11.悪王ゴルブランと不誠実な勇者
王宮に上り、謁見の間を訪れると、そこに熊のように大柄な王が玉座に腰掛けていた。
見るからに神経質そうな顔立ちで、人を疑うような表情を浮かべるところから、猜疑心の深さも感じられた。
「我はゴルブラン・ゴドルフィン、このカサリアの王をしている。勇者カーネリアよ、よくぞ参られた」
まず最初はカーネリアを代表とした無難なやり取りが続いた。
王としても魔将バエルは討ちたい。だが勇者にこの国の内情は見せたくない。表だけ取り繕ってはいるが、いいように利用したいという腹が早くも見え見えだった。
「王よ、実は僕から貴方に、ぜひ紹介したい男がいるのです」
「ほう、それはそこのフードロープの男か?」
フードロープの俺は貴族の真似事をして、丁重で仰々しいお辞儀を悪王に送った。
「つむじ風のドゥという男をご存じですか?」
「な、何……?!」
「あの盗賊王の弟子にして、天下を騒がす大怪盗。中原では僕よりも有名なくらいです」
「その男が、なんだと言うのだ、勇者よ……?」
「彼が言うには、貴方は人攫いの仲間だそうですね」
「な、何を言うっ! 言いがかりだっ!!」
フードを下ろし、俺は王の前に出た。
近衛兵が前を阻んだ。からかってやりたかったが、さすがにそれは止めておこう。
「どうなんだ、ドゥ?」
「勇者パーティの一員として、先行調査していた俺が言おう。この国は人攫いだらけだ。特にそこのゴルブラン王と癒着するヴァンという組織は、子供たちを好んで攫う」
「そんな組織は我とは関係ないっ!」
「ならなぜ対処しない? なぜこの国ではヴァンの構成員がすぐに釈放される?」
「現場の指揮官が勝手にやっていることだ!!」
「なぜその指揮官を処罰しない? なぜ見逃している? ヴァンは先日盗みに入られ莫大な金を失った。今さら義理立てする理由なんて、もうアンタにはないんじゃないか?」
俺の口からそう言うと、俺が盗んでやったと言っているようなものだが、実際その通りだ。王は真っ赤になったり真っ青になったり表情を忙しくしていた。
もしこの場で俺をひっ捕らえたら、勇者カーネリアの機嫌を損ねる。それは彼としても避けたいところだ。
「ええいっ、無礼なやつめ! 勇者とその仲間たちは、魔軍だけ討っていればいいのだッ!! 他国のことに口を挟むな!!」
「……アンタ、どうも酷い勘違いをしているみたいだな」
「な、なんだとぉっっ!?」
「魔将を倒すかどうかは、俺たちが決めることだ、アンタじゃない。……そうだな、カーネリア?」
「ああ、僕は君に従うよ。なぜならば、君そこが真の勇者だからだ」
「な、何ぃっっ?! ゆ、勇者が、盗賊ごときに従うというのか……っ?!」
ブラフだ。魔将バエルは必ず討たなければならない。人狼、あれをこれ以上人間社会に放たれたら、手が付けられないことになる。
「当然だろ、命を賭けるのは俺たちだ。魔将バエルはカサリアの政情が安定した後にするよ」
「ま、待て……っっ! そ、それは困る……っ!!」
「そう言われてもな、勇者に監視を付けるような王と組めるかと言ったら無理だ。利用するだけ利用して、背中を討ってくるかもしれない」
「そ、そんなことするわけが……なかろう!」
やはりそのつもりだったみたいだな。
勇者が魔将を討たずに帰るんだなんて、王は想定すらしていなかったようだ。
「ゴルブラン王、ヴァンという組織はもう落ち目だ。資産の大半を失った今、やつらは貴族諸侯を従わせる力を失った」
「む、むぅ……」
「もう潮時だ、ヴァンと縁を切れ。ヴァンはカサリア王国の敵だと、国民に向けて演説しろ。それが魔将を討つ最低条件だ」
王からの返答はなかった。だが謁見の間に集まっていた重臣たちが次々と声を上げた。
その中には人攫いに天誅を下すチャンスだと、熱くなるやつも混じっていた。
だが王は答えを出せなかった。
家臣が何を言っても黙りこくってしまった。
「陛下、何を迷う必要があるのです! 魔将バエルの軍勢は膨大、放置すればカサリアは滅びますぞっ!?」
「ヴァンを倒し、勇者と協力して魔将を討つ! 他に何があると言うのです!?」
切るに切れない繋がりがあるのだろう。
だが最終的にこの王は折れる。魔将に国ごと滅ぼされるより、ヴァンを売った方が安上がりだ。
俺たちは謁見の間を退室し、さっきのヘラジカ邸に引き返した。
監視の兵はもう俺たちの後を追ってはこなかった。
・
カーネリアと並んでヘラジカ邸のテラスでで冷たい夕方の風を浴びていると、外出していたペニチュアお姉ちゃんが戻ってくるのを見た。
ちなみにモモゾウとラケルはデートだ。ソドムさんもディシムとのお勤めに出かけた。ソドムさんには悪いが、ディシムに振り回される彼の姿を見るのがとても好きだ。
あの2人を見ていると、『このパーティに戻ってきたんだな』と実感が湧くからだと思う。
「報告を持ってきたわ。次の計画だけれど、決行は2日後になったわ」
「計画……? それってなんの話?」
お姉ちゃんがわざと主語を抜いているのは、俺たちを困らせるためだろう。
ペニチュアお姉ちゃんは、どういうルートを使ったのかがわからないが、俺と自警団が進めている計画を既につかんでいた。
「フフ、面白そうだから手伝うわ」
「僕を仲間外れにしないでくれっ、計画ってなんの話だよっ!?」
「例の人攫い組織、ヴァンから商品を盗む計画だ……」
「商品……? あっ、何言ってるんだっ、誘拐された人は商品なんかじゃないよっ! それっ、僕も手伝うっ!」
カーネリアはいつだってそう言ってくれるから好きだ。
迷いなき瞳で人攫いから子供たちを救うと、そう言ってくれる人だ。
「ええ、アシッドもカーネリアの参加に乗り気よ。だってそうよね、正義を行う上で、勇者様ほどの後ろ盾があるかしら?」
「お姉ちゃん……なぜ、アシッドにまで接触している……」
「フフッ……。アシッド、恐い人よね……。グラスはあんなにいい人そうなのに」
決行は2日後の夜だそうだ。
この実力行使によりヴァンがさらに衰退してくれるならば、あの王を心変わりさせるきっかけにもなる。
ペニチュアお姉ちゃんの狙い通りになった感もあるが、この期に及んで協力はいらないとも突っぱねられない。
いや、何よりも使命感に燃える裏で、どこか楽しそうにしている赤毛のカーネリアの姿が嬉しくて、協力を断るなんて考えられなかった。
「攫われた人たちを僕たちの手で助け出そう! 子供たちをお父さんやお母さんのところに送り届けるんだ!」
「カーネリア……」
「なんだい、ドゥ?」
「ありがとう……」
「え……?」
カーネリアの言葉が胸に深いやすらぎをくれた。
彼女がどうしてあれほどまでに人々に愛され、信頼されているのか、あらためてわかったような気がした……。
カーネリアこそが真の勇者だ。俺はそれを捧げる影にすぎない。




