14.氷の瞳
「あら、どうして怒ってるの?」
「お姉ちゃん、アシッドの正体を知っていただろ……」
「ええ。彼がクロイツェルシュタインにきてた頃、1度だけ会ったことがあるの」
「なぜ黙ってた……」
「その時、飴玉を1つくれたの。フフ……ただの子供だと勘違いしたのね……」
「俺は飴玉1つと天秤にかけられて、負けたのか……」
「彼はいい人よ、心配なんていらないわ」
「お姉ちゃんがそう言うなら……そうなのかもしれないな」
不都合な真実は全て忘れることにした。
ヴァンは滅びた。もう蘇らない。
最後は民自らが立ち上がりやつらを倒した。
その事実だけがあれば十分だ。
・
俺たちはカサリアを蝕む犯罪組織ヴァンを倒した。
勇者カーネリアは、グラスあらため第一王位継承者マーカスを連れて連日王宮を訪れ、日増しに弱気になってゆくゴルブラン王をとても不思議がっていた。
きっとアシッドが冗談きつめの脅しでも入れたのだろう。
アシッドからすれば、あの悪王を暗殺してしまえば盟友のマーカスを国王に擁立できる。
この国の王家の内情など知りたくもないが、前王の長男が第一王位継承者である点も含めて、元からかなりこじれているようだ。
しかし今となっては、あの愚かな王が玉座にしがみついていてくれた方が都合がいい。
アシッドとマーカスは信頼できる男たちだが、そのバックがやはり俺には気に入らなかった。
さて王宮での政治の話はさていおいて、一方の俺の方は宿の一角で困りに困らされていた。
人斬りフローズがヘラジカ亭を訪ねてきて、目の前の席に座ったまま微動だにしない。
「いい加減、何か喋れ……」
「何かって、何を……?」
視線はまばたきを忘れたかのように一瞬も揺らぐことなく俺を見つめ、態度は終始無表情だ。ピンと説示が整えられ、感情なき無言の凝視がかれこれ30分近くも続いていた……。
「ボクチン、ちょっと遊びに行ってくるね……」
「おい待て、俺を追いていくな……っ、モモゾウ……ッ」
「ごめんねっ、ドゥ!」
モモゾウは俺の肩を蹴って、窓の隙間から街に飛び出していった。
フローズにあるのは沈黙と、凝視と、感情を全く感じさせない冷え切った表情だけだ。しかもそいつは人斬りだ。対処に困り果てていた。
「で、用件は……?」
「わからない」
「そうか……。ならこちらから聞く。アンタはカドゥケスか?」
「違う」
「だったらアンタはなんなんだ? どこでその剣術と身のこなしを覚えた……? カサリアの生まれなのか?」
返事はなかった。会話においての沈黙が、人間関係にヒビを入れることすら知らないか、あるいは全く気にしていないかのどちらかだろう。
言葉を投げかけても何も言わずに人の顔ばかりを見ていた。
「もしかして俺は、アンタに好かれているのか?」
返事はない。冷たい表情にかすかに好奇心が混じっていることだけしか、まるでわからなかった。
「なんでもいいから何か言ってくれ……」
「カーネリアが勇者なのか、貴方が勇者なのか、わからなくなってきた……」
「ずっとそんなつまらないことを考えていたのか? 俺はアイツを支える影だ」
「定義上の勇者は彼女。けれど……。やはりわからない、とても混乱する……」
フローズはわからない女だった。
俺たちとは精神の構造が根本的に異なっていて、興味の矛先もまた別だと、そう思うしかなかった。
・
その一方、王の城では――
カーネリアとマーカス王子の努力により、魔将バエル討伐の段取りが固まっていった。
敵がどんなに多大な戦力を持っていても、魔将さえ倒せば配下のモンスターが即座に全て消滅する。
しかしそれを実現させるためには、敵を主力を引き付ける存在、カサリア軍による陽動が必要不可欠だ。
計画を立て、兵員を集結させ、進軍を行うにはさらに時間と金も必要だった。
これが大軍となると、そうそうすぐに終わるものではない。
暗愚なゴルブラン王がトップではなおのことだった。
「た、大変です、陛下!!」
「なんだ、こっちは連日やつらのせいで疲れているというのに、いったい何の用だ……」
「魔、魔軍……魔将バエルが動きました!!」
「な……なんじゃとぉぉーっっ?!」
「偵察砦からの報告によるとっ、モンスターの大軍がこの王都に向けて進軍を始めたとの急報がっ!!」
「ま、まずい……まずいではないか、それは……っっ?!」
魔将バエル、守りから転じて王都襲撃に動く。数は不明、目的も不明。あまりに多すぎて概算できないほどの大軍勢が、この都に迫っているとのことだ。
この報がきっかけとなり、滞っていた兵の動員が急加速したのは皮肉なものだった。




