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20.信用してはならない最悪の隣人

「む……お前たち、なぜここにいる……? ロブとニックはどうした?」


 地下へと下りる際に村長はそのロブとニックに見張りを任せた。

 ところがいざ地上に戻ると2人の姿はどこにもなく、どういうわけか別の村人3名に入れ替わっていた。


 中央の男が手をこちらに差し出す。そいつらはそろいもそろって妙に鼻息が荒く、それにどこか不自然に口元を食いしばらせていた。


「それを、よこせ」

「何を言っている! まさかお前たち、パブロのやつに買収されたのか!?」


 アベルが怒る村長を後ろに引き、代わりに俺が前に出た。モモゾウと俺は大きく鼻を鳴らし、それから俺は腰のナイフに逆手をかける。


 ポンショやマントというのはこういう時に便利な物で、俺は布の下からの神速の刃でヤツに返事をくれてやった。

 人間とは到底思えないような獣の悲鳴が上がった。腰から肩にかけてザックリと斬り上げてやったのにそいつは地に膝を突くだけだった。


「じ、人狼だとっっ?!!」

「ついに本物が出てきてしまいましたか。都市伝説であって欲しかったですよ……」


 そいつらはパブロたちと同じ臭いがした。

 そいつらはコットン製の上着を引き裂いて、見るもおぞましい人型の狼、人狼へと変化していった。


「グッ、ウグッ……ひ、卑怯な……っ!」

「卑怯はお互い様だろ?」


「ま、待て、止め――ガッッ?!」


 不意打ちが功を奏して、中央のやつはまだ変化し切れていない。その好きだらけの喉を切り裂き、まずは1体を片付けた。

 怒り狂ったもう1体がこちらに迫ると、アベルのやつがショートソードで援護してくれた。


 アベルが敵を迎え撃ち、俺がアベルの背後から消える。

 敵は豊かな上体ゆえに足下が見えない。死角を突いて背後に回り込むと、尾の上の脊椎部分に刃を突き刺してやった。獣の絶叫が天まで轟いた。


「そ、そんなバカな……っ、たかが人間のチビにこんな……っ、ク、クソッ……!!」

「待て!」


 最後の3体目は予想外の行動を取った。あれだけ豊かな体躯を持っているくせに臆病風に吹かれて逃げ出したのだ。

 当然、俺だってソイツを全力疾走で追いかけた。だが人狼の脚力にはとても叶わず、どんどん引き離されていってしまった。


「キャァァァーッッ?!!」


 それでも諦めずに後を追った。やがて村の広場までやってくると、俺はヤツの真の意図を知ることになった。


 その人狼の狙いは逃亡ではなく、俺の恩人であるローザを人質にすることだった。

 人狼は麦を運ぶローザを見つけると、彼女の身体を片腕で抱えて喉元に爪を立てた。


「見ていたぞぉ……ずっと、お前のすぐ、側で俺は見ていたんだ……っ! この不細工なメスガキがお前の弱点だろっ、全部わかってんだよっ、ヒャハハァァーッッ!!」

「えっえっ、何、これ……っ?! えっ、これが、じ、人狼……っっ?!」


 人狼。こいつらはこれまで敵対してきた相手の中でも最悪だった。


 こいつらは隣人になりすまし、標的を慎重に観察した上で突然に襲いかかる。少しの迷いが死を招く危険な敵だ。人狼はモンスターの恵まれた肉体と、人間のずる賢さを合わせ持っていた。


「おい、その女神像をよこせって。お前の大好きなブズと、交換しようぜぇ?」

「寝言を言うな、ローザは美人だ。アンタは目が腐ってるな」


「んな話関係ねぇよっ! 早く女神像を渡さねぇとっ、生きたままコイツを喰い殺してやっぞ! って言ってんだよぉっ!!」

「だ……だめ……。わ、渡し、ちゃダメ……ッ。私より、村の、未来を……守ってっ、ドゥ!!」

「それも断る」


 こうなっては仕方がない。俺は布袋を足下に落とし2歩下がった。


「ローザを離せ。離さないなら、どっちにしろローザは死んだも同然だ。アンタごと斬る」

「ハハハハハッ、ソイツさえ手に入ればこんなマズそうなブスいらねーよっ!! あばよっ、間抜け野郎っっ!!」


 最後の人狼はローザを投げ捨てて布袋に飛びついた。

 俺の方は回り込み、ローザを背中の後ろにかばった。人狼が布袋を手に後退すると、ちょうどアベルと村長がこちらに到着した。


「へへへ……パブロもやつも、あんな回りくどい方法なんて使う必要――あ? 気のせいか、妙に重いような……なっ、なんだこりゃぁぁぁっっ?!」


 人狼は布袋の中を確認した。だがいくら探っても、その中に入っていたのは錆び付いた青銅の燭台だけだった。


「えへへ~、捜し物はー、もしかして、これ~?」

「でかしたぞ、モモゾウ」


 あの燭台は保険だ。見張りをしていた男たちが入れ替わっていて妙だと思い、地下を出る際にとっさに袋へと詰めたものだ。臭いで敵が人狼だと見抜いた時点で、モモゾウはその布袋から木彫りの女神像をスリ取っていた。


「だ、騙したなお前っっ!!」

「ああ、それが何か? 盗賊なんかを信じたアンタがバカなんだろう」


 女神像をモモゾウがいつもの袋に詰めると、さあ反撃だ。

 今度は逃げられないように、俺はブーメランのようにモモゾウを明後日の方向に投げた。それからフードを深くかぶり、頃合いを見て突撃する。


「お前みたいな怪物と戦えるかよっ、俺は逃げさせてもらうぜっ! ギャィンッッ?!!」


 これはモモゾウが敵の背後から、俺が正面から挟み撃ちにする時間差攻撃だ。

 案の定、敵は逃げようとした。しかしその退路の上空から、刺激的な赤い粉末が投下されるとは思っていなかっただろう。


 北方のよくある名産品、トウガラシ粉に怯んだ人狼は、背中から脊椎を貫かれて崩れ落ちた。


「トウガラシですか……。なんともえげつない手を使いますね……」

「勝てなきゃ意味がないだろ」


 後ろを振り返るとローザが村長に抱き止められていた。彼女はまだ恐怖が収まらずに震えていて、涙を流して父親の胸にしがみついていた。


「しかしこれで敵の狙いが確定しましたね。その女神像さえ持ち出せば、パブロもこの村から手を退くでしょう。……次は我々が狙われることにもなりますが」

「好都合だ。そこの人狼を馬車に積んで、このまま王城を目指そう。急いだ方がいい」


 この村にまだ人狼が残っているかもしれない。既に報告に動いているかもしれない。だから急ごう。この場ではそう口にすることもできなかった。


 俺は不随状態なった人狼を拘束し、人々の力を借りて馬車に積載して、王都へのゆるやかな山道を進んでいった。


 人狼。それは信用してはならない最悪の隣人だ。

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