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19.財宝:不変の女神像

 アベルは勲章だけではなく、盗賊ドゥの所持品一式までもこの村に運んできていた。

 つまり彼は覚悟を決めた上でここに現れ、己がランス・アーヴェルであることを打ち明けるつもりだったのだろう。


 彼の真面目さに感謝だ。俺は着慣れたあるべき衣服に袖を通し、その上にいつものポンチョをまとって、腰に愛用のナイフを吊した。


 服というのは不思議なものだ。久々にこうして身に着けてみると、それだけで体の奥底から力と勇気が湧いてくるかのようだった。

 衣服や武器もまた、その人間を形作る一部位なのかもしれないと肌身で感じた。。


「紹介しましょう、こちらはつむじ風のドゥ。遙か南方の中原では、勇者カーネリアと双璧をなす、誰もが知るもう一人の勇者様です」

「アベル、お前……俺が嫌がると知った上で、わざと大げさに言っているだろう……」


 あれだけの騒ぎだ。家にいた連中がもう起き出していて、居間に村長、奥さん、ローザが現れると、真実の姿に戻った俺をアベルがあらためて紹介してくれた。


「本当、に、ドゥくん、なの……っ?」

「かわいくなくなってガッカリしただろ。悪いがこれが俺の本当の姿だ」


 腕を差し出して、そこにモモゾウを飛び付かせた。

 モモゾウこそが盗賊ドゥの証明だ。相棒と一緒にいられる喜びを再び噛みしめながら、恩人ローザに俺たちは不敵に微笑んだ。


「えっへんっ! ボクチンたちはもう魔将を2人も倒してるんだからねーっ!」

「倒したのはカーネリアだ。俺は彼女を支える影に過ぎん」

「本当に、ドゥくん、なんだ……。あ、ご、ごめんなさ、い。わた、し、勇者様に、失礼を……っ」


 俺が困ったように顔をしかめるので、ローザはさらに気後れしてしまった。


「おお、勇者様……何もかもが納得です……。ああ、先日は貴方様をこき使ってしまって、申し訳――」

「それよりも村長、例の件を早速頼めるか?」


「ああ、あの女神像ですかっ。では朝食でも食べながら少しお待ちを。何分古く、凍り付いた地下にありますので……」


 今日はこれから忙しくなる。今のうちに腹に物を詰めておくべきだろう。

 パンと炙った豚肉、それに塩辛いオニオンスープで腹を満たしてから、俺たちは村長の後を追って地下祭壇を目指した。



 ・



 イルゲン村の奥に、三方が岩場に囲まれた古い廃墟があった。

 彼らは気づいていないようだったが、廃墟の残骸から見るにそれは崩れに崩れきった神殿だった。


 そう、神殿だ。パブロは神殿にもちょっかいをかけていた。

 祭壇への地下道は大雪に埋もれており、村の若者が除雪作業をして、アイスバーン化した土にクワを叩き付けてどうにか撤去してくれた。


 凍り付いていた隠し扉を持ち上げると、真っ暗闇の地下道が現れた。

 俺とアベルと村長はその狭い地下道をカンテラを手に下り、凍り付いた階段にヒヤリとさせられながらも、深さ5mほどはあろう長い道を下り切った。


 風はない。奥に行けばゆくほどに温かくなり、次第にコケやカビの類が目立つようになっていった。

 通路の壁は小さく彫り込まれていて、そこに青銅の燭台が立てられている。ロウソクが残っている物に村長が火を灯してゆくと、コケ蒸した地下世界が幻想的に浮かび上がっていった。


「ドゥ様、あの奥でございます」

「頼むから、これまで通りドゥくんと呼んでくれ」


「ははは、ご冗談を。村の恩人相手にそのような物言いはできません」

「恩人は俺じゃない、アンタらの方だ……」


 緩やかな下り坂をもうしばらく進むと、道が平坦になって部屋の入り口が見えてきた。

 入ってみるとそこはウナギの寝床のように長細い空間になっていて、左右には朽ちかけのベンチが1つずつ立ち並んでいた。


「もう誰も立ち寄りません。曾祖父の世代までは、使われていたとも聞きますが……。おお、あれです、あれが例の女神像です。……不思議でしょう?」


 祭壇の中央に大きく立派な青銅の女神像が置かれていた。

 しかし村長が指さしたのは右手の方だ。そこにはシラカバで彫られた小さな女神像があった。


「ふむ、見たところ価値があるとは思えませんね。あまりに真新し過ぎます」

「一応ですが、すり替えてなどいませんよ。これは昔からこういう物なのです」


「盗賊ドゥ、貴方はどう思いますか? 私が値段を付けるならば、いいところ5000と言ったところですが……」

「まあそんなところだろう。……だが、見覚えがある」


 村長に許可を貰って女神像を手に取った。

 これは名のある彫刻家の仕事ではない。素朴で、荒削りで、素人の仕事にしか見えない。


「ねぇねぇドゥ、これって……。お爺ちゃんが、持ってなかった……?」

「お爺ちゃん、というのは……?」

「盗賊王のことだ。あのジジィが昔、これと似た物を持ち帰ったのを見た気がする。……だが手元には置かずに、いつの間にか手放していた」


 ペニチュアお姉ちゃんやカドゥケスの狂信者が求めた『嘆く女の器』といい、あの男は時々妙な物を盗む。盗賊家業とはまた別に、あのジジィには何か別の目的があったのだろう……。


「お約束通りその像はお譲りします。本当にそれがやつらの狙いだとするならば、勇者様にお持ちいただくのが最も安全でしょう」

「そうか、ならいただいておく」


 これがジジィが求めたお宝だと言うならば、後継者の俺がどうにかするべきだ。

 あの『嘆く女の器』がもたらした悲劇を繰り返したくない。


「盗賊王エリゴル。やつは盗んだ品を金に換えてばら撒いたり、あるいはあるべき持ち主の元に返したりもする。あのジジィが意味のない物を盗むとは到底思えん」


 女神像を村長が布で包み、さらにそれを布袋に詰めてくれた。

 十中八九でこれがパブロの狙いだ。こうしてヤツをハメる餌を手に入れたので、俺たちは足早に地下祭壇を去ることにした。


 しかし何度見ても、その像は俺の目には価値ある物には見えなかった。

 盗賊王に見抜けた価値が俺には見抜けない。それがどうも悔しかった。


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