12-1.人身売買組織ヴァンの最期 - 最後の砦 -
陽動。それはもう通じない。
推定で資産の8割と、平行輸出品の数々を焼失したヴァンは、人攫いの実行部隊への金払いにすら困りだした。
いや、組織は生命線である実行部隊に金を回そうとしたのだろう。
だがおかしな話だが、アシッドが持ってきた情報によると、あの襲撃以来未払いがずっと続いているそうだ。
理由は明白だ。減った取り分を、末端にまで平等に分配する正直者がいるはずがない。
勘の鋭い幹部などは、崩壊の悪臭を嗅ぎ分けて、金の持ち逃げや隠蔽を始めていてもおかしくない状況だった。
まあそういったわけで、今や組織ヴァンの生命線はいかに手持ちの商品を守り抜くかにあった。そして性急に商品を売り払い、組織内部に金を循環させなければ、組織が崩壊してしまう。
そこで彼の組織は商品の緊急輸出に踏み切った。
王都郊外にある廃砦――通称によるところの『集積所』に国中から攫った人間をかき集めて、やつらは梱包と輸出の準備を始めている。
ただし、知っての通り末端に金が十分に渡っているとは言い難い。
やつらの士気は低く、砦にかき集められた兵員もたった60名ばかし。国中を牛耳っていた組織の生命線とは思えないほどに、貧弱な防衛体制だ。やつらは既に人心も人員も著しく失っていた。
廃砦には北と南に崩れた門がある。
それと涸れ井戸からの地下ルートもだ。このルートは今でも頻繁に使われているとのことだった。
「よろしく、フローズさん」
ただしこのルートは細い。砦に突入するまでは人1人分の横幅しかない。そのため突入に耐えうる精鋭であり、それでいて体格が人よりも小柄な人員がこちらのルートには適当だった。
俺、カーネリア、フローズの3人だ。
死霊使いであるペニチュアお姉ちゃんは、死者が多く出る戦場の方が向いている。ヒーラー・ラケルもそうだ。
ソドムさんの巨体は通路につっかえて体が入らないこと確実で、ディシムもその隣を離れたがらなかった。
『前に、出ないで。矢、刺さったら、危ない……』
『感激だぜ、マイダーリンッッ!! けど悪ぃっ、俺ぁぜってー隣離れねぇぞっ!!』
『ダ、ダメ……』
『勇者パーティの魔法使い様が、戦いを避けて引っ込んでるなんておかしいだろがよぉ~っ?!』
なんだかんだ、あの二人は上手くいきそうだった。
慎重なソドムさんとイケイケのディシムは、性格の面だけで見ればとてもよく噛み合っている。
とても大変そうだが。
「フローズッ、よろしくっ!!」
一方でこっちのメンツはというと、言うまでもなく噛み合いが悪い……。
特にカーネリアとフローズの相性は最悪だった。
「潜伏中に、大きな声を出さないで」
「だったら挨拶くらいしてくれっ、これから一緒に戦うのになんで無視をするっ!?」
「会話、必要……?」
「必要だ! 少なくとも、僕には必要なんだ……っ」
こんなやり取りをしているが、フローズの方もカーネリアに興味を持っているように見える。
一方でカーネリアの方は、人斬りと組むことになったこの展開にかなり当惑していた。
「勇者カーネリア、貴女はなんのために、戦うの?」
「苦しんでる人を守るためだ」
「即答が過ぎると思うけれど、勇者として模範的な回答ね」
「そういうそっちこそなんのために戦うんだ?」
砦は丘に配置されている。その東部にある放棄された農場の井戸に向けて、遠い光が何度か点滅した。
「……意味なんてない。息をしたり、かゆくなった背中に、ただ爪を立てるようなもの」
「なぜ君は人を斬る……?」
「それが欲求だから」
その点滅に向けて、強くしたランプの明かりを同じように点滅して見えるようにして、それが済むとゆっくりと3回のシグナルを送った。すると同じく光が3回分、帰ってきた。
「君は人を斬るのが好きなのか……?」
「好きでも嫌いでもない。呼吸と同じ。意識しなくともできること」
「な……っ、なんなんだ、君は……」
「人斬りフローズ。そう呼ばれている」
「そこまでだ、さあ行くぞ。突入して、攫われた人たちを救い出す。細かいことは気にするな」




