6ー1.悪徳の都ユングフィ - 誘拐犯 -
どこか落ち着ける酒場宿を探して、王都ユングウィの中心街をあてもなく歩いた。
時刻はもう昼過ぎだ。
11人もの子供たちそれぞれの家元に送るなんて仕事は、やりがいこそあったが大変な労働だった。
「それ、何が入ってるんだ?」
「んー? お客さん、肉饅頭を知らないのか?」
「まだこの国に最近きたばかりなんだ。そうか、中は肉か、2つくれ」
「外国人なんて珍しいなぁ~! よしっ、なら銀貨1枚でいいぜ」
「アンタ気前がいいな」
「そこは男前って言ってくれよ! ほらよ!」
銀貨と交換で白い肉饅頭を受け取って、熱々のそれを口に運んだ。
生地は白いパンに見えてパンとは別物だ。中の豚肉と肉汁がそれと混じり合うと、この国が少し好きになった。
善人にとっては生き難い国だろうが、悪党の俺からすればこの国は楽園だ。
「綺麗な顔だなぁ……兄ちゃんモテるだろー?」
「モテることがいいこととは限らないぞ。最悪の変態男に好かれることにもなる」
「ま、そうだろな。この国では特に気を付けた方がいいぜ、顔のいいやつは狙われる」
「ご忠告感謝する。美味かったよ」
「おいちかったよーっ、ごちそうさまーっ!」
肉饅頭屋の店主は突然どこからともなく聞こえてきた高い声に、キョロキョロと辺りを見回していた。そんな彼を捨て置いて俺は通りを抜けて、残りの生地を袋の中に入れた。
「勝手に喋るな、変なやつだと思われるだろう……」
「だってだってーっ、しゅごく美味しかった! この国、いいところだね、ドゥ!」
「ドゥと呼ぶな……」
まずは土地の把握。それから宿。そしてそこで酒と本格的な食事だ。
俺は町を歩き、観察して、情報が集まりそうな理想の宿を探していった。
・
ところがだ。ここは悪徳の国のその王都だ。
よって少し町を歩くだけでトラブルには事欠かなかった。
「モモゾウ、どう思う?」
「怪しぃぃ……」
「どこかのお屋敷の人間といった風体でもないな」
「あの人ー、お酒の臭いがするよー?」
顔の整った女を尾行する不審な二人組を見つけた。
どちらも大柄で毛深く、特に片方はでっぷりと腹が出ていた。そいつが荷物袋から、麻の袋を取り出したのを見た。
「嘘だろ、まだ昼だぞ……?」
「あっあっ、助けなきゃっ、ドゥ……ッッ」
女の悲鳴が上がった。片方が女の口を猿ぐつわでふさぎ、もう片方が麻袋に軽々と身体を押し込むのを見た。
あきれるほどに慣れに慣れ切った手並みだった。
俺は通りの角に駆け寄ると、こんなこともあろうかと用意しておいた石ころを、まあ華やかな表現とは言えないかもしれないが、太っちょの後頭部に鋭く投げ付けた。
「アグァァッッ?!!」
「お、おいっ、どうした!? ――ガァァッッ?!!」
やつらは頭を抱えて足下にうずくまった。
女の方は麻袋からどうにか抜け出して、腰の抜けた足で猿ぐつわを外しながら地をはいずっていた。
「こっちだ」
「あ、ああ……っ!?」
予備の石ころをお手玉にして路地裏の陰に彼女を呼ぶと、おぼつかない足でこちらに駆け込んできた。
「人の多い通りまで送ってやる、ついてこい」
「わ、私……っ、私、あとちょっとで……っ」
「そのことは考えるな、もう忘れろ」
彼女の手を引いて距離を稼ぐと、ちょうど目に付いた酒場宿に連れ込んだ。
なんだ女連れか。酒場の連中の俺たちへの興味は、まあその程度のものだった。
火酒を注文して彼女に奢った。飲めば多少は記憶があやふやになる。
「何から何まで、本当に……っ」
「たまたま見かけて、たまたま手にあった石ころが滑っただけだ」
「んぐっんぐっんぐっ……は、はぁぁっっ!! す、少し、気持ちが落ち着いて、きました……」
「そのまま忘れてしまえ」
しかしこの国はどうなっているんだ……?
白昼堂々と人を浚うだなんて、こんな国は初めてだ。治安が悪いにも限度があるぞ。
「あっ……お礼、しないと……っ」
「いらん。それより家まで送ろうか?」
「い、いいんですか……!? なら、お願いします……必ず、家に着いたらお礼を、お礼をしますから……」
「いらんと言ったはずだ。気持ちが落ち着いたら出発しよう」
彼女が酒を飲み干し、俺はそれを自宅ではなく旦那さんの勤め先へと送り届けた。
事情を知ると旦那の方まで人の手を掴んで、恩人にお礼がしたいとしきりに言ってきたが、生憎そういうのは間に合っている。
俺は彼らと別れ、さっきの酒場宿が気に入ったのでそこへと引き返すと、宿をまずは3日分借りた。




