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4.人攫いを穿つ黄金の矢

・学者のニック


 大佐の屋敷は元々ここの領主の物だったそうだ。だが先代の領主が急死し、相次いでその息子や親族が次々と何者かに殺害され、友情の証というわけのわからない理由で屋敷を譲渡することになった。


 中はというと、典型的な成金趣味の屋敷だ。

 軍人であることから甲冑や刀剣が多く、金庫室にも価値のわからない武器が壁中に飾りたてられていた。


 しかし時々思う。なぜこいつらは、金貨や宝石を決まってため込むのだろう。こんな立派な屋敷をちらつかせていたら、財産を盗んでみろと言っているようなものだ。


 一通りの物色が済むとモモゾウに斥候を任せて、袋いっぱいの金貨と宝石を担いでやつの屋敷を出た。


 行き先は貧民街だ。下調べしておいた人目に付かないルートを選んで、目的地である共同井戸の前にやってきた。そして捨てた。ジャラジャラと景気の良い音色を響かせて、貧民街の井戸を金貨と宝石の出る井戸に変えてやった。


「きっと、ここのみんな驚くね~っ♪」

「はは、その光景を見れないのが残念だな。井戸から金貨が出てきたら、そいつは真っ先に夢を疑うだろう。寝直すかもしれん」


「きっと喜ぶよ! きっとそのお金で、今の生活を持ち直すと思うの!」

「そう上手くいくとは思えんが、きっかけにはなるかもな」


 次はウーフとかいうヴァンの幹部の隠れ家に行く。

 今夜中に全ての仕事を片付けてこの町を出る。昨日にナンがそうしたようにだ。


「ねぇ、ドゥ……でも酒場のあのお兄さん、何者だったんだろうね……」

「なんだ、気付いていなかったのか?」


「えーっ、ドゥはわかったのーっ!?」

「……ヤツはたぶん、カドゥケスだ」


「えっ……う、嘘ーっ!? あんなにやさしかったのにーっ!?」

「あのウーフだかヤーフだかは、即日で釈放されていたそうだ。なのに宿に報復に現れなかったのも根拠だ。やつらにとってあの宿はまずい場所だったのだろう」


 しばらく歩き、やがて繁華街の裏通りに出た。

 そこにいかにも繁盛していなそうな汚い床屋がある。ヤツが言うには、そこの地下がウーフの隠れ家だそうだ。


 中の様子をうかがい、一階の床屋の部分に人気がないことを探ると、ピッキングで鍵を開けた。

 ちなみに隣は馬車小屋になっている。それもウーフの所有らしい。


「偵察だね、任せて……っ」

「ああ。お前がいる限り、誰にも見つかる気がしないよ」


 モモゾウを先行させて上の階に探った。無人だった。

 金貨袋こそあったが、中にあったのはたった30枚ほどだ。いただいたが、これで大打撃とは言い難い。


「ドゥ……た、大変……」

「当てようか?」


「え、ええっ、わかるの……?」

「やつらの商品(・・)を見つけたんだろ?」


「違うよっ、商品なんかじゃないよーっっ! お、男の子と女の子っ、11人もっ、こんなの酷いよぉ……っっ」

「それは想定より多いな……。敵影は?」


 モモゾウが返事の代わりに急いで欲しいとまた地下に先行していった。

 俺はその後を追い、まあ……ハメられたと思った。


 あの酒場の店主は、ここが金の保管場所ではないことを知った上で、ここに俺を誘導したのだろう。地下は保管庫ではなく、牢獄だった。鉄格子越しに子供たちが俺の姿に怯えていた。


「全て子供か……。モモゾウ、上の階で見張りを頼めるか?」

「ボクチンッ、ドゥなら助けるって信じてたよーっ! 任せてドゥ!」


 モモゾウは奥の散らかっている辺りに飛び込み、鍵束を持って俺に飛び付くと、上の階へと壁から壁へと跳び渡っていった。

 俺の方は短く考えた後に、あまり気乗りしないが思い付く限りの確実なプランでいくことにした。


「自己紹介をしよう。俺は盗賊ドゥ、勇者カーネリアを支えるもう1人の勇者だ」

「ぇ……本当……?」

「じゃ、じゃあ……もしかして、僕たち……」


「ああ、だが静かにすると約束してくれ。そして教えてくれ、君たちはどこからきた?」

「王都」

「みんな王都だよっ」

「知らないおじさんについて行っちゃダメだって、ママの言いつけ、破ったから……」

「おうちに、帰りたい……」


 こいつらは俺だ。人攫いのマグヌスに浚われる前の俺だ。

 彼らの言葉の1つ1つをただ聞くだけで胸が痛んだ。モヤモヤとした不安定な感情が胸にへばりついた。どんな手を使ってでも、親元に届けてやりたいと思った。


 この国の政府は信用ならない。ならば、俺がやるしかない。


「それは奇遇だな、俺も王都に用があるんだ。よければ俺が、君たちをお父さんとお母さんの元に連れて行こうか……?」


 唇の前に指を立てながらそう伝えると、彼らは必死で首を縦に振った。絶望し、大人を不信の目でしか見れないその瞳を輝かせていた。


「これだけの人数を盗むのは俺も初めてだ。頼むから静かに、静かに行動してくれ。それが君たちの生死を分ける」


 子供たちを連れて地上に上がった。

 ただそれだけで大変な物音だ。どんな物でも盗めると思い上がっていた。俺は己の思い上がりを知った。


 子供を盗むのは、とても難しい……。


「隣から馬車を盗んでくる。合図をしたら一斉に店から出て、荷台に乗るんだ。わかったな?」

「はい、勇者様……!」

「カッコイイ……」


 モモゾウを残してやりたかったが、動物との交渉はモモゾウの得意技だ。

 店を出て、納屋の鍵を開けて、侵入者にいななく馬たちをモモゾウに任せた。


「お馬さんたち、助けてくれるって……。子供たち誘拐して、ごめんなさいだって……」

「悪いのはアンタたちじゃない。ヴァンの外道どもだ」


 3頭の馬たちは自らの意思で馬車の前にやってきて、馬車を自分を馬具で繋いでくれと静かにアピールした。俺は急ぎ焦りながらも作業を進めた。


「こんなにスリルのある仕事は久々だな……」

「ボクチンは、人狼の時の方が……」


「はは、あと少しで喰われるところだったな」

「もーっっ、全然笑えないよぉーっ?! ホントにホントにっ、怖かったんだからーっ!」


 準備が完了した。モモゾウを使いに出し、御者席に乗り上がって子供たちを待った。

 わかってはいたが静かにとはいなかった。それでも子供たちは家族の元に帰りたい一心で、馬車の荷台に次々と乗り込んでいった。


 その時、鋭い警笛が夜の闇を暴いた。


「見つかったな」

「行こうっ、ドゥ! お馬さん、お願いっ!!」


 手綱をどうこうするより、モモゾウの言葉の方がずっと早くてパワフルだった。

 馬たちが一斉に納屋から賭け出すと、警笛を口にしたチンピラどもが進路を挟んだ。だが馬たちはそいつらに情け容赦などかけなかった。


 裏通りを馬車が駆けた。まずは交通の動脈である大通りに出る。

 難なく成功だ。無事に大通りまで抜けると、後ろから騎馬が追いすがってきた。


「モモゾウ、御者を頼む。君たちはそこの金貨を俺に1枚ずつ渡してくれ」


 騎馬たちはヴァンのチンピラどものようだ。

 そいつらは御者席から立ち上がって後ろを振り返る命知らずに、ギョッとしたかもしれない。だがそいつの手に光る金貨があり、自分の顔面に飛んでくるとは予想すらしていないだろう。


 第一投――直撃だ。追撃者たちに震撼が走った。


「な、なんだあの野郎っ!? 今、何を投げ――」


 罵声や驚愕、動揺の言葉が次々と上がったが、少しずつ追撃者たちが静かになっていった。

 あの速度で顔面に重い金貨を食らい、さらには落馬するのだから大怪我は確実だ。


「追えっ追えっ、あんな野郎にビビッてんじゃねぇ!」

「兄貴ぃぃっ、アイツッ、アイツがニックだ! アイツが俺を――あっっ、兄貴ぃぃぃーっっ?!!」


 ウーフとヤーフは顔がよく似ていた。親族なのだろうか。

 一回りでかい大金貨を食らって派手に落馬したのは、どうもその兄貴のウーフらしかった。途端に騎馬隊の足並みが乱れた。


 後ろを振り返って隙だらけだったんで、次の金貨をヤーフの後頭部にぶち込んでやると、幹部とその舎弟を潰したからか追撃の手が途端に止まった。


「止まれ、そこの馬車! 我々は王国警備隊、私の名は」

「少佐だろ。それよりアンタ、自分の金庫室の心配をした方がいいぜ。もしかしたら、金や宝石が消えているかもな」


「な、何を言って――ガッッ?!!」


 自分で大物だとバラしてくれたバカに、一番ピカピカしていた大金貨を投げ付けると、まあそうなるだろうがド派手に吹っ飛んだ。

 鎧で擦り傷は防げても、その重さが落馬での大きながあだになったかもしれないな。


「そこの袋を取ってくれ。そう、中に赤い粉末がいっぱい入ってるやつだ。そいつは人狼狩りでも使った最終兵器だ」

「これ……? あっ!?」

「あははははっっ、これっ、トウガラシだーっ!!」


 中身を知ると子供たちの半分が笑い出した。もう半分は、まあドン引きだったかもな。

 残る追撃者は悪人か、上司に駆り出されただけのただの一般兵士か、判断が付かないのでトウガラシ粉を風上から撒いた。


 当然ながら悲鳴上がり、残る騎馬兵たちは追撃の手を止めた。

 最初は絶望と恐怖と不信に染まってた子供たちの顔に、勝利と解放が歓喜と広がるのを見て、俺は救われたような気持ちになった。


 しばらく走っても追撃者なしだ。隣町まで保てばいい早めのペースで、馬と盗賊と子供は街道を突き進んでいった。


次回更新、もしかしたら遅れるかもしれません。


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