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15-4.魔の森ミストガルド - 帰らぬ人 -

 皆、不思議そうにしていた。

 モモゾウが爪を立てて俺の肩にしがみつき、ペニチュアお姉ちゃんが手を握ってくれた。


 死んだとばかり思っていた。

 帰ってこない家族の帰りを俺たちは待ち続けた。

 手足が震え、目頭が熱くなった。


 どこかで生きていてくれると、俺もモモゾウと同じく心のどこかで期待していた。

 それがこんな結末で、世界の最果てで終わっていただなんて……。


「エリゴル……こんなところにいたのね……」

「お、おじ……お爺ちゃんっっ!!」


 モモゾウが石となったジジィに飛びついた。

 それはかつて盗賊王とまで呼ばれた伝説の男、盗賊王エリゴルのなれの果てだった。


 俺はペニチュアお姉ちゃんの手をふりほどき、ジジィの真正面に回り込んで、つい衝動的に肩へと両手を置いていた。


「ジジィ……こんなところで道草食ってたのかよ……。アンタほどの男が、なんで……。ちゃんと帰ってこれなかった……。ジジィ……ッッ」


 人前だというのに、俺は親代わりだった男の胸に両手を回して、感情のままに声にならない叫びを上げていた。

 会いたかった。会いたかったのに、石になっているだなんてそんなのはないだろう……。


「ドゥ……きっと治す方法がある。僕も力を貸すよ。一緒に盗賊王を助けよう!」


 石になった人間をどうやって元に戻す……。

 仮にこの石化を解いたところで、生きているという保証はない。


 そう口にしかけて止めた。

 そんな言葉はただの弱音だ。弱音は勇者パーティの一員にふさわしくない。


「カーネリア」

「ありがと、カーネリアッ! そうだよねっ、お爺ちゃんっ、死んだわけじゃないよねっ、きっとっ、治せるよねっっ!」


 喜びと、悲しみと、混乱が胸の中で入り乱れていた。

 盗賊王がもし復活したら、盗賊ドゥの役割は曖昧になる。役割がジジィとかぶることになる。


 その気になれば俺たちは盗賊から足を洗って、平穏に暮らすことだってできてしまう。

 しかしその考えは、己の今日までの生き方を否定するものだ。


 頭から考えを振り払い、ジジィをまた睨んだ。


「フフ……いいざまね」

「お姉ちゃん、その言い方はないだろう……」


「彼はドゥを盗んだ張本人よ? 嫌いよ、嫌い、大嫌い……」


 お姉ちゃんの子供っぽい仕草を見ていると、少し気持ちが落ち着いてきた。

 それから俺はふと先ほどの言葉を思い出した。


 うちのジジィが、勇者の仲間……?


 疑問を抱えてジジィを凝視しても、いつもの飄々とした言葉は返ってこない。それが寂しい。言葉を返してくれなくなるだなんて、それは死も同然だろう。


「いいこと思い付いたぜ! ペニチュアがこの爺さんの娘になりゃいいじゃねぇか!」

「へっ、な、なんでそうなるんですかっ!?」


 ヒーラー・ラケルに同意だ。

 なぜそういう発想になる……。


「だってよぉ、ドゥパパはドゥお兄ちゃんだ! 晴れて家族って寸法よっ!」

「ディシム、余計なことを吹き込むな……」

「いや、カーネリアママと言われるよりは、僕もそっちの方が助かるかもしれない……」


 お姉ちゃんは提案に一考し、しばらくしてから静かに首を横に振った。


「お兄ちゃんじゃ嫌。やっぱりパパがいいわ」

「お姉ちゃんの方が遙かに年上だろう……」


 どっちにしろ石化を解く方法。しいては石化した経緯を知らなくてはどうにもならない。

 死んでいるよりはマシだと思うと気持ちが少し軽くなって、俺は灰色になったジジィに微笑んでいた。


 きっと治せる。きっと生きている。

 やっと出会えた家族を見つめてそう自分を信じさせた。



 ・



 少し妖精国留まって情報を集めることになった。

 妖精の言葉を理解できるのはペニチュアお姉ちゃんとフローズだけで、後者の方は全くといってやる気がなかった。


 ソドムさんとディシムはなんだかんだ仲睦まじく昼寝を始めて、ラケルとカーネリアはペニチュアお姉ちゃんを手伝った。

 フローズは姿を消し、俺とモモゾウはジジィのすぐ側で過ごした。


 どちらにしろ、妖精国を出ればそこは敵の喉元だ。

 今のうちに休んでおくべき状況だった。


 時間の概念が外と同じかわからないが、やがて夕刻が訪れた。

 ペニチュアお姉ちゃんたちが戻ってきて、得た情報を俺たちに報告をしてくれた。


 ざっとまとめるとこうだ。


 妙としか言いようのない話だが、石化したジジィの身体はうん十年も前からここ妖精国にあるらしい。


 だったら俺をカドゥケスの檻から救い、家族として迎え入れ、後継者として鍛えてくれたあの盗賊王はどこの誰なんだ?


 俺の知るジジィは、勇者の仲間の双子か、たまたま同じ顔、同じ服装をした別人か何かか?


 いや、俺とモモゾウの目には同一人物としか見えなかった。

 ペニチュアお姉ちゃんだって、間違いなくこれはエリゴルだと断言してくれた。


 さらに妖精たちはこの男を石に変えた犯人を知っていた。


 犯人は魔王だそうだ。勇者ルージュと共に妖精国に立ち寄っていた彼は、我が身を犠牲にして石になったという。


「元勇者パーティの一員が、実はあの盗賊王エリゴルで、だけどずっとここで石になっていだってことだろ! わけわかんねーぞっ!?」

「まったくだ。だがその疑問も、魔王を討てば本人から聞けるかもしれない。ジジィのことは一端忘れよう。俺たちの目的は、魔将バエルを討つことだ」


 石になったジジィをここに置き去りにするのは嫌だ。

 だが考えようによっては、この国が最も安全といえば安全だ。今日までジジィが破壊されずにここにあり続けたのが何よりもの根拠だ。


 こうして情報の共有が終わると、すっかり夕日が沈みかけていた。

 当初の予定通りに一晩を妖精国で過ごすことになって、夕飯を目には見えない妖精たちがご馳走してくれた。


 果実と、野菜と、豆と、蜜と、果実と果実ばかりの甘ったるい夕食だった。


 食事が終わるとモモゾウと俺はジジィの前にまた戻った。

 いつものジジィだったら陽気に声をかけてくれるのに、石になったジジィは心のない石のようだった。


 俺たちはついに見つけ出した。

 世界中を旅していれば、いつかはジジィの足取りに出会えるかもしれない。

 そう俺とモモゾウは心のどこかで期待していたが、昨日までは空振りの日々だった。


「ジジィ、行ってくるぜ。せいぜいそこで見ていろ、アンタが討ち漏らした魔王も、俺たちが軽く片付けておいてやるからな」

「ピィィィ、お爺ちゃん……。ボクチンと、ドゥが必ず助けるからね……っっ、元気でいてね……っっ」


 翌日、俺たちは盗賊王エリゴルに別れを告げて、妖精たちに導かれて花の国を歩いた。

 これで魔将バエルの懐に忍び込める。


 不意打ちをもって魔将を討ち滅ぼし、北方を解放すれば、ジジィまた一緒に暮らせる日が少し近付く。魔王を討てばきっとジジィは生き返る。


 これまでにない強い動機が俺とモモゾウを突き動かしていた。


更新、遅れがちで申し訳ありません。

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