エピローグ.風の行方 2/3
『悩ましいことだよ……。勇者ドゥよ、人狼という脅威を教えてくれたことには感謝するが……。厄介な問題ばかり増えてしまった……』
『そこは心中お察しするよ、シルヴァランド王』
『気に入らぬが、パブロを処刑できる日はこないかもしれぬ……』
『そうだろうな。……人狼という存在が認識された今、この戦いに終わりはない。仮に最後の人狼をしとめたところで、それが本当に最後の個体だとなぜ言える? わかるはずもない。人は疑い続ける』
事件は終わったが、人狼への恐怖と疑心暗鬼が俺たちの元に残った。
具体的な対処法といえば、人狼を生み出している存在を倒すしかないだろう。
『それはそうと、頼みがある。リーゼロッテ・マカバーンという令嬢がいるのだが、彼女に目をかけてやってくれないか? 彼女は今回の件に多大な貢献をしてくれた』
『それはドゥ殿に言われるまでもないこと。可哀想に、父親をこんな形で失うなど、さぞ辛かろう……』
『そうか、アンタがそう言ってくれるなら安心だ。……悪いが、俺はここには残れない。ロッテを頼む』
最初からわかっていたことだが、すり替えられた人たちは帰ってはこなかった。
こんな悲劇がシルヴァランドの国中で起きている。
『クロイツェルシュタインでもそうしたそうだな……。勇者ドゥよ、貴殿はいったいどこへ向かうというのだ?』
『さあな、もっと北の方に行くつもりだ』
そのついでに北方の魔将の様子を探ってもいい。
そのうち落ち着いた頃にはカーネリアもやってくるだろう。
・
もう2つのうち1つの心残りはローザだ。ローザは自己を過小評価する癖がまだ抜けていない。
王宮デビューでチヤホヤされて、少しは自信を持ってくれたかと思ったのに、人間の性質というはそうそう変わらないらしい。
そこで俺はアベルの店でまた働くようになった彼女を、ロッテの屋敷に連れて行った。
『えっと、は、初めまして……わ、私、ローザと――』
『まあかわいいっ! この方がドゥ様とモモシコフが言っていたローザさんですのね!』
『モモシコフじゃないよーっ、モモゾウだよぉーっ!? もーっ、何回言えばわかるのーっ!!』
ロッテに必要なのは後見人と、分かり合える友人だ。気弱なローザにもまた友人が必要だ。
去る側の都合でしかないかもしれないが、二人が仲良くなってくれたら安心できた。
『私、アベルさんのお店、で……働いているの』
『まあ、ならわたくしたちは仕事仲間ですのねっ!』
『そ、そうなるのかな……』
『ふふふ、では皆さんでこれからお茶にしましょう。ドゥ様とモモシコフと一緒にいられるのも、あと残り僅かですもの……』
『うん……そうだね……。ドゥくん、どうしても、行くつもりなの……?』
『ああ行く。それが俺の生き方だ、今さら変える気はない』
ローザとロッテは俺の目の前で友人になってくれた。
あるいは去る俺を安心させるためにそう演じているだけなのかもしれないが、気はだいぶ合うように見えた。
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かくして2つの心残りが消えて、心残りはあと1つだけになった。
俺は最後の心残りの元を訪ね、ナイフを彼に差し出した。
「なんのつもりですか、盗賊ドゥ」
「望みを果たしたいならこれを抜け。そして俺を刺し殺せばいい」
「なぜ、今さらになってこんなことを……? 私はもう、貴方を許したはずですが……」
「アベル……」
「いったい、なんのつもりなのです……」
アベルは見るからに迷っていた。差し出されたナイフを抜き、俺を刺し殺すべきか本気で迷っていた。
だが彼はナイフを受け取り、それを俺に突き返した。
「アンタの人生をメチャクチャにして悪かった」
「ッッ……」
「俺はこの先も傲慢な断罪を続けてゆくだろう。アンタと同じ復讐者をこれからも生みだしてゆくだろう。今ならそれで俺を止められる」
俺はナイフを受け取らなかった。
このシルヴァランドでの出来事は彼との出会いから始まった。盗品屋R.Aは俺が網に掛かる日を待っていた。
あるいは村のために汚れ仕事をする言い訳だったのかもしれない。だが俺たちは出会ってしまった。
「何を言うのです。貴方は、今やこのシルヴァランドの――」
「アベル、俺は廃業するべきなのだろうか……。名と姿を別人に変え、盗賊を辞めるべきなのだろうか……。だが盗賊ドゥが消えたら、誰が消えた盗賊王の代わりをする……?」
俺はその罠にかかった。もはや1度死んだも同然だった。
アベルは公平な男だった。その公平さゆえに俺はこうして今もここに生きている。
「盗賊ドゥ」
アベルはナイフを己の手元に戻し、鞘から鋭い刃を抜いた。
彼は堪えていた殺意をほとばしらせて、俺の喉をそれで引き裂いた。
「引退なんてできると思わないことです」
いや、喉元で刃を止めて、本気の憎悪で俺を睨んだ。
シルヴァランドを人狼の脅威から救おうとも、彼にとって俺が家族の仇である事実は変わらなかった。
「貴方には、地の果てまでその業を背負って生きていただきます。盗賊ドゥ、この世界には貴方にしか救えない弱者と、貴方にしか倒せない悪が星の数ほど存在しています」
ナイフが鞘に戻され、それを彼から受け取った。
憎悪は消え、元の穏やかで俺の友人である皮肉屋のアベルが残った。
「私は売られてゆく領民たちに何もできませんでした。盲目に両親を信じていました。そんな私に貴方を断罪する資格などありません。ドゥ、私は貴方の盗賊伝説に祝福を捧げましょう。貴方の行く先に幸あれと」
腰にナイフを戻し、のん気に皿の上で昼寝をしていたモモゾウをナッツごと袋に流し入れた。
それからアベルをしばらく見つめて、この地を去る覚悟を決めた。
「……世話になった」
「待って下さい、まさかもう国を出るつもりですか……? ローザとロッテに挨拶は?」
「いい、辛気臭いだけだ。今日中に王都を出るつもりだ」
「そこを動かないで下さい、今すぐローザとロッテを呼びます。お別れ会をしないといけませんからね」
「いらん」
「していただきます。少しでも私への罪悪感があるならば、付き合っていただきましょう」
そのカードを切られたら従うしかない。
そう言ってくれたら、少しは彼への罪滅ぼしになる。俺はその日去るつもりが長いお別れ会に招かれて、出発を翌朝に変更するはめになった。




