15.魔の森ミストガルド - 遠征の始まり -
シルヴァランドや近隣諸国への援軍要請が決まった。
結界に守られたシルヴァランドはその性質から、全力の援軍をこちらに回してくれることになるだろう。
人狼パブロは楔とやらの破壊が目的だったと言うが、魔将バエルからすればあれは、カサリア侵攻への布石もかねていたのかもしれない。
対する人類側が選んだ戦略は、カサリア王都での防戦だ。
北方の国境砦で守るのでは援軍が間に合わない。王都北方の町々に、避難勧告の急使が送られ、死の覚悟を決めた勇士たちが北部の砦や町に残った。
『伯父上。伯父上が国境に予算を割いていればこうはならなかった。貴方がこの危機を招いたのだ』
『だ、黙れ……っ。まさか、敵が全軍突撃を仕掛けてくるだなんて思わないだろう!!』
軍の指揮権は第一王子マーカスに与えられた。
これを期に己の地位を高め、伯父ゴルブランを王位から追い落としたい腹があるのだろう。
彼とアシッドの魂胆はさておいて、あの悪王が指揮権を持つよりはずっとよかった。
『勇者様、どうかカサリアをお守り下さい。この王都が陥落すれば、カサリアはもう終わりです』
『ああ、僕たちが必ずバエルを討つ。どうかそれまで堪え抜いてくれ』
俺たち勇者パーティは、魔軍側からすれば少数で特攻を仕掛けてくる最悪の暗殺部隊のようなものだ。
魔将さえ討ってしまえばいいこの勝利条件下で、勇者を防戦の戦列に加わらせるメリットは極めて薄い。
よって俺たちは作戦が決まるなり、防備を固める王都から馬車で飛び出して、その翌日の朝に魔の森ミストガルドに潜入した。
迫る魔軍と衝突しないように北西の森からの迂回ルートを進み、魔将バエルの本拠を強襲する。
全滅の危険が伴う無謀な作戦だったが、奇しくもそれは俺とモモゾウの能力と相性がよかった。
俺が先行し、モモゾウが伝令役としてカーネリア率いる本隊との間を行き来する。
この旅においてこれまでと大きく異なるのは2点だった。
1つは総攻撃ということもあって、モンスターとの遭遇率が多いこと。
そしてもう1つは――
「フローズ……? モモゾウはどうした?」
「日が暮れる。そろそろ潜伏場所を探すべき」
今回の魔将討伐の旅に、あのフローズが加わったことだった。
素性はわからないが軽戦士としては破格の能力だ。潜伏も斥候もこなせる彼女は、認めがたいが、外すことのできない即戦力となっていた。
「言われてみれば空の色が少し暗いか」
ここはミストガルド。晴れることのない霧の森だ。
ここにいると時間と方向感覚の双方が狂う。
「アンタ、このままついてくるのか……?」
「あの獣は疲れている。貴方は、獣使いが荒い」
「それはよく言われる」
フローズと共にその日のキャンプ地を探した。
小さな沢と、用がなければ入ることのない3方が山に囲まれた土地を見つけて、そこを今日のキャンプ地にした。
・
夜。今回ばかりは南方を旅したときのような明るいキャンプとはならなかった。
あの時は不自然にモンスターが少なかったので、それだけ騒げるゆとりがあった。けれど今回は敵の総攻撃下だ。陽気に声を上げるわけにはいかなかった。
「王都のみんなは無事だろうか……」
「心配ですね……。やっと悪い人たちから解放されたばかりなのに、こんなのあんまりです……」
聖堂組のカーネリアとヒーラー・ラケルの言葉に、モモゾウが悲しそうな鳴き声で同意した。
ソドムさんもそれに静かにうなずき、ひねくれ者のディシムと俺は口元を歪ませた。
フローズは氷の女だ。心が凍っているのではなく、最初から心が氷でできているような人間だ。言い過ぎかもしれないが、表情からはそうとしか受け取れなかった。
「暗ぇな。おいマイダーリン、この前の歌を歌ってくれよ~っ」
「ダメ……。敵、気付く」
「そうだけどよ、これじゃ暗くて心まで湿気ちまうぜ! ちょっとだけ頼むよ、俺様のことを、どれだけ愛しているかっ、あんとき歌ってくれただろぉ~っ?」
「え、ええーーっっ、そ、そんなことがあったんですかーっ!?」
好奇心や温かい感情の交じる目線が己に集まって、ソドムの顔が真っ青になっていった。
いや、俺は安心した。
こんな俺が言うと安っぽいのかもしれないが、愛があるならば友人として嬉しい。安心した。
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