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7.アシッドとグラス

 ソドムさんに名前だけ化けたのもあってか、しばらく魔将の情報を探るのに腐心することになった。


 現在は日付をまたいだ翌日の晩だ。

 そこまで情報収集に努めた限りでは、いよいよこの魔将バエルというのは妙なやつだった。


 冒険者たちの噂によるとこの魔将、沿海州を混乱に陥れたグリゴリのようにとんでもない戦力を持っているらしい。


 実際に北西へと遠征を試みた冒険者の話では、分厚い魔軍の警備網をかいくぐった先には、森の中に町のようにそびえる兵舎の数々を見たという。


 しかしこの魔将バエル、それだけの軍勢を持ちながらも攻撃を仕掛けてこない。

 姿を見た者はどこにもなく、バエルはその完璧な防衛網の中に引きこもっている。


『だが私は思った! 動かないのではない……受けないのではないかとねっ、ソドムくんっ!』

『まああり得る』


 そう憶測を述べる声のでかい自称エリートもいた。

 着目点は面白いが事実は不明のままだ。

 ただ、こうなってしまうとカーネリアが到着しても手を焼くことになりそうだ。


 国軍と連携して突破口を生み出そうにも、その国と軍が腐敗しているとなれば、共同戦線はリスクの方が遙かに勝った。


「相席、構わないだろうか?」

「ああ、席が欲しいならくれてやる」


 銀縁メガネをかけた細身の男に声をかけられた。

 そこで俺は席を譲って、部屋で休もむことにした。だが異様な特徴を持った大男が俺の道を阻んだ。


「なんのつもりだ?」


 目つきの鋭い男だった。異様というのにその腕のことで、ソイツの腕は赤く醜くただれていた。


「私はアシッド、こちらは団長のグラス。もしや貴方は、あの盗賊ドゥでは……?」

「さあな。どこのどちらの団長さんか知らんが人違いだ、俺はソドムという」


 (アシッド)眼鏡(グラス)か。清々しいほどにそのままだ。

 どんな人生を生ききたら、酸で身体がただれるという運命をたどるのか、少し興味がわいた。


「我々は自警団だ。我々はこの国にはびこる犯罪結社、ヴァンと戦っている」


 グラスという男は生真面目だった。

 真顔で、迷うことのない真っ直ぐな言葉で、隠しもせず日常会話の音量でそう言ってのけた。


「はは……そんな大っぴらに言ってしまってもいいのか?」

「なぜはばかる必要がある。民を苦しめているのはやつらの方だ。やつらを人攫いと呼んで何が悪い、何も悪くない」


「ま、確かにその通りだ」


 アシッドの方はグラスの護衛役なのだろうか。

 いやに冷静に店内を見回して、グラスの言葉におかしな行動を取るやつが現れないかと監視していた。


「今はあえてソドムと呼ぼう。ソドム、君の噂、君の伝説、君がごく最近に引き起こした騒動と英雄譚の数々を我々は把握している。その上で君と話がしたい」


 少し、アベルのやつに似ていると感じた。

 アシッドというこの男にも興味がわいてきた。ただの用心棒にはとても見えなかった。


 どちらかというと、アシッドはこちら側の人間のように感じられた。


「わかった。だがどちらにしろ、場所を変えるべきだな」

「興味を持ってくれただけでもありがたい!」

「ではこちらへ、ソドム様」


「ソドムでいい」


 ヴァンを名指しで非難する自警団。この時点でただの世間知らずとは言い難い。

 こうして生き残っているということは、それなりの力を持っているということだ。


 俺たち勇者パーティは魔将バエルを撃たなければならない。

 しかしそれを実現するには、この国の協力がなければ成り立たない状況だ。ヴァンという組織は、俺たちにとって不都合な存在でしかなかった。


 アシッドを先頭、中央をグラスにして、俺は後方として彼を護衛しながら、自警団の隠れ家へと案内されていった。


次話更新、スケジュール的に少し厳しいです。

もしかしたら1日遅れるかもしれません。

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