15-3.魔の森ミストガルド - 妖精国 -
やがて昼過ぎ、妖精国の入り口を見つけたというので偵察を止め、前方で待つフローズと妖精たちの後を追った。
「ヒャハハッ、これが入り口だなんて、普通気付かねぇだろうなぁ……っ」
「これって、自然にできた岩の門……ですよね……?」
森の奥に風化した岩場があった。
ここだけ緑がなく、灰色の岩の大地が続いていた。
正面には風化した二つの岩がある。
その二つは互いに支え合い、その下に二等辺三角形の形をした大きな隙間を残している。ペニチュアお姉ちゃんが言うには、それが妖精国への入り口だそうだ。
「あ、ドゥッ?!」
ごっこ遊びに付き合わされているかのような気分だった。
だから俺はアーチ状になった岩の下を真っ先に潜って、この話が嘘か誠か確かめた。
「わぁぁぁーっっ、ここが妖精の国なんだねーっ、ドゥ!!」
「お前も俺と同じものが見えるということは、幻覚という線はなさそうだな」
真実だった。そこは花の国だった。
見晴らしのいい丘に、スミレ色から桃色、派手なものになると鮮やかな黄や黒まで、色とりどりの花々が咲き誇っていた。
ありとあらゆる樹木に満開の花が咲き誇り、この世界では花が散るという現象がないのかと、人に深く疑わせるほどだった。
「ドゥ……平気?」
「何がだ?」
「ボクチンにも、妖精さん見えるんだけどね……。ドゥの周り、妖精さんだらけだよ……?」
「見えん」
空想の中の妖精を振り払うように身体を一回転させてみた。
……少し身体が軽くなったような気がするのは、心理的なものかもしれない。
「ああ、ダメみたい……。またドゥに群がってるよ……っ」
「無害ならそれでいい」
遅れてみんなが妖精国にやってきた。
誰もが世界の情景に目を奪われた。それから口を揃えて言うのだ。
「ドゥ、君……大丈夫かい……?」
「凄い数の妖精さんに乗られてますよ……っ!?」
からかわれているような気分になった。
その傍ら、ペニチュアお姉ちゃんが妖精か何かを手に乗せて、ボソボソと言葉を交わしていた。
「ここで暮らしている人間のところに案内してくれるそうよ。会っておいて損はないと思うわ。フフ……」
「人の顔を見て突然笑われても困る」
ペニチュアお姉ちゃんとその手の上の何かに先導されて、俺たちは花の国を歩いた。
誰が整備したのかわからないがあぜ道が続いている。
行けども行けども花の姿が絶えず、ここが人間の領域ではないことを証明していた。
甘い香り、爽やかな香り、臭い一歩前の強烈な芳香。多種多様な花の香りを嗅ぎながら、俺たちは向かいの丘へと案内されていった。
向かいの丘には小さな小さな家々があった。
草を編んで作った物ばかりだったが、中には土や木造、石を積み重ねたものもちらほらとあった。
そういった家は特別で、特に大切に飾りたてられているようだった。
「その人間の男が造ってくれたそうよ。その人間の男のことが、妖精たちはみんな大好きみたい」
愛情を感じさせるいい家だった。
自己満足ではなくて、住む者のことを考えて造られているのが見ただけでわかった。
「どんなやつなんだ?」
「お爺さんらしいわ」
「世捨て人か何かか」
「待って、何か言っているわ。……勇者の、仲間?」
「ヒャハハ、そりゃ俺たちのことじゃねぇか」
「違うみたい。そのお爺さんが、勇者の仲間だって言っているわ」
カーネリアはしばらく考えて、そんな人間は知らないと首を横に振った。
勇者パーティにおっさんはいても、老人はいないはずだ。
「今の代の勇者とは限らない」
ところがフローズが突然口を開いた。
それ以上は語る気がないのか、目が合うとそっぽを向いてしまった。
「でも、先代の勇者パーティは全滅したそうですよ?」
「うん……そうなると、その生き残りという可能性というあるけれど……。お爺さんということは先々代か、その前のパーティかもしれないな」
ラケルとカーネリアがそう言うが、そんなこと会えばわかることだ。ここで議論する必要はない。
「けどよぉ~、先々代って言ったらアレだろ……?」
「逃げた、勇者……」
「四魔将を倒し、さあ魔王を倒すぞっっ! ってところで逃げやがった野郎のことだよな!?」
「違うわ、女性よ。勇者ルージュ、四魔将を討った後、仲間の男と共に愛の逃避行をしたのよ」
聞いたことがない話だ。
勇者が役目を捨てて逃げただなんて話は、広まっても誰の得にもならない話だっただろうが。
「お腹に、子供がいた……」
「だったらよぉ、俺たちも高飛びしようぜっ、マイダーリンッ!」
「ディシムは、嘘吐き……。言ってくれたら、俺、そうした……」
会話はそこまでだった。丘の頂上部に俺たちは人影を見つけた。
元気に礼儀正しくカーネリアが声を上げたが、その人影はこちらに気付かなかった。
それもそのはずだ。その人影は、灰色の肌をしていた。
石化した人間が、妖精国で一番高い丘に飾り立てられるかのように直立していた。
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