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9-1.水底の金剛石 - レーベ小宮殿 -

 アシッドの作戦は第一段階と第二段階に分けられた。

 第一段階ではヴァンの資金を盗む。それも大規模に、自警団でも選り抜きの精鋭50名弱を動員して、やつらから根こそぎ盗み取る。


 いや、もはや強盗と呼んだ方が相応しいほどに、それは乱暴どころではないメチャクチャな手口だった。


 しかし金は悪党と悪党の潤滑油だ。人格破綻者どもが慣れ合えるのは、金というこの潤滑油があるからだ。もしもヴァンがこれを失えば、金の切れ目が縁の切れ目となってゆく。


『ヴァンは新興の犯罪組織だ。彼の組織の弱点は、結束の脆さにある』


 アシッドの視点はなかなかに面白かった。だが悪党側に身を置いたことがなければ、とてもではないが出てはこない発想だった。

 ヴァンには結束を高めるための努力が足りていないと、そう言っているようにしか聞こえなかった。


 さて作戦だが、まずは陽動隊がやつらの倉庫十数棟へと、一斉に火を放つ。

 倉庫の中身は攫った人間ではなく、それと一緒に平行輸出するための毛皮や塩だそうだ。


 こうなると当然、ヴァンの構成員たちが消火にかり出されることになる。

 その騒ぎに乗じて俺含む少数がヴァンの本拠に潜入し、金目の物を根こそぎ奪う。価値のある物を屋敷の庭に運び出し、頃合いがきたら強奪部隊に突入の合図を送る。


 そして、盗んで、逃げて、財宝を処分する。

 スマートとは言い難いが、組織を崩壊させたいのならば、ありったけの金を一度に盗んでやる必要があった。



 ・



 作戦の決行は4日後の晩となった。

 それまでの間、俺はアシッドとグラスに協力して下準備を進めた。


 そうして日々を過ごしてゆくと、いつの間にかグラスの誠実さに好意を持つようになった。同時にアシッドという男について、ますますの疑念を抱くようにもなった。


 それとフローズ。俺はあの女と組むことになった。

 これもアシッドの判断だ。この自警団は事実上、サブリーダーのアシッドが動かしているようなものだった。



 ・



 かくして作戦決行の夜がきた。

 俺とモモゾウとフローズは、前王の別荘にして現在のヴァンの本拠地である、レーベ小宮殿と呼ばれる豪邸を遠巻きにうかがった。


「もし見つかったら敵を引き付けろ。その間に俺たちが仕事を済ます」

「それはない」


 この頃にはフローズとの意志疎通も多少はできるようになった。

 雪のように真っ白な髪と赤い瞳は、あまり潜入に向いた身体的特徴ではない。


「俺もそうあってほしい」

「も~っ、ケンカしちゃダメだよ、ドゥッ。ごめんね~、フローズ」


「なぜ、謝る……?」

「だってボクチンは、ドゥの保護者だもん!」

「……好きに言っていろ」


 フローズは知れば知るほど妙な女だった。

 彼女からは生の熱というものが感じられなかった。欲もなければ物事への執着も何もなかった。


 そんなやつがなぜ自警団に味方しているのか、どうもわからない。


「アンタ、なぜ自警団に入った?」

「……質問の意図がわからない」


「アンタがここにいる理由が知りたいだけだ」

「そう。アシッドに頼まれた」


「……それだけか?」

「いいえ。でも答える義務はない」


「それもそうだな」


 フローズ。知れば知るほどにわからない女だった。



 ・



 俺たちの前に伝令がやってきて、こちらの作戦が始まった。

 放火は大成功、ほぼ全ての倉庫が全焼の勢いで燃え上がっているそうだ。


 王都中が騒がしくなってゆき、少し待つとレーベ小宮殿からゴロツキや馬車が次々と飛び出してゆくのを目撃することになった。


 今ならば警備もガラガラだ。俺は宮殿の外壁に飛び付き、ちょっとした出っ張りを足場にして3m弱の壁を乗り越えると、その先の庭園へと静かに降下した。


「フローズ、しゅごい……っ」


 フローズは俺の動きをほぼ完璧に模倣していた。

 アシッドの判断は正しかったようだ。フローズは高い潜入能力を持っている。


「驚いている場合か、先行して索敵を頼む」


 モモゾウが戻るまで身を潜めて待機した。

 安全が確認されると前進し、フローズの身のこなしにまた俺は小さな嫉妬をした。

 こんなことがあり得るのだろうか。彼女はあまりに完璧だった。


「何……?」

「いや、別に……。ますますアンタに納得がいかなくなっただけだ」


 これだけの実力者がなぜ野に埋もれている。

 なぜ自警団に加わっている。なぜこんな危険な国で人斬りをしていて生き残っている。


 そんな疑念を抱きながらも俺たちはモモゾウが開けた窓から、レーベ小宮殿の内部に進入した。


「盗賊ドゥ……」

「なんだ?」


「どうして、戦っているの……?」

「知らん。これが俺の人生だ」


 ここまできてしまえば後は一本道だ。

 内通者の情報通りの道をたどり、巡回1人すらいない警備網を突き抜けた。


 愚かにもやつらは、持ち運びが容易なダイヤモンドや、黄金よりも貴重な白金貨で資産を管理しているらしい。

 量にもよるが、フローズと手分けをすれば庭との数往復で済むだろう。


「いててて……あの野郎、覚えてやがれ……っ」

「大丈夫かよ兄貴ぃ!? お、俺が何か冷やすの、持ってこようかよぉ!?」


「バカ野郎っっ!! 元はと言えばっ、テメェのせいでこうなったんだろうがよぉっっ!!」

「ブベェッッ?! あ、兄貴ぃ、兄貴ひでぇよぉ……っ」


 あいつら、生きていたのか……。

 保管庫の前にグリーンネップの町のウーフとヤーフがいた。


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