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24-1.人狼狩り - 嘘 -

 その晩、また夢を見た。今日までの日々を遡る長い夢を。

 俺はカドゥケスの盟主を殺した犯人だった。ペニチュアと呼ばれる不死の怪物と再会し、盗賊王の策略も功を奏して、彼女を常闇の王のくびきから解放した。


 祖国で内戦が起こり、あのアイオス王子と出会った。

 俺たちは勝ち目のない戦いに身を投じ、かつての仲間だったガブリエルとベロスと戦った。そして最後は同じ勇者パーティの仲間に命を救われ、祖国とモモゾウを守り抜いた。


「待ってドゥ! ねぇ、どうしても行っちゃうの……?」

「ああ、今日でさよならだ。楽しかったよ、オデット」


「なんで行くのさ!? 居たいならずっとここに居なよっ、迷惑だなんて誰も思ってないよ!」

「無理だ。今日までの人生を捨てて、別人にでもなりすまさない限り、俺はここには残れない」


 その後、しばらくの間だけランゴバルド領に滞在した。

 それはほんの半月にも満たないつかの間の幸せだ。


 受け入れてくれた母と弟の前から自ら去ったように、俺はそこに定住したいと強く願いながらも、親しい人たちの前から去しかなかった。


「私、待ってるからっ! 私もカーネリアもペニチュアもっ、ドゥのことをずっとここで待ってる! だから必ず帰ってきて! 私たち、発展したこの開拓地をドゥに見せたいの!」

「ありがとう、必ず帰る。今回は長旅になりそうだがな……」


 俺は全てを思い出した。

 残りたい、残りたいと強く願いながらも、己の生き方を貫いたことを。


 クロイツェルシュタインの人々が、あの王までもが俺を英雄だの勇者だのと呼んで、散々に困らせてくれたことを。

 俺はまあ、確かに、肯定はしていないが、世間的には、勇者ドゥその人だった……。



 ・



 翌日の朝、監獄に交易商人がふらりと現れて書簡を届けてくれた。

 その書簡によると王直属の近衛兵たちをアベルが率いて、女神像の輸送隊が西へと出立したとある。俺たちはこれから、キャラバン隊に化けてその背中に張り付く。


「美味ぇっ、美味過ぎるっ、コイツがシャバの空気かよぉっ!」

「ヒハハハッ、人狼どもを斬り刻むのが今から楽しみだぁぁ~!」


 懲罰部隊を率いて監獄を出ると、指定の場所で装備一式と荷馬車を受け取った。

 悪党どもに剣と軽鎧を装備させ、その上にコートを着せると、すこぶる人相の悪いキャラバン隊の誕生だった。


「輸送隊ってのはアレだろ!? いこうぜ、盟主様!」


 それから街道の森林にしばらく待機して、輸送隊の通過を待った。

 輸送隊は40名規模の精鋭部隊だ。これから俺たちはそいつらに気取られぬように尾行してゆく。


「ここからは静かにな。近衛兵たちは俺たちの存在を知らない。アンタたちのお行儀が悪いと、勘違いして斬りかかってくるかもしれないぞ」

「おいおい、近衛兵を囮にするなんて、アンタこそ頭おかしくねぇか?」

「人聞き悪ぃこと言うなよ! 人狼をぶっ殺しゃ、俺たちもドゥと同じ英雄だぜっ! せいぜいだしにさせてもらおうじゃんよ!」


「ああそうだな。わかったから、静かにしてくれ……」


 懲罰部隊はひたすらにガラが悪かった。それに騒がしく、下品で、臆病者を外したのもあってか命知らずばかりだ。

 俺たちは輸送隊の後ろをゆとりをもって追いかけた。必ずあの餌にやつらが引っかかると期待して、長い道のりを進んだ。



 ・



・R.A


 つい数日前まで殺したいほどに憎んでいたのに。どうして私はこんなにも、彼へとこんなに厚い信頼を寄せてしまっているのだろう。

 私は今、ローザとモモゾウくんと共に親衛隊に同行している。信じがたいことに私はそのリーダーだ。


「ローザ、疲れたのなら言って下さい。見張りを交代させますので」

「大丈夫……。私、このくらい、し、しか、役に立てない、から……」


「そうですか」

「私、も、戦い、たいの……」


「ではもう少しお願いします、ローザ」


 私は荷馬車の御者、ローザは荷台に立って辺りを見回している。

 モモゾウくんはローザの懐の中で今は眠っていて、囮である私たちにとっては小さな彼こそが生命線だ。


「ランス殿、ご安心下さい。何かあれば我々が必ずローザを守ります」

「ありがとうございます、近衛隊長」


 そう感謝しながらも、私は胸の中で近衛隊長にさえ疑いを覚えた。

 一兵卒ではなく彼ら親衛隊を選んだのは、防戦が得意なその強さもあるが、人狼たちの間者がまぎれていると踏んでのことだ。


 そうなると親衛隊内部の地位や人望の高い者ほど正体が疑わしかった。

 私は周囲を警戒するように見せかけて、親衛隊の一人一人を密かにうかがっている。


「そういえばローザ、貴女には謝っていませんでしたね」

「え……何を、ですか……?」


「私は貴女を利用しました。貴女なら必ず彼を助けると、私は知っていたのです。私は貴方の善意を利用しました」

「私、き、気にしてない……。私、彼に会えて、よ、かった……」


 義理の妹は今日も化粧をしている。ドゥの化粧と比べるとお粗末だが、それでも別人のように綺麗だ。

 自発的に化粧をしたいと思ってくれたことが義兄として嬉しくて、それに姿を見ると何度も妻のことを思い出してしまう。


「不思議な男ですね……」


 敵を倒すために犯罪者を利用するだなんて、あの男でなければとても思いつかない狂った発想だ。あの男は法律や秩序の正反対に位置している。盗賊ドゥには、悪とされる物を価値に変える不思議な力がある。


「過酷な、じ、人生、だと思う……。なんで、あそこまで、す、するのか、私はドゥが、わからない……」

「きっとそれは、彼がとても純粋だからでしょう。悪い世界に染まって、すれてしまってはいますが……。本質はもう片方の勇者様と、そう変わらないのかもしれません」


 その純粋さゆえに私は彼を許した。誰かを助けたい。己の手を汚してでも救いたいという彼の性質は、とても危うく弱々しくさえ見える。

 彼は素晴らしい英雄だが一方で破滅的だ。ローザはそんなドゥに心を痛めているようだった。


「あっ、モモゾウちゃん……?」

「まさか、敵襲ですかっ!?」


 そんな折り、ローザの懐からモモゾウくんが飛び出してきた。彼の毛は逆立っており、鼻をヒクヒクとしきりに動かしながらローザの頭の上に乗る。


「うんっ、間違いないよっ、この臭いは忘れようとしても忘れられないっ! 人狼(あいつら)だっ!! ローザッ、ボクチンを後ろに投げてっ!!」

「う、うん……っ!」

「総員停止、すぐに戦闘の準備をして下さい!!」


 言われるがままにローザがモモゾウくんを空に投擲する。

 彼はドゥへの報告のために腹膜を広げて空を滑空し、彼方の木に飛び移ると梢へと駆け上る。そしてまた滑空して、遥か遠方へと姿を消した。


「はて、敵の姿など見えませんが……なっ、あれは、噂の人狼っ!?」


 待ち伏せだった。左右の林の中から巨大な上半身を持った人狼たちが現れ、前方の道を塞ぐように倒木を投げつけた。

 数は約40体。彼の予想通りに、ついに獣が罠にかかってくれた。


 それは出発してより7時間目の夕方前のことだ。我々輸送隊は人狼たちに前後左右を包囲された。


「おやおやぁ~? そこにいるのはぁ、アベルくんではないかねぇ~? おやっ、それは君はあのときのメスガキかね!? 美人になったものだねぇ~、いや驚いたよ君ぃ!?」

「その世にもうっとうしい喋り口、まさか、パブロですか……?」


「おっとこれは失礼! 私はパブロ、この人狼たちのリーダーをしている者だ! さてさて、早速ではあるがいいかね? 我々の目当ては、その女神像だ……。さ、そいつを……」

「誰が貴様などに渡すものかっ!」


 近衛隊長が剣を抜いて叫んだ。


「いやいや違う違う! 女神像は貰う! そして、貴様らは、ここで……みーんな我々に美味しく喰らわれてしまいたまえっ!!」


 予想はしていたが、こちらの近衛兵のうち2名が人狼だった。近衛隊長が人間だったことに私は安堵しつつ、腰のショートソードに手をかけた。

 いや、そこまでしてやはり止めて、両手を胸の前に組んだ。


「待って下さい、実は――私には隠し財産がありまして、私を見逃してくれるならばそれを貴方に差し上げます」

「えっ、ア、アベルさんっ?!」


 何もすぐに交戦することはない。彼らは勝利を確信している。

 それにこのパブロという男は――


「おおっと裏切るのかねっ、命乞いなのかねっ!? いいねぇ、そういうの好きだよぉ、私は! 隠し財産とは聞き捨てならないからねぇ~! では、その話詳しく――」

「貴様パブロッ、いい加減にしろっ!! つまらん金よりも女神像が先だろう!!」


「まあ待ちたまえリムスカヤくん! 既に勝負は付いているではないかね~? その金の話、詳しく聞こうじゃないかね」

「ありがとうございます、パブロさん」


「アベルくぅ~ん、君には人狼の才能があるよ。そうだ、君を人狼にすり替えるよう上に忠言してあげよう!」

「パブロッッ、ベラベラと喋るなっっ!!」


 私は彼の――盗賊ドゥの真似事をした。目的のためにあえて汚れ役を演じた。彼の率いる後続部隊が包囲を完了するまで、親衛隊に蔑まれようとも、見苦しい命乞いをした。


 長くはもちません。急いで下さい、ドゥ。


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