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17-1.決戦魔将バエル - 末路 -

 進めば進むほどに、幻想的な妖精の国は不気味な姿に変わっていった。

 青かった空が赤く染まり、木の葉の色合いも赤や暗色に姿を変え、花が減り、鬱蒼とした密林のような様相に豹変した。


 その終点は丘の上で、こちらの世界に入り込んだときにもあった2本の石柱が立っていた。

 その間をくぐり抜ければ、そこが魔将バエルの喉元だそうだ。


 半信半疑ながらも俺たちは少しの休憩と、入念な戦闘準備を行った。

 幻想的な妖精国と石になったジジィに現実を忘れてしまっていたが、外の世界では人類側の防戦が続いている。


 ここで俺たちが玉砕すれば、泥沼の戦いが続くことになるだろう。

 いずれカサリア王都も陥落し、全ての者がシルヴァランドを頼って国を捨てることになる。


 冷静な判断力と突撃力をもって、確実に魔将バエルを討つには、向こう側についての詳しい情報が必要だ。


「気を付けてくれ、ドゥ」

「ああ、気付かれては奇襲の意味がない。時間がかかろうと、確実に魔将の居所を掴んでくる」

「ドゥ。そこまで、する必要は、ない……」


「しかしソドムさんだって、ディシムにだけは怪我をさせたくないだろ?」

「そ、それは……。そうだけれど、だけど、ドゥ――」


「これが俺の仕事だ」


 柱の間を通り抜けると、本当にここではない別の場所に移動していた。

 妙な場所だった。まるで古い遺跡のような、カビと埃の匂いのする薄暗い広間に俺はいた。


 クロイツェルシュタインの地下、あの魔将グリゴリと決着を付けた場所によく似ている。

 すぐに俺は壁際に身を潜めて、敵の気配をうかがいながら亀のようにゆっくりと進んだ。


 構造もどことなく似ている。

 広間を抜けると上に繋がる階段が続き、各層ごとに地下室がいくつもあった。


「モモゾウ、アイツの注意をあちらに向けろ」

「うんっ、ボクチンに任せて、ドゥ!」


 想定よりもずっと敵が少ない。

 それでも通路には見張りの人狼が2名立っていたので、いつもの手口でモモゾウを囮にした。


「ネズミがいるな」

「おい、変な物を食べるなとバエル様に言われたばかりだろ」


「ん、あれはネズミじゃないぞ。……モモンガ、か?」

「モモンガ!? ネズミじゃないなら喰っても――」


 ダメに決まっているだろ。

 敵の隙だらけの背中に銀の短剣を突き刺し、一撃で人狼の心臓を破壊した。


 続けてそれを引き抜き、こちらに気付いたもう片方に直ちに投げつけた。


「まさ――ガァッッ?!」


 なんてタフで手間のかかるやつらなのだろう。

 ちょっとやそっとでは死なない人狼という生物は、黙らせるだけでもえげつない急所攻撃を何度も繰り出さなければならなかった。


「ええっ、その人たちの服、着るの……? ねぇドゥ、変な虫とかいないよね……?」

「今はそれを気にしいてる場合じゃないな。後で毛づくろいしてくれ」


「ダニに刺されても知らないよ……?」

「嫌なことを言うな」


 死体を隠すとそいつが着ていた人間の服を剥ぎ、人狼に化けた。

 いい感じだ。敵は人間社会の弱点を的確に見抜き、人狼という人間に化けた怪物を生み出した。


 けれどもそれは逆に言ってしまえば、こちらが人狼に化けることも比較的容易だということだ。やつらの匂いの付いた衣服は、格好の隠れ蓑だった。


「おい、お前、妙な匂いがするな……」

「そうか?」


 部屋を一つずつ調べていった。すると奥の部屋に別の人狼が待機していた。


「お前、隠れて人間を喰ったんじゃないだろうな……?」

「さあどうだろうな。それよりも外の戦況はどうなっている?」


「知らないのか? 聞いた話によると、バエル様は人間どもの援軍が到着する前に、短期決戦で決着を付けるつもりだ」

「なるほど、バエルというのは賢いな」


「俺たちを作った人だ、当たり前だろ」

「それもそうだな。……それで、バエルは今どこに?」


「様を付けろよ。バエル様なら、塔の最上階でお休みだ。今日は勇者にやられた傷が痛むそうだ」


 よく喋るその人狼と目が合った。

 するとやつは突然に咆哮を上げ、牙を剥き出しにして、その腕で俺の首を飛ばそうと迫った。


 ま、これだけ聞きかじればバレる。

 しかし速さならばこちらも負けない。


 ヤツが悟るよりも早く、銀の短剣をヤツの胸に突き刺し、人狼の鋭いフックを潜り込むように回避した。


「う、あ……っっ?! ま、まさ、か……勇……」


 お喋りな人狼は息絶えた。

 俺はその巨体を部屋の端に転がすように運び、ボロボロのテーブルクロスをかぶせて隠した。


「勇者じゃない、俺は盗賊だ」

「これでバエルの居場所がわかったねっ、カーネリアのところに戻ろっ」


「ああ、任せた」

「うんっ、任せてっ。……えっ?」


「先行しておくと伝えてくれ」

「ダ、ダメよぉーっ、ドゥ……ッッ」


 モモゾウを肩に乗せて、上層への分岐点まで駆けた。

 こうなったら少しでも早く報告した方がいいと思ったのか、モモゾウはすぐに肩から地下の方へと離れていった。


 防衛隊の主戦力は人狼のようだ。

 進んでみると、次に見つけた見張りも毛むくじゃらの人狼で、俺は情と気配を消して銀の短剣でそいつの命を刈り取った。


 そうして地上に出ると、そこは石造りの古い寺院か何かのようだ。

 敷地の中に大きな塔が1つ建っており、その塔の入り口には人間の姿をした何者かが立っていた。


 いや、こんなところに人間がいるわがないな。

 そいつが人か狼かの真偽の確認など、するだけムダだ。


「くっ……パブロのやつが裏切りさえしなければ、いくらでも巻き返しようがあったものを……っ」

「戦いに参加できなかったことが悔しいのか?」


「当たり前だ!」

「バエル様は我々を戦士としてではなく、人間に化けられるスパイとして使いたいのだろう」


「サンテペグリ、お前はパブロのやつを知らないからそう言えるんだっ!」

「知らないな。私の元になった人間は、パブロのことをだいぶ憎んでいたそうだが」


 敵の死角に回り込み、やつらの背後に忍び込むと少し気になる会話をしていた。

 サンテペグリ。その名前はシルヴァランドで聞いた。


 俺が見捨てたあの男は、無惨な最期を迎えたようだった。

 見捨てて申し訳ないとは思うが、どちらにしろ子供に戻った身体と精神では彼を助けられなかった。


 死角から飛び込み、間抜けな人狼の心臓を二つ貫いた。


「ゆ……勇、者……」

「アンタ、つくづく運がないんだな、サンテペグリ」


 塔の鍵を静かに開き、中へと人狼どもの死体を隠した。


「手伝う……」

「ソドムさん、意外と早いな」


 1体片付いたので、もう1体を運ぼうとするとソドムさんを含む勇者パーティが合流した。

 こそこそやるのは、ここまでってことだな。


「みんな、先に行く。俺、ここ守る」

「そういうことだからテメェらは行け。サクッとバエルの首を刈ってこいっ!」


 まだ敵に気付かれてはいなかったが、ここで外からの援軍を封じる役が必要だ。

 遠距離攻撃ができるディシムと、鉄壁のソドムさんならば適任だ。


「わかったよ、すぐに終わらせるから堪えてくれ」

「ディシム、お腹の子を大切にね。いつか新しいパパになるかもしれないんだもの」

「ヒャハハーッ、不死者の後見人なんて頼もしいじゃねぇかよっ!」

「えええっ、ディシムさんはそれでいいんですかーっ?!」


 カーネリアとフローズという最強の前衛を先頭に、弓ヒーラー・ラケル、死霊使いラケルを背中において、俺は塔を駆け上がった。


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