エピローグ.風の行方 1/3
「恐るべき盗賊よ、このパブロと取引をしないかね?」
徴税長官パブロに化けていたその人狼は、どうも他の個体とは少し違った。
ヤツは人狼の姿から人間の姿に戻り、ふてぶてしくも地べたにあぐらをかいて座り込んでいた。
「人狼の分際で命乞いをするおつもりですか?」
「アベルくぅ~ん、君には一杯食わされたよ……。君の茶番に付き合ってみれば、まあこのざまだよ。とほほ……とでも言っておうかねぇ……?」
「パブロ、貴方は危険です。こんな怪物と取引など――」
「情報次第だな。まずはあの女神像について教えてもらおうか」
「正気ですか、ドゥ……」
「ああ、なんとなく臭いでわかるんだ。コイツが生粋の外道で、裏切り者だってな」
そう俺が主張すると、カドゥケスの末端どもが野卑な言葉を交えて俺を擁護した。
パブロの方は狂わんばかりの笑顔だ。外道で裏切り者という評価を、いたく喜んでいるふしすらあった。
「素晴らしい!! 私を理解してくれるのは君だけだよ、ドゥくん!! やつら人狼どもの愚かさと言ったらない、あれでは狼ではなく、飼い慣らされた犬っころだよ、ハハハハハッ!!」
自分こそが狼だとパブロは主張した。
人間という羊になりすましてきた狼がよくも言えたものだった。
「で、あの女神像の正体は?」
「楔だよ。あの女神像たちこそが、なんとこのシルヴァランドを守る結界そのものだったのだよ!!」
大げさに両手を広げて、パブロはその必要もないのに劇的に高々と主張した。
ただ話しているだけでうっとうしかった。
「ああっなんてことだっ、あれがある限り、魔軍はこの国に一歩たりとも入ることすらできない!! 大地の楔全ての破壊、それこそが我々の任務だったのだよ!!」
「それで?」
「うむ、魔将グリゴリを覚えているね? ほら、君の国を転覆させた張本人だよ」
グリゴリか。グリゴリは過去最高に手強い相手だった。
貴族社会の腐敗という祖国の弱点を的確に突いてきた。だが、その腐敗構造ゆえに反乱軍は足並みがそろわず、俺たち王党派に付け入る隙を作った。
「彼もまた、クロイツェルシュタインで大地の楔を引き抜いている。グリゴリの役目は、勇者の拠点を破壊すると同時に、王都に刺さった楔を破壊することだったのだ!! ……なんだねっ、もっと驚きたまえよっ!?」
「私には、自分が生き残るために思い付きのホラを吹いているように見えますがね……」
そのグリゴリに別の目的があったとは斬新な創作だ。ヤツが王党派の鎮圧をベロス任せにしていたことにも納得がいく。
「わかった、アンタと取引しよう。詳しい話は王都で聞く」
「……反対です。王都に着いたら、私は王に処刑を進言します」
「おお怖い! やはり君には人狼の素質があるよ、アベルくぅ~ん! ……ギェッッ、いきなり何をするのかねぇっっ?!」
アベルがパブロの膝を銀の剣で突くのを俺は見て見ぬふりをした。
行動力を奪っておいて損はないからな。アベルだって今日まで苦しめられてきた恨みがある。王が処刑すると言うならば、反論する気はない。死ねばいい。
「私をもっと丁重に扱うことだよ……? シルヴァランドの人狼は、これで全てではないのだよ……? 主戦力はまんまと壊滅させられたが、裏から君たちを探る諜報網はまだ生きているのだよ……?」
「ならば全て吐かせるのみです」
「ギャッッ?! き、きききっ、君ぃぃっっ、私の話を聞いているのかねっっ?!!」
俺たちはパブロを鎖で拘束し、馬車を反転させて王都へと引き返していった。
パブロは群れのはみ出し者だ。仲間を売る裏切り者だ。今回はそんな外道が敵であってよかったと思わずにはいられなかった。
・
それから数日が経った。厄介ごとを片付けた俺とモモゾウはただの盗賊に戻り、酒場や街角に身を潜めて標的を探す日常に戻った。
ここでは雪国ゆえにコミュニティの結束が強く、そのため俺のような余所者にはベラベラとあまり喋らない。少しやりにくかった。
だが最終的には上手くいった。情報をつかんだ俺たちは先日、軽く一仕事を済ませた。
今回の混乱に乗じて薪の買い占めに走った悪徳商人の倉庫から、金貨を盗み取って半分を貧民街に撒き、もう半分をアベルに押し付けた。
『資金洗浄はこちらでやっておきます。盗品屋は……貴方への復讐を達成した時点で、廃業にする予定だったのですがね……』
『この金でローザとイルゲン村を頼む。俺はいつまでも同じ場所にはいられない』
『私の誇りにかけてでも、村を完璧に復興させるとお約束します』
『頼む。心残りは残したくない』
『それはそうと、あの話は聞きましたか?』
人狼パブロは情報を小出しにしている。
監獄に広い部屋を用意させ、情報と引き替えに譲歩を迫っていると聞く。
これまでの話も含めて要約すると、ざっとこんな感じだ。
結界に守られたこの国では、魔軍は結界内部に入ることすら不可能だった。
そこで魔軍は人でありながら魔族でもある存在を作り出した。それこそが人狼だ。人狼はシルヴァランドの結界をすり抜けられた。
やつらは要職に就く者を少しずつ同じ人狼にすり替えて、陰からの国の支配を進めると同時に【大地の楔】を探させた。そのリーダーがあのパブロだ。
人狼パブロを生み出した連中は、人間がここまで外道だとは読めていなかったのかもしれない。パブロは平気で仲間を裏切り、密告の代価として牢獄で血の滴るステーキ肉を貪っている。
このまさかの裏切りにより、国内の人狼は着実に狩られていっている。
あの女神像はイルゲン村に残る1体をのぞき全てが破壊されてしまっていた。だがその1体がある限り、結界が失われるようなことはないそうだ。
こうしてシルヴァランドに平和が戻った。
と、言おうにもどうもしっくりとこない歯切れの悪い結末となった。
パブロがどこまで真実を語り、どこまでを隠しているのかわからないためだ。
もしかしたらまだ国内に多くの人狼の残党が残っており、パブロは牢獄の中で再起の時を待っている可能性もある。




