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22ー1.シルヴァランド王と盗賊勇者 - 疑心暗鬼の広間 -

 王宮の廊下は怖ろしく冷たく薄暗かった。兵も官僚も召使いたちも早足にそこを抜けてゆき、それぞれが暖房が設置された暖かな部屋に飛び込んでゆく。


 見てくれは立派で頼もしい城だというのに、中の方はというと、アベルの店の方が遙かに快適な有様だ。


 その城は王者が快適に暮らすための施設ではなく、城下に外壁を持たないこの都の最終防衛ラインだ。要塞じみた無骨な城壁と回り道だらけの廊下がそう俺に主張していた。


 謁見の間もまた窓がないためどうしても薄暗く、室内の中央では長細く取られた囲炉裏が音を立てて赤い炎を上げている。

 そう、俺たちは無事に城門に通行を許可され、こうして王への謁見が許されることになっていた。



 ・



「ほぅ……どうやら噂通りの人間のようだな。貴殿が盗賊ドゥか?」

「ああ。アンタがシルヴァランド王か?」


「いかにも。……皆の者、おもてを上げよ」


 王が現れ、謁見が始まるなりアベルとローザが動揺していた。誰もが膝を突いて頭を下げなければならないこの場で、俺だけ顔を上げて王をしげしげと観察していたからだ。


 シルヴァランド王は白髪混じりのブロンドの、男なら誰もが憧れるような立派な体躯を持った大男だった。


「外は大変な騒ぎだったようだな」

「まあな、俺もあそこまで派手になるとは思っていなかった。兵に死人を出してしまって悪かったな」

「ド、ドゥくん……っ、ダメッ、敬語、使わなきゃ……っ」

「ぁぁ……私はもう、気が変になりそうですよ……」


「仲間がこう言っているがどうする? どうしても敬ってほしいと言うなら、俺も考えはするが」

「ふ……上辺だけの敬愛などいらぬ。貴殿は誰にも媚びぬ無頼漢であろう。そんな男が権力者に媚びへつらう姿など、かえってうさん臭く映るだけだ」


「シルヴァランド王、アンタ話がわかるな」

「まあな! これでも王をやってちょうど30年だ! 祝ってくれてもいいぞ!」


 謁見の間には徴税長官パブロの姿はない。マッカバーンもだ。やつらは既に都から逃亡したと見るのが妥当だろう。


「お初にお目にかかります、陛下。私はランス・アーヴェル、クロイツェルシュタイン出身の元貴族にあたる者です。それからこの子がローザ、貴方の所領であるイルゲン村、その村長の次女にあたります」

「ロ、ローザ、です……っ。こ、ここ、光栄です……っ、お会い、できて……っ」


 化粧をしたローザに王はやさしく微笑んだ。兵士も官僚も女官も貴族も、今のローザの姿に見とれない者などいなかった。

 おかしな話かもしれないが、美女というのは身分差を超越する力を持っている。ローザからそう学ばされた。


「美しい娘だ。村長の娘に、異国の元貴族。それに噂の新しい勇者か。身元は確かなようだ」

「わ、私は、そんな……っ、違います……」

「ローザが綺麗なののは認めるが、俺は勇者じゃない。俺はただの薄汚い盗賊だ」


 王が玉座を立ち、俺の目の前に進むと場がどよめいた。俺が王に暴挙を働くのではと、アベルとローザまで疑っていた。まったく失礼なやつらだ。


「勇者ドゥ、内戦での活躍は既に聞いている。ふ、久々に胸が熱くなるような英雄譚だったよ。特に同胞同士の戦いを防ごうと、単騎で王宮に乗り込んだところが好きだな。……なんてバカなやつなんだと、つい感心してしまったよ」

「こんなところに俺のファンがいたとは光栄だよ、シルヴァランド王」


「ああ、正しく貴殿のファンだとも。……だが、なぜ人狼どもに追われていた? さらには人狼、あれが存在していたこと自体も、大きな衝撃だ……」


 だろうな。いったいどれだけの人間がすり替えられているのか、想像するだけでもおぞましい。


「俺たちが人狼どもに襲撃されたのは、2つの要因からだろう。1つは拘束した人狼、これをアンタに見せて、やつらの実在を証明するのが来訪の目的だった」


「うむ、それは既に予想の範疇だ。私が実在を知れば人狼どもも暗躍が難しくなる。しかし、もう1つの理由が想像できぬな……」

「パブロのクソ野郎を知ってるな? アイツは人狼だ」


「なんと……。むぅ、そう言われてみれば確かに、しばらく前から様子がおかしかったが……」

「そのパブロはイルゲン村を付け狙っていた。ヤツの狙いは、イルゲン村に眠っていたこの、なんの変哲もない女神像だったからだ」


 木彫りの女神像を国王に手渡した。俺とアベルの推測では国王はすり替わっていない。

 それができたら遙かに強引な方法で、ヤツらは既に目的を達成していただろうからだ。


「すまぬ。私の目には価値ある物には見えないな……。彫りが粗すぎる」

「アンタって意外に素直なんだな。少し気に入ったよ」


 誰がどう見たってガタクタだ。だがそうハッキリと言える人間は少ないだろう。


「ドゥッ、私のことを少しでも友人だと思うならばっ、それ以上の軽口はひかえて下さい……っ。陛下、その女神像は、あの盗賊王エリゴルが所持していたとされる物と同一だそうです。その像には、他に何か特別な価値があるのかと思われます!」


 悪いなアベル、それは無理だ。俺は誰にも媚びないし、相手に合わせて態度を変える気もない。


「もし――」


 そうしているとそこに、神官風の男と魔導師風の男が摺り足で前へと出てきた。


「その、よろしいでしょうか、陛下……。その像、最近神殿より紛失した黄金像によく似ているような気します」

「は、私からも失礼いたします。私の勘違いでなければ、その像からは奇妙な力を感じます。そこのランス殿が言うとおり、何か曰く付きの品と見るべきかと……」


 王はあまりに素朴な女神像にまた目を向けて、渋い顔で一考した。

 何度見たってガラクタだ。妙に真新しく見えるところも安っぽさに拍車をかけている。


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