3.ヴァン
ナンと酒場の男店主が言うには、そいつらは有名な人攫いの一派だそうだ。
しかしそれは人攫いのマグヌスの手の者ではない。そいつらはカドゥケスではなく、ヴァンと名乗る国内の組織だそうだ。
「ご協力に感謝する! この者たちにはしかるべき処罰を与えよう!」
通報するとナンの家の前に憲兵たちがやってきた。
そいつらは敬礼だけして、ヘラヘラと笑うヤーフだかウーフだか思い出せない悪漢を連れ去っていった。
「あたし、すぐに引っ越さなきゃ……」
「なぜだ?」
「あいつらはグルなの……。すぐに牢屋から出てきて、戻ってきちゃうの……。この国では、それが当たり前なの……っ!」
「それが本当だとして、政府に訴えるなりやつらを正す方法はないのか?」
「ないよっ、そんなのないっ! だってあいつら、国王とも繋がってるのっ! こうなったらもう、国を出るしか……」
静かな怒りと同時に、興奮が胸の中でわき起こった。最高級のカモが見つかったからだ。
動揺する彼女の手を強引に引き、抱き締めた。そうしながらこれからの予定を考えて、ナンが落ち着くのを待ってから離れると、袋からモモゾウを取り出した。
「モモゾウ、一筆頼めるか?」
「アベル宛てだね!」
「ああ、それとシルヴァランド王もだ。救国の借りを返してもらうとしよう」
「シルヴァランド、救国、借り……?」
ナンは不思議そうに俺を見ていたが、ある瞬間で気付いたんだろう。ハッと口を開けて、驚いた様子で俺を指さした。
「すまん、俺は学者のニック・ジョンソンじゃない。俺は盗賊ドゥ、野蛮な無教養者だ」
「う、嘘っっ、本当に、勇者様なのっ?!!」
「違う、俺はただの薄汚い盗賊だ。だがコネはある。友人とシルヴァランド王に紹介しよう。ヴァンとかいう組織は、なかなか良いカモになりそうだ」
家なんて捨ててしまえと、手持ちの路銀を全てナンにくれてやった。
町に渡ってきたばかりだったので、ちょうど今は盗んだ金がいくらでもあった。金貨の山にナンは言葉を失っていた。
「ほ、本当に盗賊ドゥなんだ……」
「俺のことは内密に頼む。カサリアにきたのは、勇者カーネリアを支援するためだ。俺の仕事は勇者パーティのバックアップなんだ」
ナンは少し迷ったようだが、本気でどこかに逃亡するつもりだったようだ。
家の今に俺たちを案内すると紙とペンを準備してくれた。早速、俺とモモゾウは手紙を書いた。
「ニッ――じゃなかった、ドゥ様。また会える……?」
「帰りはシルヴァランドに寄る予定だ。しばらくあっちで我慢していてくれ」
手紙、金、荷物。全てを持つとナンは早かった。
それを持って家を出て、軒先で俺たちは別れの言葉を交わした。世話になった人たちに声だけかけて、シルヴァランドに行くと彼女は言っていた。
「無理、しないでね……?」
「無理も何も、俺は俺の仕事をするだけだ。アベルを頼れ、あいつは立派な男だ。あいつなら必ず手を差し伸べてくれる」
ナンと別れを済ますと、あの酒場に戻った。
そこであの長髪の店主と言葉を交わした。彼は味方だ。仮に敵であったら、忘れ物を見て見ぬ振りで済ませただろう。
「ヴァンの構成員に恩赦を出しているのは、この町の兵舎を束ねる大佐と呼ばれる男です」
「大佐か、それは結構な大物だな」
「いえ、実際の位は少佐。クーベル少佐です。これとウーフというヴァンの幹部が、このグリーンネップの実質的な支配者です」
「そんな大物相手では叶わないな。しばらく休んだら俺も逃げさせてもらおう」
「ご冗談を」
正体を見抜いたと言わんばかりの深々としたお辞儀を彼はしてくれて、そいつが俺を不安にさせた。こういう勘の鋭いやつは苦手だ。
俺は彼の酒場宿を拠点にして、やつらヴァンをターゲットに盗みの下調べを進めていった。
カモを見つけたら、下調べをして、盗んで、逃げる。それが俺の日常だ。
常人にとっては心拍が乱れんばかりの大仕事も、俺にとっては胸躍るような悪巧みの時間だった。麗らかなひとときが過ぎていった。
・
・支部長ウーフ
俺はウーフ。舎弟のヤーフと間違えられるが、俺はグリーンネップのウーフだ。
今は兵舎にいる。我らがヴァンの構成員が大っぴらに兵舎を訪ねると、抵抗があるのか暗い目を向けられることもある。だがやつら腰抜けは俺に何もできない。
へっへっへっ、堅気の連中は、守らなければならない者が多すぎるからな。
「兄貴っ!!」
「おお、ヤーフ! はははっ、捕まったとは聞いたが酷ぇツラだな!」
「聞いてくれよぉ兄貴ぃっ、ニックって野郎が俺をこんなふうにしたんだよぉっ!」
「そうかぁ。おめぇがマヌケなのはしょうがねぇとして……そいつには、わからせねぇとならねぇなぁ?」
大佐の部屋を訪ねると、手錠をされた弟分のヤーフがいた。
俺が金貨を5枚詰むと無罪放免だ。手錠が外され、弟分が俺に抱きつこうとしてきた。
「ブゲェッッ?!!」
そりゃ、金貨5枚分の礼を込めて殴り飛ばしたさ!
「ひでぇや兄貴っっ、バカになったらどうすんだよぉっ、兄貴ぃっっ!!」
「うっせーバカ。大佐、いつも悪ぃなぁ~?」
この自称大佐のクーベルってやつは几帳面なやつだ。
軍服をきっちりと着こなしたナルシストの脳足らずだ。だが、こういうバカの方が付き合いやすい。
「ふん、この国でヴァンに逆らうのはバカだけだ」
「へっへっへっ、俺もそう思うぜ」
「それよりも兄貴ぃっ、あのニックって野郎をぶっ殺してくれよぉっ!」
そっちでどうにかする必要はねぇと、大佐に手のひらを差し出した。
彼氏気取りでヴァンに逆らったアホに、社会の恐ろしさを教えてやらねぇとな。
「ニックという男は、繁華街の『ペールエールをムール貝で』ってふざけた名前の宿に滞在している」
「あ、兄貴ぃっ!? その宿のバックって確か……アイツらじゃなかったかぁっ!?」
「そりゃいけねぇな。なら、宿から出たところを狙うか……」
「さすが兄貴だ、あったまいいなぁっ!!」
「うるせぇこのアホ舎弟っっ!!」
アホの頭をぶん殴って、俺は大佐は取り決めの確認をもう一度してから兵舎を去った。
大佐は金と引き替えにヴァンの構成員に恩赦を出す。
そして、ヴァンに逆らう愚か者が現れたらこのウーフに報告をする。それが大佐との契約だ。
彼は喜んで我々のケツを舐めてくれる背任者であり、愛すべき優秀な愚か者だった。




