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21.人狼のマーチ

 予定外の連続だったが、そこにもう1つ予定外が追加された。


「なぜ志願した?」

「だって……ドゥくんが、心配、だ、だから……っ」


 ローザだ。人狼に襲われてあれだけ震えていたというのに、彼女はイルゲン村村長の娘として証人になると言ってくれた。少しでも説得力が欲しい俺たちにはとても助かる申し出だった。


「村に残すよりも隣に居てくれた方が安心です。そうでしょう?」

「それは大いにあるな……。ああ、まだ動くな」

「あ、ごめ、ごめんなさい……」


 アベルが御者で、俺とローザと人狼が荷台だ。その荷台の上で、俺はローザに化粧のやり方を教えていた。これから城に上がるんだ。美人に仕立てて、彼女に自信を持たせたかった。


「綺麗ですね。妻を思い出します……」

「わ、私、お姉ちゃんみたいに、き、綺麗なんかじゃ……ないです……」


 赤ら顔のローザは化粧をするだけでも別人のようだった。

 荒れた肌が厚めの化粧で整えられると、元々の顔立ちの良さがとても際立つ。美しいプラチナブロンドとやさしい顔立ちがより魅力的に輝いていた。


「よし、できた。これなら王宮の貴族様に見初められてもおかしくない」

「それはそれで、義兄として複雑なのですがね……。とても綺麗ですよ、ローザ」

「あ、ありがとう、ございます……。嘘でも、う、嬉しい、です……」


「誰も嘘なんて吐いていない、アンタはもっと自信を持て」

「ありがとう、ドゥくん……。私、嬉しい……」


 丘を越えるとゆるやかな下り坂だ。さらにその下り坂を抜けると街道だ。

 往来を行く人々や馬車が増え、俺たちは一息を吐いた。さすがに人の目のあるところではいくらやつらでも襲ってはこないと思いたい。……そう思ったことを口にしてみた。


「それは貴方らしからぬ楽観視ではないでしょうか。敵からすれば、その人狼を城に持ち込まれるのは絶対に避けたいでしょう。事態に気づいていれば、敵は必ず襲ってきます」

「わ、私も、戦う……っ」

「ああ、その時は御者でも頼むよ」


 アベルの馬車は街道を進み、やがて王都の入り口を抜けた。

 そこから馬車の行き交う大通りに出て、王城のある北部へと進んでいった。


「止まれっ、荷物をあらためさせてもらう!」


 その途中、馬に乗った徴税官が俺たちの道を阻もうとした。パブロの差し金だろう。


「いや、悪いが先を急いでいる。俺は勇者カーネリアの右腕だ。道を阻むのならば、この国の王にアンタのことを報告させてもらう」

「ゆ、勇者様だと……!? だ、だが……これは、徴税長官であるパブロ様のご命令――」


「俺たちが報告すれば、アンタの首なんて簡単に飛ぶぞ? パブロもあの通りの人柄だ、アンタを守ってくれるとは思えんな」

「うっ……」


 勇者の勲章をチラ見せして、徴税官を追い払った。

 あっさりと引き下がったということは、アイツは人狼ではなさそうだ。


「凄い効果ですね、さすがは勇者ドゥ様です」

「うん……あの気弱だったドゥくんが、嘘みたい……。あ、ごめんな、なさい……」

「はぁ……っ。別人に化けて威張り散らすのは割と好きな遊びなんだがな、こういうのはどうも性に合わん……」


 東から西へと大通りを進み、王都の中央交差点までやってくるとそれを北に曲がった。

 もう少し進めば城だ。交通量が減り、貴族が乗るような立派な馬車が目立つようになっていった。


「まずいですね、渋滞していますよ」


 人狼を踏み台にして彼方を見やれば、何か事故でもあったのか馬車二台が横転している。

 そのため南北の馬車は交互に道を譲りながら、1車両分の狭い道を抜けている。


「ドゥ、大変大変っ、今一瞬、人狼って言葉が聞こえたよーっ!?」

「これはやつらの仕業か、アベルッ!」

「裏通りに入ります。ローザ、貴女は御者席へ」


 城方面を上りとするなら、下り道は比較的にすいていた。

 そこで俺たちは馬車を反転させて、それから裏通りに抜けて事故現場を迂回するルートを進んだ。


「どいてどいてどいてっっ、ごめんなさいごめんなさいっっ!!」


 その道は馬が通るには適していなかった。

 大通りの一つ先の通りということもあって、人も露店も比較的多い。そんな道を御者となったローザが馬車を突き進ませた。


「フフ……勇者様の仲間でなければ、これは牢獄行き間違いなし暴挙ですね」

「ごめんなさいっ、危ないっ、お願いどいてっ、通してーっっ!」


 ふざけんなとか、バカ野郎とか、金返せとか、ありとあらゆる罵声が背中側から飛んでくる。

 それでも俺たちは止まらない。止まればいかに勇者であろうとも、キレた人々に袋叩きにされるだろう。


 城はもうすぐそこだ。そびえ立つ城壁と、いくつもの塔と宮殿が見える。

 やがて馬車は裏通りから大通りの方に切り返し、王城前広場を目前にした。


 ところがそこまでやってくると、今度は俺たちの耳にもハッキリとある言葉が届くことになった。

 『人狼だ!』と誰かが叫ぶと、人々の狂乱がわき起こり、そしてその騒ぎの犯人たちは俺たちを狙って後続の馬車から馬車の上を跳躍してきた。


 後方から人狼が目視だけでも7体、こちらに迫っている。

 そいつらに向けて、俺の頭の上のモモゾウがトウガラシ粉をまき散らした。


「フッ、意外と効きますね。まさか村の特産品がやつらの弱点になるとは思いませんでしたよ」


 後方の人狼たちはもんどりうって倒れた。

 ある者は着地に失敗して大通りの露店に激突し、またある者は貴族の馬車に頭から突っ込んだ。


「卑怯者めっ、ぶっ殺してやる! ウガッッ?!」


 こんなこともあろうかと、投げるにちょうどいい石を馬車に積載しておいた。

 ソイツを腕で視界を覆った間抜けな人狼に投げつけると、イヤな音を立てて地にぶっ倒れた。


「ま、前からも、く、くる……っ!」

「ご心配なく、貴女は私が守ります」


 かくして俺たちは城門前広場に到着した。だが驚きだったのは、城の内部から人狼が3体も現れた点だ。予想はしていたが、宮廷内部にまで敵に入り込まれていた。


 そのうちの1体はローザを狙ったが、アベルの剣が爪を受け止め、トウガラシ粉の秘密兵器で反撃を入れると叫び声を上げて倒れた。


「な、何者だ、お前たちっ?!」

「なぜあんな怪物どもに狙われいるっ!?」

「とにかく迎撃っ、迎撃だっ!」


 だがここまで到着すれば俺たちの勝ちだ。城門前の兵士たちがこちらに駆け寄り、倒れていた人狼を槍で貫いた。

 城壁の上から次々と矢が飛来し、迫り来る人狼どもを迎え撃つ。だがそれでも人狼の群れは突撃を諦めなかった。


「この人の名前はドゥッ、勇者ドゥッ! 私たちの代わりに人狼と戦ってくれているのっ! お願いっ、私たちを助けてっっ!!」


 説得は任せたとアベルに勇者の勲章を投げ渡して、俺は人狼を引きつけるために木彫りの女神像を掲げた。

 効果覿面だった。やつらの勝利条件は女神像の強奪。全ての人狼が俺を狙って一直線に突っ込んできた。


「これこそが勇者の証です! この白金の勲章は、大聖堂が発行した正真正銘の本物! 彼こそがクロイツェルシュタイン王国を内戦から救った英雄の中の英雄っ、新たなる勇者ドゥですっ!!」

「勘弁しろ……」


 市民に化けていた人狼もいれば、兵士に化けていた人狼もいた。

 俺はそいつらに突撃を受けながらも、つむじ風の通り名に負けぬ素早さで猛攻をかいくぐった。


 俺の本分は戦闘ではない。盗むことと、騙すことと、逃げることだ。

 攻撃という攻撃をかいくぐり、反撃のナイフで相手の腕や足首の腱を切り裂き、城の兵士たちの支援を頼りに戦い抜いた。


 仲間だと思い背中を預けていたやつに襲われる兵がいた。助太刀をしてくれる勇敢で気骨のある貴族たちもいた。

 城や市街から味方の増援が次々と現れ、その中からまた人狼が現れて同胞の背中を襲った。そいつは死屍累々の裏切りまみれの酷い戦いだった。


 恵まれた肉体を持つ人狼に、兵士たちが力を合わせて迎え撃った。いつ背中を襲われるかわからない疑心暗鬼にかられながらも、兵たちは仲間を信じて目の前の脅威を倒すしかなかった。


 ところがそこに市街の彼方より一際に大きな遠吠えが響き渡った。すると人狼たちがピタリと動きを止めて、示し合わせたかのように一斉に撤退していった。


「あの大きな遠吠えは、撤退の合図だったようですね……」

「やれやれ、せっかくのコートがボロボロだ……」


「後で私から弁償しますよ。さすがは魔将を討った男、見事な戦いぶりでした」

「ピィィ……ッ」

「こ、怖、怖かっ、たぁぁ……っ」


 撤退してゆく人狼の数はざっと見ても50体以上はいるように見えた。倒れている個体も含めれば、100体をゆうに超える数だろうか。あまりに衝撃的な人数だ。


 俺たちは一時の勝利を手にした。だがこの国は、俺たちの想定以上に危険な領域まで人狼どもに浸食されてしまっていた。

 この場にいた誰もがその意味を悟り、疑心暗鬼の目を周囲に向け出していた。


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