6ー2.悪徳の都ユングフィ - 腐敗軍人 -
3日間滞在すると、もう3日分の宿賃を支払った。
ここユングフィは盗賊の楽園だ。カモに事欠かないこの王都で金を盗み、それを気まぐれでばらまいては、魔将についての情報収集を進めていった。
俺の仕事は勇者パーティの汚れ役だ。そこには円滑な旅のためのバックアップも含まれる。
実際、合流を待たずにこうして先行しておいて正解だった。この国は信頼を重んじるカーネリアの性質とまるで合わない。
「ふーん……なんでそんなところにいるんだろうな?」
「はっはっはっ! 魔軍が何を考えているかだなんて、我々にわかるわけがないだろう!」
国軍の副参謀長を自称する男と知り合った。
面白い男だったが、酒を飲ますと参謀部にあるまじき口の軽さだった。
「それは割り切り過ぎだろう。やつらにだって戦う理由があるんじゃないか?」
「バカにするな! シルヴァランド王からの報告では――おっと、これは機密だった」
「ああ、その話はたぶんもう知っている」
「それはハッタリだな!」
「さてどうだろうな」
彼は基本的なことから少し妙な情報まで、色々と面白い話を提供してくれた。
魔将はこの国の北西にある大樹林の彼方を拠点にしている。
そのため北部の国境に兵が回され、散発的な戦闘が起きているが、今のところ攻勢に転じてくる様子はない。
「魔将バエルの動きは鈍い。だがシルヴァランドでの人狼騒動からしてもそうだが、かなり陰湿な手口を好むやつだ。我々は勇者カーネリアの到着を待つだけでいいのかっ!?」
「だったらそれを王に直訴しろ」
「ハーッハッハッハッ、俺が首になる!」
「この国の様子からして、あまり聡い王ではなさそうだな」
「そこは……む、ノーコメントだ」
それと、この国の腐敗にまつわる情報。これは調べたくなくとも勝手に集まった。
酒場の連中が愚痴ばかりをこぼしていた。
この国にカドゥケスはいない。既に周知の事実だが、代わりにヴァンと呼ばれる犯罪結社がいる。
こいつらは国そのものと癒着している。
官僚、各地の貴族にも影響力を持っており、国民はこの組織に逆らおうにも逆らえない。
「北方のバエル、国内のヴァン。ぁぁ、にっちもさっちもいかん……」
「エリート官僚ってのは大変なんだな」
「それがエリートの宿命だ」
「……いや、何を言っているのかわからん」
「御馳走様、金貸し屋くん!」
「金に困ったら声をかけてくれ。アンタには特別に10日で1割で金を貸してやろう」
「金には困っていないよ。欲しいのは――理解のある飲み友達と嫁さんだ」
自称国軍の副参謀長は、陽気なことを言ってお高いショットバーを去っていた。
情報収集は上々だ。
バーを出ると通りがかりのチンピラから財布をすって、拠点の酒場宿に引き返した。
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盗んだ金で遅い昼食を食べていると、見るからに兵隊といった風体の男たち5名に取り囲まれた。
「貴様が盗賊ドゥだな?」
「人違いだ。俺は金貸し――」
「薄汚い盗賊め。兵舎まで同行してもらおうか」
「……誰の指示だ?」
「ここで死ぬか、同行するか、どちらかだ」
「わかった、付き合おう」
撃退は容易だった。しかしそれではこいつらの背後がつかめない。
俺は布袋のモモゾウをテーブルの下に貼り付けると、彼らと共に兵舎へと向かった。
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留置所に一直線だった。荷物を奪われ、俺は独房に監禁された。
兵舎を束ねるサザという男が鉄格子の向こうに現れ、勝ち誇った様子で俺を鼻で笑った。
「処刑は明後日だ、首を洗って待っているがいい。ヴァンに逆らった愚か者め……」
「一つ教えてくれ、どこで俺を特定した?」
「子供たちの親だ。少し痛めつけて、吐かなければ子を浚うと脅したら、勇者カーネリアの仲間だとわかった。盗賊ドゥ、貴様のことだ」
「ああ……慣れないことはするものではないな」
他人よりも自分の子供を選ぶのは当然のことだ。
そうでない親の方が理解しがたい。
サザは安っぽい高笑いをあげて、ヴァンの構成員であることも隠しもさずに留置所を去っていった。
俺の方は気にせずに少し寝た。久々の留置所は昼寝にちょうどよかった。
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少しの昼寝を楽しむと相棒がやってきた。
「ドゥ、きたよ……っ」
「早いな、もう少し寝かせてくれていいだろうに」
「こんなところでお昼寝してたら処刑されちゃうよぉーっ、早く出ようよーっっ」
「道理だな」
モモゾウから針金を受け取って、ソイツで牢屋の鍵をピッキングした。
開いた。自由になった俺は牢屋を出て、モモゾウと一緒に兵舎の中を物色した。
ちなみに俺の所持品はマヌケにも留置所に保管されていた。
「印鑑に砂金か」
「もし盗まれたら、大問題だね……っ」
それからいかにもな部屋の鍵を開けて、いつもの手癖の悪さで鍵のかかった机から印鑑と砂金袋を盗んだ。
迷惑料はこんなものでいいだろう。
「む、誰かいるのか? なっ、盗――」
ちょうどそこに帰ってきたマヌケは、案の定にも兵舎の長であるサザだった。
そいつをなんのトロフィーだかわからないやつで顔面を殴り飛ばし、軽く睡眠毒の粉を嗅がせて、ヤツの軍服と軽装鎧を盗んだ。
「ねぇ、その人、生きてる……?」
「死んではいないな」
「よかった……」
「コイツを奪われたからには、もう軍にはいられないだろうがな」
化粧道具でどこにでもいそうな兵に化けると、その足で堂々と兵舎を正門から抜け出した。
町に出た後は繁華街の方角に向かい、その中にあったそこそこ堅実そうな売春宿に入った。
「へ……っ?」
「俺に似た体格の女で、性格のいいやつはいないか?」
「……あ、ああ、まあ、いると思うけど……お客さん、変わった性癖してるね……?」
「女に自分を自己投影するタイプなんだ」
「はははは……少しお待ちを」
女が決まるとすぐに部屋へと案内された。
女はだいぶ遅れてやってきて、まあ妙な客だと聞いていたのだろう、戸惑っていた。
一晩まるまるという条件も理由の一つだろう。
「この金で買い物を頼む」
「ちょっとお客さんっ、あたしのことバカにしてるのっ?!」
「いや、依頼している。このモモンガと一緒に買い物に向かってくれ」
「どうも初めまして。ボクチンはモモゾウ、よろしくねっ、綺麗なおねーさんっ!」
売春婦は少し気が荒かったが、確かに性格のいい人だった。
モモゾウに目を丸くするのは当然として、差し出された買い物メモを律儀に読み返していた。
「ああ、名乗り忘れていたな。俺は冒険者のソドムだ、よろしく」
「あのねぇ、お客さん……。んん、まあなんとなく事情はわかったよ、少し待ってなさい……」
「助かるよ」
軍服姿で冒険者と名乗る誠意のない姿に、彼女は少しあきれた様子で笑った。
彼女は素直に買い物に出かけてくれた。
俺の方は彼女が帰ってくるまで、ベッドで留置所よりは快適な惰眠をむさぼった。
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夜明け、自称冒険者のソドムに化けた俺は彼女と共に売春宿を出た。
ここで別れるつもりだったのだが、彼女の方が別れようとしてくれなかった。
モーニングをやっている宿を見つけて彼女と朝食を共にした。
「お客さん、もしかして噂の異邦人でしょ……?」
「噂……?」
「ヴァンと勇敢に戦ってる異邦人がいるって、町の人が噂してたよ」
「そんなやつがいるのか」
「ヴァンに浚われた子供たちを救ってくれたって話! それ、お客さんでしょっ」
「参考に聞くが、なぜそういう深読みになるんだ?」
「その異邦人は人に化ける天才だって聞いたのよ。噂の人狼すら、逆に騙し返したって噂!」
「人違いだ」
ああ、やりにくい……。
名声というのは、つくづく盗賊には必要のないステータスだ……。
こんなところで、ただの売春婦に嗅ぎ付かれるだなんて、こちらのカードを見せたからといって予定外だった。
「正義の異邦人さん、そんなあんたに紹介したい人がいるの」
「悪いが俺にその気はない」
「あ、待って、異邦人さんっ!」
「協力感謝する。だが俺のことは黙っていてくれるとありがたい」
俺は店を立ち去った。彼女は追ってはこなかった。
町を変え、市場で砂金を金貨に資金洗浄して、その金で新しい宿を取った。
ユングフィは盗賊の理想郷だったが、拠点には相応しくない危険な都だった。




