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8.人斬りと盗賊

 そこは地下に掘られた墓場だった。

 以前にカーネリアとペニチュアお姉ちゃんと共に下った、セントアーク大聖堂の地下礼拝所にとてもよく似ていた。


 ここは石の玄室だ。その玄室の外周に所狭しと埋め尽くされたくぼみは、本来は埋葬者を寝かせるためのものなのだろう。

 だが今は酒瓶や麻袋、剣や弓、珍しい物では書類や本の類までもが無造作に押し込まれていた。


「アンタたちがどうやって俺にたどり着いたのか不思議でならなかったが、そういうことだったか」

「そうだ、上の宿はアシッドが経営している。自警団は、彼の協力あっての自警団と言ってもいい」


 上の宿というのはあの売春宿だ。あの晩たまたま選んだ売春宿が彼ら自警団の傘下だった。この古い地下埋葬所は、売春宿の真下に隠されていた。


「貴方あってのレジスタンスだ」

「自警団だ。市民をヴァンから守れれば、俺はそれでいい」


 アシッドの口振りからふと気付いた。

 このグラスという男、ただの無教養な一般市民にはとても思えない。


 北方人らしい青い目とホワイトブロンドには気品があり、表情の端々には洗練された教養とゆとりがある。

 そんな彼がときおり生真面目で神経質そうな表情をするのは、責任の重さゆえだと感じた。


「そのやり方は誠実だが、賢明とは言えない。王都の民だけ守っても意味がない」

「それはわかっている……。だが――」


「こうして盗賊ドゥと出会ったのは一つの契機だ。彼のやり方を見習おう」


 彼らの内輪もめはそこで中断になった。

 客人の前というのもあっただろうが、隠れ家の入り口の方から扉の物音が響いたからだ。


「警戒はいらない、幹部たちだ」


 ほどなくして幹部たちがこの部屋にやってきた。

 やってきた自警団の幹部たちは5名いて、1人はコックの格好をしていた。


「紹介しよう、こちらはあの盗賊ドゥだ」


 グラスが勝手に俺の正体をバラらすと、彼ら4人の口から歓声が上がった。


 だが残り1人は終始無表情だ。そいつは人の目を引く美しい女だった。氷のような青く冷たい目で、静かにこちらを凝視していた。


 幹部たちは俺へ親しみ混じりに自己紹介をした。

 パン屋(ベイカー)床屋(バーバー)肉屋(ブッチャー)料理人(コック)だそうだ。


 俺みたいなアウトローを大歓迎で迎えてくれた。


「愛想がなくて悪いな。彼女は凍った女(フローズ)、我らの中で最も危険な人間だ」


 フローズと俺はしばらく睨み合った。美しいから見とれたのではなく、得体の知れない存在を計ろうと相手の本質を探った。

 だが彼女は、まるで氷のように冷たく何も読めなかった。


「こうなっては偽名を使っても意味がない。俺はつむじ風のドゥだ、よろしく」


 彼女に向けてそう投げかけると、急に興味が失せたかのように視線を外された。もちろん返答も何もなかった。


「気を悪くするな、フローズは誰に対してもそうだ」

「そうみたいだな」


 他の幹部たちはフローズを怖れていた。

 あまりに美しいからだと最初はそう思ったが、どうもそうじゃなさそうだ。彼らはフローズの一挙一動に畏れ慄いていた。


 アシッドだけがフローズに理解を示しているように見えた。


「盗賊ドゥ、貴方が悪党の金を盗む存在ならば、そこのフローズは、命を奪う存在。要するに人斬りだ」


 そう紹介されたところでフローズは少しも表情を揺らがせない。

 まるで氷の彫像のように壁に背を預けて腕を組んでいた。


「人斬りとは組めないと言うならば、作戦から彼女を外す」


 リーダーのグラスが客人を優先させても、全くといって心動かされたように見えない。ソイツは正真正銘の氷の女だった。


「生憎、俺は誰かに説教できるほど立派な人間じゃない。……それで、作戦というのは?」

「ドゥ、貴方と取引がしたい。こちらは引き替えに、魔将バエルについての情報収集を受け持とう」


「その場合、俺は何を支払うんだ?」

「ドゥ、俺たちと一緒にヴァンと戦ってほしい……。やつらに打撃を与えなければ、この国は、この先ますます酷くなってゆく……」


 利害は一致している。だが組むとなると盗賊の流儀から外れる。

 こうして頼まれなくとも、これからヴァンという組織をカモにしてやる予定だった。


「俺の目には既に歯止めが利かなくなっているように見える」

「ッッ……。信じられないかもしれないが、昔のカサリアはこんな国ではなかった……。美しく、平和で、豊かではないが素朴な国だった……」


 グラスは悲しそうに目を落とし、だがすぐに顔を上げて気高く勇敢なリーダーの姿を見せた。幹部の前だからそう演じているのではなく、それが彼の気質のように感じられた。


「ゴランブラン王はヴァンと通じている」

「そうだな、そこが俺としても非常に不都合だ」


「本当か?」

「俺が闇なら勇者カーネリアは光だ。見て見ぬふりをしたまま、魔将だけを討ってこの国を去れるようなやつじゃない」


 確実に、カーネリアはヴァンのみならずそのゴランブラン王とぶつかることになる。


「ここは俺たちの国だ。俺たちの国を守らんとするカーネリア様を助けたい」

「忠告だが、王には重々気を付けた方がいい。人を利用するだけ利用して、目的を達したら背中から襲いかかってくるような卑怯者だ」


 誰かと組むと、盗みのリスクは著しく跳ね上がる。

 裏切るやつもいれば、あり得ないヘマをしでかす素人も混じる。だが俺たちは利害が一致している。組む価値があるかと言えば、ある。


「わかった、組もう。まずはさっき言っていた作戦について説明してくれ」


 幹部連中が喜びに声を上げた。グラスは安堵のため息、アシッドはこうなることがわかっていたかのような落ち着きっぷりだった。フローズは変わらずの氷の女だった。


 俺はテーブルの特等席に腰を落ち着かせた。酒とつまみをくれるというのでモモゾウを取り出して、アシッドが立案したという作戦の一部始終を黙って聞き通した。


砂漠エルフの方、更新間に合いませんでした。

明日手配して更新します。



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