表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

135/192

エピローグ.風の行方 3/3

 朝、アベルの直売所を出ると、みんなが後を追って外に出てきた。


「また近くまで寄ったら顔を出すよ。またな」

「バイバーイッ、みんな! ボクチン、絶対絶対みんなのこと忘れないよーっ!!」


 見上げれば粉雪が舞っていた。シンとした空気の中、青のない鈍色の空が見上げた。

 深く息を吸い込むと冷たく澄んだ空気が喉をくすぐって、吐き出すと白い蒸気が空に舞い上がる。


「さよなら、ドゥ様。モモシコフも、また遊びに来て下さいね……?」

「いつでも、帰ってきてくれて、いいからね……。私、ドゥくんを、待っているから……」


 心配させまいとしてか、ロッテは気品ある淑女のように受け答えた。ローザもあれだけ滑舌が悪いというのに、引っかかることなく別れの言葉を伝えてくれた。どちらも練習したのかもしれない。


「貴方の次なる伝説が、風に流されてくるのを楽しみにしておきますよ」

「……そうしてくれ。じゃ、またな」


 彼らに背中を向けてその場を立ち去った。

 俺は北方を目指す。いずれ勇者カーネリアもそこにやってくるはずだ。今回のメンバーがどうなるかはわからないが、面々に期待したっていいはずだ。


「ドゥッ、待ってっ、やっぱり、待って……っ、行かないで!!」


 少し進むと、足音が聞こえてローザが背中に飛び込んできた。

 行かないでと言われても、留まることはできない。


「またくるよ。俺みたいな悪童にやさしくしてくれてありがとう。子供の頃に巻き戻った俺には、アンタがまるで女神様に見えたよ」

「そんな……どうしても、行くの……?! もう少しだけ、休んでも……」


「行く。仲間のためにやっておきたいことがあるんだ」


 これからやってくる仲間たちのために、可能な限りの下準備を進めよう。

 パブロが言うには、北方の魔将の名をバエルという。こいつはグリゴリとはまた別の方向でヤバ過ぎる。


 人狼を作りだし、それを人間とすり替えて、社会を浸食する。お人好しの勇者カーネリアとは相性が悪い。今のうちに先行して、手を打っておきたかった。


「そう……ドゥは、仲間想いなのね。私、ドゥのそういう――ァッッ?!!」

「――その美貌ならどんな玉の輿だって狙える。いい男を見つけな」


 少しでもその奥手で気弱な性格が直ればいいと自分に言い訳して、ローザの抱擁から逃れるとその唇を強引に奪い取った。

 当然、跳ね上がるほどに驚いていた。


「わ、私……」

「アンタとの時間は一生忘れない」


「ドゥくんっ、さようなら! 私……がんばってみる!!」


 また背中を向けて彼女の前から去った。

 馬車駅への道中、寂れた裏通りに入った。すると袋からモモゾウが飛び出してきた。


「どうしてそうやって、自分から好きになった人から離れてゆくの? そんなのダメだよーっ!」

「別に寂しくなんてない。お前が隣にいてくれる」


「ボクチンが寿命で死んだらどうするのさっ!」

「……俺も一緒に死ぬ」


「バカ言っちゃダメーッッ!!」


 モモゾウ、お前の死なんてもう二度と見たくないよ。

 その裏通りを抜けて少し行けば馬車駅だ。俺はそこで銀貨を払い、北方行きのホロ馬車に搭乗した。客は俺だけで、他は積み荷になった。


 やがて馬車が出発し、王都を離れ、雪に覆われた郊外へと出た。

 そこで俺は、長らくずっと疑いつつも言えなかった疑問をモモゾウに投げかけてみることにした。


 モモゾウは盗賊ドゥの良心だ。


「モモゾウ、お前は俺か?」

「何言ってるのー? ボクチンはボクチンだよー?」


 森で出会った本当のモモゾウはもう死んでいて、モモゾウの中に入っているのは俺の魂。そうだとすれば、このモモゾウは……。


「ならモモゾウ……どうしてお前は、森で飢えていた俺に食べ物を分けてくれたんだ?」

「わかんない」


「大事なことだ。なんで俺を助けたんだ?」

「わかんないよーっ! お腹が空いている仲間がいたら、食べ物を分けるのは当たり前でしょー?」


 いやそんなはずない。モモゾウの中に入っているのがもう1人の俺だとすれば、俺がこんなことを言うはずがない。


「……そうかもな。やはりお前は盗賊ドゥの良心だ」

「へっへーんっ、ボクチンがいないとドゥはダメだもんねー! これからも、ボクチンがドゥのこと、お世話してあげるからねーっ!」


「返す言葉もないな。実際、その通りだと思う」

「ええーーっっ、そんな素直に受け止められても困るよぉーっ?!」


 モモゾウはモモゾウだ。魂を分け合った俺の相棒だ。それ以外でもそれ以下でもない。俺たちは二人で盗賊ドゥだ。


 また少しすると、眠たそうにモモゾウが目を開いたり閉じたりを始めた。続いてモモゾウは温もりを求めて俺のコートの中に潜り込んで、みぞおちの辺りに張り付くようにしがみついた。

 俺はそんなモモゾウをコートの上から包み込み、小さなその温もりに浸った。モモゾウ温かかった。


 シルヴァランドの鈍色の空から揺れる粉雪と、雪雲越しの銀色の光が降り注いでいる。光は遙か彼方まで続く白い積雪をチカチカとまぶしく照らしていた。

 それからまた物思う。頭に浮かぶのはローザやロッテのことではなく、彼のことだった。


 アベル、やはり悪いのは俺だ。傲慢で身勝手な俺を赦してくれてありがとう、感謝している。アンタは復讐をしようとしただけなのかもしれないが、俺はアンタに赦されたことで救われた。


 アベル。アンタが赦した愚かな男の、風の噂を楽しみにしていてくれ。

 俺は盗賊ドゥ。勇者カーネリアを支える――もう一人の陰の勇者だ。この先はアンタに誇れるように、迷うことなく確かな道を歩もう。


 アンタと出会えて、本当によかった。

これにて章完結となります。

この章はこの物語のテーマである「悪」と「復讐者」の物語でした。

次章はもっと勧善懲悪に寄せた爽快劇になります。


次回更新は2日後、もうしばらく隔日更新でがんばってゆくつもりですが、時間の都合からどこかしらで3日に1回更新に変更することになると思います。


またまだ先の話ですが、もう2章くらいでお話のクライマックスとなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ