10-2.ディシムとソドム - もう逃げられねぇぜ、マイダーリン -
ヘラジカ亭に入った。中はいかにも貴族が好んで寝泊まりしそうな高級宿だった。
きらびやかな調度品や黒檀を使った家具類、うやうやしく客人を迎える従業員たちが目に付いた。
「ディシム……? アンタ、何やってるんだ?」
「はぁ……」
ディシムはソドムさんの背中に張り付くように階段を降りてきた。
ソドムさんの口から重いため息が漏れ、それとは真逆にディシムが表情を輝かせている。
「じゃーーんっっ、見やがれこの野郎っ!! おらっどんなもんだいっっ!!」
「う……。ディシム、止めて……」
小さく膨らんだ腹ではなく、そのやり取りの方から察した。
幸せいっぱいのディシムと、顔面蒼白の死んだ顔になっているソドムさんの姿を見れば、ディシムがソドムさんの子を懐妊していると説明されずともわかった。
「一応聞く。それ、誰の子だ……?」
「もっちろんっ、マイッダ~~リンの子だぜぇ~♪」
信じられずソドムさんに確認の目を送ると、後ろめたそうに視線を外された。
「ふ……不覚……」
「もう逃げられねぇぜ、マイダーリン……♪」
たくましいソドムさんの首根っこに飛びついて、甘えに甘えたくる男が元おっさんとは俺も信じたくなかった。
ソドムさん、やっちまったな……。
「あっ、ドゥ!? やっときてくれたんだなっ!」
声に階段の方を見上げれば、カーネリアとペニチュアお姉ちゃんが駆け下りてくるのが見えた。あのヒーラー・ラケルも一緒だ。
モモゾウをラケルに会わせてやりたくて、俺は相棒を袋から引っ張り出すと軽く揺すり起こした。すぐにモモゾウはラケルに気付いた。
「あっあっ、カーネリアッ、ペニチュアッ、わぁっ、ラケルもいるーっっ?!」
モモゾウが腹膜を広げてラケルの胸に飛び付いた。
俺の胸にはペニチュアお姉ちゃんが飛んできて、目の前でカーネリアが少し複雑そうにそれを見下ろしていた。
「この前と同じメンツなんだな」
「ああ、そうして欲しいと僕の方から頼んだ。ディシムのお腹に子供がいるだなんて、思わなかったけど……」
「そんなもの誰にも予測できないだろ。きっとソドムさん本人にもな」
「せ、責任、は……取る……」
「会いたかったわ、パパ……」
「ペニチュアお姉ちゃんも相変わらずだ」
「フフ、それはお互い様じゃないかしら。兵士たちは教えてくれなかったけれど、この王都の騒ぎはパパのせいでしょ……?」
「ああ、そのことについて伝えておきたいことがある」
場所をカーネリアの部屋に移して、俺は現在の状況、今日までかき集めてきた情報を仲間である勇者パーティに提供した。
勇者パーティは国境付近から既に、さっきの兵たちによる護衛という名の監視を受けていたらしい。
民が勇者カーネリアに気付けば、国の窮状を直訴することにもなりかねない。王はそれを妨害したかったのではないかという結論になった。
「その話が本当なら、ゴランブラン王の協力がなければ、魔将バエルは倒せないということか……」
シルヴァランドから兵を借りるという手もあるが、他国の軍勢を領地に入れたがる王も領主もいないだろう。遠征にだって金がかかる。あちらの人狼の問題も、まだ完全には解決していない。
「王様が人攫いの仲間だなんて……信じられません……」
「本当だよっ、でもボクチンとドゥも見たんだ! お父さんとお母さんから引き離された子供たちを……いっぱい!」
人攫いの中でも子供を攫うやつは最悪の中の最悪だ。
モモゾウの直訴がこの場から笑顔を消した。
落ち着いていられたのは、元カドゥケスのペニチュアお姉ちゃんくらいだった。
「そうね……。王が勇者を利用するだけ利用して、魔将を討った後に背中を襲ったという話は、歴史を振り返れば何も珍しくもないことよ。その王なら、確かにやるかもしれないわ」
かつてカーネリアも国内貴族に命を狙われた。
政争、自己保身、あれもまた下らない理由だった。
「どうする? 王と取引をして、やつらの悪行に目をつぶるという手もあるが」
「おいドゥ、お前わかっててわざと言ってんだろ……!? 俺ぁんな取引お断りだってのっっ!! ガキ攫う外道と組めるかっ!!」
誰もディシムに反論を示さなかった。
いや、精神的支柱であるソドムさんが静かに手を上げて、重々しくその口を開いた。
「取引は、しない。子供たちを、守る」
巻き込んで悪かったなと思ったが、どっちにしろこのメンツならばこうなっていただろう。
俺たちはこれから、ヴァンと癒着するゴランブラン王との謁見に向かう。勇者と、その勇者パーティの一員として。
宣伝となりますが、並行連載作
「ポーション工場に左遷された俺、エルフに拉致され砂漠の国の錬金術師となる~今さら戻れと言われても、美人姉妹が離してくれません~」の発売日が7月29日に決まりました。
活動報告にパッケージイラストとリンクがありますので、もしよろしければ見に来て下さい。
買ってそんのない渾身の一作に仕上がっています。




