12.死刑囚ギルモア
「よう、酷いつらだな、だいぶ痩せたんじゃないか?」
ギルモアは独房にいた。俺は盗賊王仕込みのピッキングでさっと鍵を開け、中の暗がりに身を潜めた。変わり者のギルモアは俺を見ても落ち着き払っていた。
「面目ありません。我々は脇が甘かったようです」
「そうかもな。まさか魔将討伐に政争を持ち込むなんて、善人のアンタは想像もしなかっただろ」
「いいえ、敗者が言い訳をしても見苦しいだけでしょう。こんなことになって申し訳ありませんでした」
「なぜ諦める? 俺がここにいるぞ。アンタを脱獄させてやる」
「まさか、そのためにここに……?」
「当然だ。この結末は気に入らん」
ギルモアは本当に変わった男だ。貴族だというのにおごらず、脱獄をそそのかしても笑いもしなかった。さすがは変わり者のギルモアだ。
「貴方の友情には感謝します。ですが止めておきましょう、私が逃げれば次は親族と領地に累が及びます」
「なら親族も一緒に逃げればいい。こんな胸くそ悪い結末はお断りだ。俺が復権まで手伝ってやる」
「スティールアークとリバードゥーンで事件を起こしたそうですね」
「ああ、ちょっとな」
「ふふ……ちょっとどころではなかったようですが」
「ちょうどいいカモがいたんだ。盗んでも胸の痛まない都合のいいカモがな」
「貴方が羨ましい」
「ならここを出て盗賊になれ。惨たらしく名誉を汚され、さらし者にされる必要なんてない」
ギルモアは静かに首を横に振った。
俺はその諦めが理解できなくて言葉をつい失ってしまった。
「ドゥ殿との取引は公式には正しくないことでした。発覚したからにはその責任を私が取りましょう」
「バカなことを言うな、俺がアンタを逃がしてやる!」
「私が逃げれば陛下が責められます。貴族院の豚どもはやはりギルモアは魔王と繋がっていたと、はやし立てることでしょう」
「……ギルモア、俺にはアンタが理解できん。言わせておけよ、そんなもの」
そんなに秩序が大切か?
処刑されるくらいなら逃げ出して、その豚どもに復讐すればいいことだろう! なんなんだこの男は!
「こんなことになって申し訳ありません。5億オーラムをお約束したのに……」
俺は分からず屋のジジィに怒りを覚えた。
ギルモアが俺を認め、勇者パーティに加えてくれたときは内心嬉しかった。このまま刑死なんて絶対にさせない。
「ならギルモア、過去の取引は破談にして、新しい取引をしないか?」
「この期に及んで新しい取引……? ふふ、わかりました。取引の提案ならば聞きましょう」
「ではこういうのはどうだ? 『アンタが脱獄に応じる代わりに、アンタが必要としている物を俺が盗もう』」
「……はて」
「どんな物も盗んでやるから脱獄しろ」
「それはまた……ははは。アベコベで手前勝手なお誘いですね……」
「アンタに死んで欲しくないんだ。命を奪われたら俺は悔しい。やつらの勝ち逃げなんて俺は見たくない」
諦めていたギルモアが髭を撫で、静かに考え込み始めた。
これだけの頑固者を動かすのだから、簡単な条件ではないだろう。
男の生き様を俺個人のわがままで変えるのだ。なんだって飲もう。
「ドゥ殿、それはどんな条件も飲んで下さるということですか?」
問いかけに無言でうなづいた。
「それはよかった」
「何をすればいい? 何をすれば考えを曲げてくれる?」
「再び東へ旅立ち……ほんの少しだけ、彼らに手を差し伸べることは可能でしょうか」
いや、俺はうなづいてしまったことを後悔した。
「おい、アンタ正気か……?」
「はい」
「ふざけるな! アンタにヤツらを助ける義理なんてないだろうっ! ガブリエルとベロスが虚偽の報告を入れたから、こうなっちまったんだろうがっ!」
「どうかお静かに」
「アイツらはアンタを破滅させたんぞ……」
「接触する必要はありません。彼らの旅路に先行し、ただお膳立てをするだけでいいのです。そうすれば、魔将ヴェラニアを打ち倒すことができます」
「アンタはどうかしてる……。そりゃ、カーネリアには罪はないが……」
ふいに勇者カーネリアの笑顔が脳裏に浮かんだ。
他のエゴイストどもとは気が合わなかったが、アイツは真っ直ぐで分け隔てのないいいやつだった。正直、アイツはだけは嫌いじゃない。それに俺を尊敬していると言ってくれた……。
「戻ろうよ、ドゥ」
「起きていたのか、モモゾウ……」
「ボクチンは賛成。だってこれで、ドゥの好きな人が両方助かるんだからっ」
「お久しぶりです、モモゾウさん」
「こんにちはっ、洋ナシをくれたおじさん!」
「おっと……それはドゥ殿の前では内緒でしょう?」
「あっ……」
「洋ナシ? うちのモモゾウに変な物を餌付けないでくれ……」
「すみません、歳を取るとこういうのに滅法弱くなるのです」
「ねぇお願い。カーネリアを助けようよ、ドゥ!」
モモゾウが小さな手で俺の人差し指に握手をした。
盗賊ドゥの片割れが取引に応じるというならば、相棒としてこの新たな依頼を受けるしかない。
用は助けたいやつだけ助ければいいのだ。
「俺が支援するのは勇者カーネリア1人だけ。それでもいいな?」
「もちろん。私を破滅させた連中に、旅に支障が出ない程度の腹いせをお願いします」
ギルモアが悪い顔をすると、悪党である俺は安心した。そういう顔をしてくれた方が理解しやすい。
「では逃げよう」
「なんと簡単に言ってくれますね」
「モモゾウと俺が組めばどうってことない。ただ来た道を引き返すだけのことだ」
モモゾウが偵察して退路を探り、俺が鍵を開けて道を作る。
邪魔者があればモモゾウが報告して、俺が排除する。盗みの対象がお宝から要人に変わっただけだ。
「お宝に足が生えてる分、ラクチンだね、ドゥ♪ 大好きだよ♪」
「そこで大好きは余計だろ……」
そういうわけで俺たちは道を引き返して、監獄の裏門から堂々と脱走した。
行き先は王都の貴族街にある侯爵の屋敷だった。
「まあ色々とありまして、死ぬのは止めにします。かくまって下さいませんか?」
「よかったっ、もちろんだともギルモア! さあ中へ、温かいスープを作らせよう! 義賊ドゥ、本当にありがとう! 貴殿こそ義賊の中の義賊だ!」
「侯爵、彼は義賊ではなく誇りある盗賊です」
「何が違うっ、同じではないかっ!」
「はっ、俺は別に大義のためにギルモアを盗んだんじゃねぇ。盗みたいから盗んだんだ」
「ワハハハハッ、変なやつだ! 気に入ったぞ、大盗賊!」
「大盗賊か。少し大仰だが、それならばいい」
こうして正式に取引は成り、魔将討伐の成功を条件に5億オーラムの報酬が約束された。
勇者カーネリアが魔将を倒し、無事に王宮へと帰還を果たせば、彼女の口から真実が明るみになる。虚偽の報告をしたガブリエルとベロスは、罪に問われることになるだろう。
俺は東へ、東へと早馬を乗り継いだ。
・
5つ目の秘宝が眠る迷宮にて――
「こっちは開いた。そっちは書けたか?」
「だからドゥ、読み書きはちゃんと覚えて! ボクチンが死んじゃったらどうするのっ」
「それは想像するだけでも最悪だな。モモゾウが死んだらきっと俺はむせび泣く」
「そういう話じゃないよぉーっ」
モモゾウから手紙を引ったくって、開錠した宝箱に仕込んだ。
手紙には『ルビーよりもずっと好きだ』と書かせた。以前彼女にそう言ったら、女子供みたいに無邪気に喜んでいたことがあった。
宝箱の右手には落とし穴がある。そこにキラキラと輝くダイヤモンドを置いた。
手前の通路には腹下しの毒矢罠がしかけられていたので、ナイト・ベロスが喜びそうな古の勲章を置いた。
ガブリエルはバカなので高いところや玉座が好きだ。
ここぞという場所の床に海草を使った潤滑剤を撒き、大仰な席には針や接着剤を仕込んだ。
カーネリアは無欲なのでまず引っかからないだろう。
「さて、どうなるかな」
「ドゥッ、モンスターが!」
「敵か。今回は邪魔になるから片付けておこう」
メズ・オークと呼ばれる馬の頭をした悪鬼の懐に飛び込み、急所を切り裂いて離脱した。
モンスターは生命力を失うと素材や貴金属に変わる。勇者一向がやってくる前に息絶えていることだろう。
「ぴぃぃっ、ドゥッ、またモンスターだよぉっ?!」
「こんなにいたら罠の邪魔になるな……。全て片付けるか」
盗賊王仕込みのナイフは1撃1撃がクリティカルヒットだ。
急所を的確に見抜き、全てを排除した。
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