独りになるとまた両手が震えだして、両腕を胸に抱え込むことになった。
「私に斬らせればよかった」
「……アンタ、まだ残っていたのか」
「なぜ、自分で斬ったの?」
「人にさせられるわけがないだろう」
「子供を守る存在である貴方が子供を殺す。不思議」
「矛盾しているとでも、言いたいのか……?」
「いいえ。茨の上で血塗れになって踊る人間に、ただ質問をしているだけ」
「俺はこの勇者パーティの汚れ役だ。これからも思う存分、その茨の上で踊らせてもらうさ」
震えが止まった。信念に従って断言をしたからだろう。
フローズには悪意がない。しかし多少の善意ならば、持ち合わせているのかもしれない。
彼女のこれまでの言葉の数々は、ただ人を心配をしてくれているとも取れなくもなかった。
「……ルージュは、逃げたんじゃない。彼女なりの最善の道を見つけた。ルージュは英雄、ルージュに感謝しなさい」
人斬りフローズは勇者ルージュを絶賛して、俺の言葉を無視して妖精国に消えた。
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