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11.王都セントアーク

 王都セントアークは大河の下流に築かれた湾岸都市だ。都市の中央に巨大な運河があり、南に賑やかで退廃的な貿易港があり、北部の丘には王城が天高くそびえている。


 支配者はペレイラ・クロイツェルシュタイン。この国の国王にして、盗みの標的の1人だ。


「ねぇ、ドゥ……。なんだか、おちりがゾワゾワする……」

「いつもの直感か?」


「う、うん……。気を付けてね……?」


 長い旅をようやく終えて、故郷セントアークの外壁まで帰ってくると、袋からモモゾウが顔だけを出して違和感を訴えだした。


 ……この高い外壁は、亡くなった父親が建設労働者として築いたものだ。幼い少年にとってその事実は大きな誇りだった。


「言われてみれば平時よりも警備が物々しいな。何かあったのかもしれん」

「ボ、ボクチンたちを探してるとか……?」


「それはない。向こうもまさか、お尋ね者本人が王都にもぐり込んでくるとは思わん」

「でもでも、尻尾がゾワゾワするんだよぉ……」


 監視の兵士たちに見下ろされながら東門を抜けると、そこには商売人で賑わう大きな広場がある。


「はっ……確かに妙だな」


 普段ならば腹を空かせた旅人向けの屋台や、宿屋の営業、取引相手を求める商人で広場が賑わっているというのに、今日は嫌に雰囲気が暗かった。


「おい、そこの旅人。商人には見えんな、どこからきた?」

「ああ、ちょうどいいところに。俺はパック、マルドゥークの(もり)に属する旅の学者です」


「マルドゥークの杜……? 聞いたことがないな……」

「それはそうでしょう。我々の研究対象は歴史や遺跡ですから」


「む……そうか。見れば賢そうな顔をしているな」


 兵士がそう返すと、袋の中でモモゾウがヒクヒクとうごめいた。笑いを堪えているみたいだ。


「ところで兵士さん、町の雰囲気がどことなく妙なのですが、何かあったのですか?」

「鋭いな。実は、少々貴族様方がゴタゴタとしていてな」


「へぇ、それは興味深いですね。よければもっと具体的に教えて下さい」

「これでも職務があるのだが……まあいい。実は4日後、ある男の処刑が行われることになった」


「処刑? どこの誰です?」

「国王の補佐官をされていた、ギルモア子爵閣下だ」


「え……」

「驚くよな……。あんな素晴らしい方が処刑されるだなんて、世も末だよ……」


 なんてことだ。そのギルモアに意趣返しをするために戻ったのに、ギルモアは既に死刑囚となっていた。



 ・



「弟の若い頃に似ていてな、つい喋り込んでしまった……。パックさん、研究がんばってな」

「ありがとう、兵隊さん。おかげで私も楽しかったです」


「そうか……。何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれ、コルベット通りの7番兵舎にいる」

「ありがとうございます」


「弟に似てるんだ……。最近、弟があまり顔を出してくれなくて……」

「がんばって下さい」


 妙に親切な兵士と別れると、セントアーク南部の港に向かって、そこにある酒場の奥に陣取った。貿易港の人々は他人の素性なんて気にしないので、潜伏に最も適していた。


「お客さん、ご注文のミルクです」

「……あの、ジンを頼んだはずなのですが?」


「ダーメ。お子様が背伸びするんじゃありません」

「でしたら小皿をくれますか?」


 言い返すよりも誤解させた方が都合がよかったので、お節介な酒場女に小皿をもらってそこにミルクをたらした。


「静かに飲めよ、ネズミだと思われたらトレイで叩き潰されるぞ」

「キュゥゥッ♪ もっともっと、もっと入れて!」


 顔面ミルクまみれのモモゾウをのぞき込むように眺めながら、気を取り直して情報を整理した。


 渦中のギルモア子爵だが、どうやらハメられたようだ。それは俺に支払われたはずの前金の1億オーラムが、国庫に戻された件にも恐らくは繋がっている。


 先に結論から言えば、変わり者のギルモアと国王は俺を裏切ってなどいなかった。

 ギルモアの罪状は国家反逆罪。盗賊ドゥを勇者カーネリアのパーティに潜り込ませて、魔将討伐の妨害を働いた。


 盗賊ドゥは魔王と通じており、パラディン・ガブリエルとナイト・ベロスはドゥの裏切りの証拠を掴んだ。薄汚い盗賊の妨害さえなければ、今頃は既に魔将を討っていた。旅の遅れは全て盗賊ドゥの妨害のせいである。


 あいつらがそんな虚偽の報告を本国に入れたがために、それが貴族議会のクズどもに政治利用され、ギルモアと国王が現在窮地に陥っている。


「プィィー♪ もう飲めないよ……」

「おい、飲み過ぎだろ……。腹がたっぷんたっぷんになってるぞ……」


「グエッ!? つ、突っついちゃいやーっ、う、うぷっ……?!」

「今飛んだら確実に吐くな」


「ごちそうさま……。ちょっとお昼寝するね……」

「いいご身分だな……俺もモモンガになりたいよ」


 膨らんだハリセンボンみたいになったモモゾウの口を布で拭って、幸せそうに眠ってしまったそれを袋に入れて、残りのミルクを一気飲みすると俺は席を立ち上がった。


 この国はクズばかりだ。国のため、未来のために盗賊ドゥという悪を抱き込むことを選んだ男が、偽りの正義によって断罪される。なんて歪んだ正義だ! そんなものは間違っている!


「モモゾウ、今から城の監獄に入り込むぞ。それまでにその腹を引っ込めておけ」


 モモゾウは熟睡していたので、監獄への潜入は事後承諾となった。


もし少しでも気に入ってくださったら、画面下部より【ブックマーク】と【評価☆☆☆☆☆】をいただけると嬉しいです。


皆様のご支援に感謝して、次の長編作品の執筆を一時中断して、本作の連載に力を入れることにしました。これからも応援して下さい。

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― 新着の感想 ―
[一言] ギルモア子爵って誰だったっけ…と思ったら2話で出てきた補佐官だった。満を辞して、子爵だと明かされる!
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