22ー2.シルヴァランド王と盗賊勇者 - 悪党流の奇策 -
「待ってくれ、それはまだ渡せない。俺が手元で保管する」
「いや、敵の狙いをここまでお運び下さりまことにご苦労。だがここは我々を信じよ」
「そうです、陛下。私に預けて下されば近日中に、それを正体を突き止めて見せます」
俺は神官と魔導師を疑った。こいつらもまた、人狼やパブロの仲間なのではないかと。根拠はどこにもない。俺もまた疑心暗鬼にかられてしまっていた。
「む、むぅ……。この敵は、まことに厄介な敵のようだな……」
「同感だ。まさかあれだけの数に入り込まれていたとは、普通思わない」
いや、それは王も同じだった。誰を信じればいいのかわからないと、己の臣下一人一人に目を向けて、困り果てた様子で腕を組んだ。……彼が聡い王で助かった。
「こうなっては、誰が人狼で誰が忠臣かもわからぬ……。なれば今頼れるのは、勇者ドゥと、勇者カーネリアのみだろう……」
「カーネリア……? 待て、なぜそこでカーネリアの名が出てくる?」
「それは今回の人狼騒ぎを、勇者カーネリアに解決してもらうつもりでいたからだ」
「……はっ、それは無理だな。アイツにはそういう仕事には全く向いていない」
それでもカーネリアと勇者パーティという戦力が加われば、戦いはずっと有利なものになる。
彼女を待つべきかどうか、俺は少し迷った。だが俺は、俺の仕事は勇者パーティの汚れ役だ。これは本来のつゆ払いの仕事が少し早まっただけだと考え直した。
「勇者カーネリアを信頼しているのだな」
「違うな、よく知っているだけだ。あんな真っ直ぐで信頼の置ける人間は他にいない。カーネリアは俺とは正反対だ。そしてだからこそ、人を疑うような役目は向いていないとよくわかる」
ふと辺りを見回してみれば、謁見の間に集まった家臣たちは互いに疑いの目を向け合っていた。この場にいる誰もが人を信じられなくなっていた。王はその様子を見て、また深いため息を吐いていた。
「ふむ。……皆の者、集まってもらったところ悪いが、私はドゥ殿と2人だけで話がしたい。ドゥ殿は人狼の実在を証明した張本人、彼は味方と見て間違いないだろう」
シルヴァランド王が賢い人で助かった。
王のその判断に対して家臣からの反論がいくつか上がったが、最後に王は決断をして話を押し切った。
アベルとローザはくれぐれも失礼がないようにと、俺に再三の念押しをして去っていった。これでもこの王に敬意を持っているつもりだというのに、つくづく失礼なやつらだ。
ともかくこうしして、窓がなく陰影の深い謁見の間に盗賊と王だけが残されることになった。
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「さてどうしたものか。あんなものを見せられてしまっては、もはや誰を信じていいものやら……。ドゥ殿、貴殿は人狼を見抜く方法に心当たりはあるか?」
「独特の臭いがあるってくらいだな。うっすらと獣の臭いがする」
「ううむ……」
「ま、それだけじゃ区別が付かないよな、実際。よければ俺の案を聞いてくれるか?」
「何か策あるのか!?」
あの木彫りの女神像は先ほど返してもらった。
布袋を軽く叩いて合図をして、そこからモモゾウが女神像を抱えて出てくるのを待った。
「んしょ、んしょ……。も~、ドゥはモモンガ使いが荒いよぉ~……」
「王様の御前だぞ、もっと愛想よくしろ」
「ドゥこそもっと行儀よくするのーっ! アベルとローザが可哀想だったでしょーっ!」
「無理だな。それにこれでも愛想はよくしているつもりだ」
「噂通り、本当に喋るモモンガを連れているのだな……。して、案とは?」
王の好奇の目を受けながら、モモゾウは女神像を抱えて俺の肩まで登ってきた。
「この像は最高級の餌だ。コイツを使って人狼をあぶり出し、そいつらを狩ってやろう」
「む……? お、おおっ、敵の狙いを逆手に取るということかっ!?」
「そうだ」
「ほぅ、それは、面白い……。だが誰が人狼かもわからぬ状況だぞ、不用意に動くのは危険ではないか? 罠に陥れるつもりが、逆に罠へと落とされてしまうやもしれぬ……」
今回の敵はそういうところが厄介だ。
人狼という存在は、人間社会の弱点を巧妙に突いている。ここまで浸食されてしまった今、正攻法では倒せない。
「まあ最後まで聞いてくれ。まずは、中規模の輸送計画を立てる」
「それが囮だな?」
「ああ。誰でもいいから有名な学者の元にこの女神像を輸送させ、その輸送隊を人狼どもに襲撃させる。敵の狙いはこの女神像だ、必ず罠にかかる。こっちはそいつらを包囲して叩くんだ」
「しかしそこで先ほどの問題が出てこよう。誰が人狼かもわからない状況で、どうやってその秘密作戦の人員を集める? 難問であろう?」
王は段々と楽しむかのようにのめり込んでいった。自ら思慮を楽しむように謁見の間をうろうろとして、少し考えるから答えは待ってくれと、手のひらを突き出すくらいだった。
「異国から兵を借りるかっ!? いや……それでは罠であることが見え見えか……」
「それも悪くないな。しかしそれだと時間がかかる上に、確かにかなり目立つだろうな」
「……むぅ、ならば答えを聞こう。貴殿ならばどうする?」
「……監獄の囚人を使う。っていうのはどうだ」
「囚人……囚人だとぉぉっっ!?」
王は耳を疑った。まともな人間ならば、囚人を使うという発想にはそもそもならない。
俺は声がでかいぞと人差し指を唇の前に立てて、本気だと微笑み返した。
「やつら人狼は要職にある者たちをさらい、なりすます。逆に言えば、地位や出世の見込み、人望のないやつにはなりすまさない。牢獄の人間ならば直のことだ」
「ああっ、そういうことかっ! 確かに収監されている者になりすましても、なんの意味もない!」
国王は大げさに感心していた。モモゾウの方は像を抱えて俺の肩を下りてゆく。どうやら袋に戻るつもりのようだった。
それからしばらくの王の思慮が続いた。この作戦を確実にするために、彼は細かい部分を考えてくれていた。
「いいだろう。この国の未来は勇者ドゥと、貴殿が組織する懲罰部隊に任せよう」
「アンタの理解が早くて助かるよ」
懲罰部隊というのは恩赦を餌にして組織される囚人軍隊だ。それを組織することや恩赦そのものに問題があろうとも、今回は悪党を頼るしかない。当然、中には根っからの悪人も混じるだろう。
「私の目には現在取り得る中で、最も迅速で最前の策に見える。しかし、まさか囚人たちを頼る日がくるとはな……」
「その懲罰部隊の面接、俺が受け持っていいか? 悪党を嗅ぎ分ける嗅覚には自信があるんだ」
「もちろんだ、全て貴殿に任せる! なるほど、クロイツェルシュタインの英雄譚はこうして生まれたのだな! 清濁併せ呑むその器があの国を救ったか!」
「英雄は俺じゃない、散っていた勇士たちが真の英雄だ」
「うむ、貴殿はやはり信頼できる! 正しくそなたこそが勇者だ!」
「頼む、もうそういうのは止めてくれ……」
「私は思ったよ、義賊と王というのはとても似ているとな。善も悪も等しく受け入れられる度量が我らには求められる。我らは清く正しく生きる者の影だ。そうであろう?」
「……アンタ、よく喋るおっさんだな」
こうして話がまとまった。国王は懲罰部隊の編成を議会を省略しての独断で通し、俺は王の書簡を懐にシルヴァランドの監獄へと出発した。ローザとアベルに輸送隊の下準備を任せて。




