9-2.水底の金剛石 - 断罪者フローズ -
兄貴の方は額に金貨がめり込んだままで、弟分の方は松葉杖を突いていた。
その二人は戦力外として、見張りがもう5名いる。
「右の2人は任せた。残りは俺とモモゾウがやる」
「了解」
人斬りが剣を抜いた。右の方のやつはついていなかった。そう思おう。
「あ、兄貴ィィッッ?!」
「うるせぇ、頭に響く――テ、テメェはっっ?!!」
中央のやつはモモゾウが麻痺毒で、その左の2人は奇襲のナイフで黙らせた。
右の2人はフローズに斬られた。眉一つ動かさずに人間2人を殺害して、なんの感情も燃え上がらせずにウーフとヤーフに刃を向けた。
「ヒッッ――」
「よくも仲間を! こんなことをしてヨーフの若頭が、あ――」
止める間もなかった。人斬りフローズは悪党を粛正した。
モモゾウが恐怖に俺の胸へと潜り込み、俺はスマートじゃないこのやり方に眉を難しく歪めていた。
「不満……?」
「別に」
「そうは見えない……」
「初めて会ったときに言ったはずだ。俺は人に説教できるような人間ではない」
あまりに傲慢な断罪だと思った。
しかしそれを咎める資格は俺にはない。彼女がやっていることは、俺の所業と何も変わらない。
「なぜ、あなたは殺さないの……?」
「俺は悪党だと確信した人間しか殺さない」
「それは、なぜ……?」
「そんなことをしたら、自分の生き方を誇れなくなる。それでは盗賊ドゥをやっていけない」
「……だから、そんなに苦しそうなのね」
「ッッ……?!」
我ながら情けない反応を返すことになった。彼女の言葉が胸に突き刺さって、喉から悲鳴めいたものが上がっていた……。
俺が、苦しんでいる……?
そんなわけがあるかと、俺は己の生き方を貫いているだけだと、自分を納得させた。
「あなたの人生。あなたの好きすればいい」
「そうしてきた結果がこれだ」
「そう」
今は盗みだ。盗みの仕事を優先させるべきだ。
胸の中のモモゾウを撫でて自分を落ち着かせ、目の前にある鍵穴が5つもついた大げさな扉を、1つ1つピッキングで暴いていった。
・
保管庫にはダイヤと白金貨が山となって積み重なっていた。
金貨や金塊、その他宝石の類や、薬物までもが誇るように広い部屋に飾り立てられていた。
ヴァンは多くの子供たち、女たち、働き盛りの男たちを攫い、人と人の輪を引き裂いできた。それがこんなちっぽで下らないガラクタになるだなんて、怒りが胸の中で焦げるように燃え上がるのを感じた。
「なぜ、怒るの……?」
「こんなつまらない物のために、人の幸せが破壊されたからだ」
「そう」
この女には心がないのか。彼女からは少しの共感もなかった。
布袋を用意してきたのだが、ご丁寧にもここにある物はどれも運びやすく梱包されている。
モモゾウをまた斥候に出し、俺とフローズは庭へと財宝を運び出した。
2人で6往復ほどすると、まだ2割ほどが残っていたがタイムリミットだ。俺はモモゾウを空に投げ、外壁の向こうで待つ強奪部隊へと伝令を送った。
「なんだ……?」
「さあ。私は言葉にはできない、複雑な感情を、あなたに抱いている」
「……わからん。それは喜怒哀楽で言うとどれだ?」
「哀れみ」
「バカにするな、俺は盗みを楽しんでいる」
美しいが悍ましい白金貨を爪弾いて、俺は突入部隊の援護のために駆け出した。
だいぶ荒っぽいがこんなに大量に盗めたらさぞ気持ちいいに違いない。
闇から闇へと駆け抜けて、正門前の見張りを後ろから刺した。もちろん、それなりにがんばれば死なない範囲で。
俺のやっていることはフローズと変わらない。その時そう強く実感した。
・
覆面の強奪部隊が財宝を荷馬車に詰め込むと、その財宝は迅速に処分された。
何、簡単なことだ。金というのは隠すよりも撒いた方がずっと処分が早いものだ。そこで俺たちは計画通りにその金を都を走る用水路に投げ込んだ。
馬も荷馬車もアシッドによるロンダリングが済んだもので、通りに乗り物を放置して俺たちは散り散りになって離脱した。
まさかヴァンの連中も、自分たちの金が水路の中に捨てられているだなんて気付きもしないだろう。
仮に気付いた頃にはもう手遅れだ。その金は王都で暮らす人々の手に渡って、所有権ごと行方知れずになることになる。そう思うと夜明けの大騒ぎが待ち遠しかった。
・
前の宿は念のために昨夜で引き払った。
そこから遠く離れた新しい酒場宿で一杯やっていると、アシッドとグラスがやってきた。
ここではさすがに話せないので、彼らを俺の部屋に誘った。
「これだけの資金が消えれば、ヴァンは多くの繋がりを失うことになる」
「だがアンタらは途方もない恨みを買った。大丈夫か……?」
「最初から承知の上だ」
「ま、そうだろうな。野暮な質問だった」
「盗賊ドゥ、いい仕事だった。これでヴァンは、収賄相手や人攫いを見て見ぬ振りをしている領主たちを黙らせることが難しくなる」
彼らは報復を恐れていなかった。
その強さに俺はまぶしさを覚えた。見習いたいと思った。
「しばらく様子をうかがう。その上で、次はやつらの商品を奪い取る」
アシッドの言うそれが作戦の第二段階だ。家族や恋人の前から引き去られた人々を救い出し、ヴァンの権威をどん底まで失墜させる。
「アシッド、彼らは商品じゃない! 攫われた無辜の民だ!」
「すまぬ、言葉のあやだ」
「必ず家族の元に返してやりたい。出来ることなら急ぎたい」
「ヴァンを倒すことが結果的に民のためになる」
彼らのやり取りから、俺は薄々感じていたグラスの正体をなんとなく察することになった。
無辜の民。それは上位の貴族以上の責任ある地位になければ、なかなか使うことのない言葉だ。
「商品が売れたらヴァンの収益になる。急ぐ価値もあるんじゃないか?」
「わかった、急ぐ方向で進めることに同意する」
グラスは貴族だ。それもかなりの上位の家の出た。
しかし家を動かすような当主ではない。実権は持たないが大きな義務を持つ、大貴族の息子のような半端な立場にある者なのではないかと思う。
「口添えありがとう、ドゥ」
「俺もアシッドも合理的に考えて、必要な答えを出しただけだ」
「ふむ……」
そう返すと、どこか興味深げにアシッドがこちらを眺めだした。
フローズもフローズだが、アシッドもアシッドで目的が見えない。
義を重視するグラスの性質を、彼なりに好ましくも思っているように見えるが……。
「必ず民を取り返そう。そして家族の元に彼らを帰してやるんだ」
「ああ、人攫いどもを破滅させられるなら俺はなんだっていい」
「私もそれには全面的に同意しよう」
しばらくは混乱するヴァンを見物して楽しもう。
ソドムという冒険者を演じることを止めた俺は、久々のスッピンで裏のある仲間たちと祝杯を上げた。
「へへへ、お疲れ様~!」
難しい話はお断りのモモゾウが袋から肩に駆け上がって、ピーナッツを掲げたりもした。




