5.ただいま
土地勘のない俺は子供たちと相談して、夜が開ける前にとある町の郊外に立ち寄った。
端的に言えば、そこで子供たちのうち1人の親族が、農場を経営していたためだ。
「おお、リャナ……まさかヴァンのやつら誘拐されていただなんて……。ありがとうごぜぇますだ、勇者様っ! なんてお礼言ったらいいか、オラたちにゃわからねぇよっ!」
少女リャナは涙を流して叔父と叔母にしがみつき、彼らは俺たちをかくまうと約束してくれた。
こうやって人の善意を頼るのは俺本来のやり方ではない。
俺は人の善意を頼るのではなく、これまでずっと人を利用してきた。
だが今回ばかりは彼らの善意なくして、子供たちを王都まで安全に運ぶことなど不可能だった。
荷馬車は農園の納屋に隠した。そこで馬たちに飼い葉と謝礼のリンゴが振る舞われた。
子供たちはパンと暖かいスープ、さすがに狭いが屋根のある寝床が与えられた。
「勇者様、貴方は聖人に違いねぇ……」
「違う、俺は人攫いが何よりも嫌いなだけだ」
「でもよ、自分だけ納屋を休むってことは、つまりそういうことだべよ!?」
「独りが好きなだけだ。それよりも教えてくれ、この国は、どこまでが大丈夫なんだ?」
どうやって確実に子供たちを王都に運ぶか。この国に詳しくない俺には、この国で暮らす彼らの意見が必要だった。
彼の返答はというと、政府、軍、地方領主、聖堂、全てを信用するなという答えだった。
・
「リャナ、ちゃ~んと勇者様の言うことを聞くんだべよ? 父ちゃんと母ちゃんところに帰りたかったら、勇気を出すんだべ」
「うん……私、がんばるね……」
夜、リャナを含む子供たちを馬車に乗せて王都へと再出発した。
少し言葉は荒っぽいがやさしい夫婦に親切にされて、すっかり彼らも明るくなっていた。
「すげぇ、本当かよモモゾウッ?!」
「勇者様は、王子様なのぉ……?」
「違うって! 勇者が王子に化けたって言ってるんだよ!」
「えー、なんで~……?」
子供たちの面倒はモモゾウが見てくれた。
アイオス王子に化けた件は一応秘密なのだが、まあ相手が子供ならばいいだろう。
俺たちは夜通しで街道を進み、やがてとある街道の外れで停車中の馬車を見つけた。
見たところは交易商の馬車だった。
「だ、誰だっ?!」
「驚かせて悪かった。少し、こんなところで何をやっているのか気になってな」
「ば、馬車の故障だ……。でなきゃ、こんな夜の街道にいるわけないだろ……っ」
見ると彼の馬車は前輪の1つが割れてしまっていた。
それでも無理をして走ったのか、積み荷まで荷崩れしてしまっている。
「ああ……これはまずいな。夜盗に襲って下さいと言っているようなものだ」
「ッッ……! や、止めてくれっ、考えないようにしているのにっ!」
俺たちは人を騙したり、利用したりする前に相手をよく観察する。
相手を知らなければ、騙すつもりが騙し返されていたなんてことにもなりかねない。
だからじっくりと様子を見ろと、そう盗賊王のジジィに教わった。
「アンタ、金は好きか?」
「か、金ぇ!? な、なんだよ突然っ!?」
コイツは――善良か性悪かはわからないが、臆病だ。
それから試しに盗んだあの金貨を見せつけてみると、明らかに目の色が変わった。
「取引をしないか? 少しだけ危険な橋を渡ることになるが、成功すれば残りの金貨を全てアンタにくれてやる」
「お、お前、何者なんだ……? お、おおっ?!」
盗んだ金貨は13枚残っていた。それを袋ごと彼に投げ渡した。
すると彼の顔色が見るからに変わった。あれほどこちらに怯えていたのに、途端に落ち着きだした。それから――
「何をすればいい」
静かな声色でそう言った。
守銭奴にはとても見えないが、彼が金に困っていることだけはほぼ確定もいいところだった。
・
馬車から大勢の子供たちが現れて交易商は声を上げて驚いた。
こちらの馬車から車輪だけを移植して、馬を解放すると言うとまた驚いていた。
モモゾウが言うには、馬たちはもうヴァンの元に帰るつもりはないという。
自由を手に入れた馬たちは、誇り高くもこれまでの悪行を子供たちに謝罪して、さらにグリーンネップから遠い辺境を求めて去っていった。
「えっ、勇者様っっ?!!」
「何を本気にしている。子供たちが勝手にそう言っているだけだ」
「だったら、なぜ、この子たちを王都に……?」
「あのねっ、勇者様がねっ、あたしたちをパパとパパのところに連れて行ってくれるって言ったの!」
「本物に決まってるだろ! 俺たちを助けてくれる大人なんて、他にいなかった!」
交易商は察した。この連中が馬車を捨てて自分の馬車に乗り換えたのは、ヤバい連中から姿をくらますためだと。
「ヴァンと、戦うつもりなのか……?」
「さあな」
「誘拐……。実際にこうして目にすると、ショックだ……酷い……」
「ああ、それには全くの同意だ」
「勇者ドゥ。この子たちをお父さんとお母さんのところに届けよう」
「そうだな、それが一番いい」
彼をもう少しだけ信じることにした。
こうして俺たちは彼のホロ馬車に身を隠し、王都まで夜通しで馬を進めた。
・
朝方に休憩をして、王都ユングフィの南門が開く時間に合わせて再出発した。
まさかあの組織も商人の馬車の中に隠れているとは予想もしていなかったようで、何事もなく南門を抜けることになった。
「お母さんっっ!!」
「ああっ、リャナッ、どこに行っていたのっ?! ああ、またこうして会えるだなんて……っ」
「あのねっ、勇者様っ、勇者カーネリア様が助けてくれたのっ!」
「俺は勇者カーネリアの代理人だ。アンタの娘さんは、人攫いどもに捕まっていた」
「ああっ、ありがとうございますっ、ありがとうございますカーネリア様っっ!! どうか勇者様に感謝していたと、よろしくお伝え下さいっ!!」
別に嘘は言っていない。俺は勇者パーティの一員だ。
子供たちを1人、また1人とそれぞれの家に送っていった。
子供たちの誰もが別れを惜しんでくれた。
「またな、モモゾウ!」
「うん、バイバーイッ! ボクチンも楽しかったよーっ!」
特にモモゾウの方にだがな。
こうして最後の1人を無事に送り届けると、その子に袖を引かれて止められた。
「どうして私たちを助けてくれたの……?」
「どうもこうもない。大人が子供に手を差し伸べるの当然のことだ」
「でも、この国の大人は違う……。どうして、あんなに恐い人たちと戦えるの……?」
「そういうのに慣れているんだ」
「でも……」
「次は捕まるな、死ぬよりも惨めな目に遭う」
馬車の御者席に上がり、交易商の男と共に最後の子供に手振って別れた。
「助かったよ」
「なぜ勇者ドゥだと名乗らない……?」
「俺の本業は勇者じゃない、盗賊だ。名声なんてものは仕事の邪魔だ」
「そうか……。なあ、勇者様」
「盗賊だ」
「あの金、やっぱり返すよ。子供たちを救ってくれてありがとう……」
「その言葉だけで十分だ。こちらこそ感謝だ、アンタの協力がなければヤバかった」
俺は金の返却を拒み、王都の中央に戻ってくると御者席を飛び降りた。
俺は両親の元に帰れなかったが、あの子たちは帰ることができた。それをやったのはこの俺だ。
その事実こそが最高の報酬だった。




