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18.勇者の証 アベルの真実

 故郷に置いてきた友人の思い出。そんな心地よい眠りは突然に中断された。

 部屋の扉が鳴り、足を忍ばせてある男が俺の前に立った。


「アベル、何をしている」

「さすがは盗賊ドゥ。その異常に鋭い感覚がなければ、生きてはこれなかったのでしょうね」


「ローザが隣にいて助かったかな」

「なぜそう思うのです」


「アンタから、殺気を感じた」


 場所を変えようとアベルを誘い、村長の家の居間に移った。モモゾウのやつはまだローザと一緒に気持ちよく眠っている。


「で、覚悟は付いたのか?」

「はい……」


「そうか。それで、用件は? 悪いが殺されてはやらんぞ」

「……先に、そちらの首尾を聞かせてもらえますか?」


 昨日にまして様子が変だ。まさか、アベルまで人狼にすり替わっていたりしないよな……?

 さっきの殺意、確かに本物だった。だがなぜアベルが俺に殺意を持つ……?


「もしや私を疑っているのですか?」

「昨日知ったことが、知ったことだからな、なりすましを警戒しておいて損はない。そうだ、嫁さんの指輪を返すよ」


 鈍色の指輪をアベルに返却した。嫁という言葉に震えるその姿を見るだけで、アベルが本物だとわかった。


「彼が喋るとは思いませんでした……」

「アンタを信じてくれって頼まれてな。で、こっちの首尾だが、村の地下祭壇に木彫りの女神像が隠されているらしい。今日案内してもらう約束になった」


「女神像……。そういえばパブロは、聖堂にもちょっかいをかけていましたね」

「そういえばそうだな、類似点といえば類似点だ。その女神像は、腐ることもなければ色あせることもない不思議な物らしい」


「それがパブロの狙いかはわかりませんが、確かにそれは特別な物のようです。試すだけの価値があるかもしれません」


 問題はその女神像をどう使うかだ。本当に女神像が敵の狙いならば、ソイツは反撃の切り札にもなる。


「それともう1つ報告がある」

「2つ目の報告……? なんでしょう、予想が付きませんね」


「思い出したんだ」

「ッッ……?!」


「俺はクロイツェルシュタインの英雄だ。勇者カーネリアは俺の友人だ。時間はかかるが、アンタが安全策を取りたいと言うならば、俺は本国に戻りこの事態を報告し、援軍とともに戻ってこよう」


 だが昨日モモゾウ相手に否定したように、2つの国は距離がありすぎる。

 どんなに急いでも半月以上がかかる。人狼によるすり替えが、取り返しが付かないところまで広がるリスクを秘めている。


 そのことを要約してアベルに伝えた。すると、皮肉屋のアベルはなぜだかわからんが、退廃的に、まだ朝だというのに疲れ果てたように、また自嘲気味に笑った。


「いえ、もう1つだけ方法がありますよ……。クロイツェルシュタインの助けを借りずに、国王へと謁見し、私たちの話を信じてもらう方法が、たった1つだけあります……」

「それができるなら、それにこしたことはないな。どうすればいい?」


 アベルは先日のようにまた迷い、だが覚悟を決めて俺の前に握り拳を突き出した。手のひらを開くとそこには、星と月の意匠が彫り込まれた白金の勲章が現れた。

 どこかで、見覚えがなくもない……。


「あーーーっっ!! なんでーっ、なんでーっ!? なんでアベルがそれを持ってるのーっ!?」

「モモゾウ、起きていたのなら言え。……いかにも金と手間暇がかかった勲章だが、これだなんだっていうんだ?」


 ローザと眠っていたはずのモモゾウが、なぜかこちらの部屋にいた。今はアベルの手に飛び付き、勲章と一緒に彼の手のひらに乗っていた。


「これは勇者の勲章。少し前、クロイツェルシュタインを内戦と陰謀から救った英雄がいました。この証は大聖堂の承認の下に、正式にその英雄が勇者であると証立てる為に作られた、特別な勲章です」

「待ってくれ、その勲章……。どうも俺の名が、刻まれているように見えるのだが……」


 勇者の勲章には細かな文字で、『つむじ風のドゥ』と刻まれていた。


「勇者ドゥ様、こちらをお返しします。これがあれば、王への謁見はいとも容易となるでしょう」

「アベル、なぜそれをお前が持っている」

「そうだよっ、これは、ボクチンとドゥが引き離される前に――え……」


 アベルは俺たちに背中を向けた。あえて背中を見せて敵意がないことをアピールしたのか、それとも俺たちを直視できなくなったのか、どちらかはわからない。


「数日前、盗賊ドゥを陥れた盗品屋がいました。裏での通り名はR.A、ランス・アーヴェルという名の元貴族です。彼は盗賊ドゥが憎くて、憎くて、憎くて仕方がありませんでした……」


 モモゾウは素早くアベルから勇者の勲章を奪い、地に飛び降りて俺の肩まで這い上がった。

 アベルの殺意の正体は、盗賊ドゥへの復讐心だった。


「しかし、ランス・アーヴェルは本当は知っていました……。盗賊ドゥについて調べ上げてゆくにつれ、彼は人攫いのマグヌスへとたどり着いたのです。ランス・アーヴェルは、屋敷で人攫いのマグヌスを、何度も目撃していました。何度も、何度もです……」


 盗品屋R.Aについての記憶は俺の中にない。だがアーヴェル家については知っている。

 確かに俺はその屋敷から金を盗み、領民を売っていた事実を暴き立てた。悪党の息子の都合なんて、俺は少しも考えていなかった。


「自分の両親が、本当は人攫いの仲間だという事実を……盗賊ドゥ、あなたを憎むことで目を背けていたのです。私はあなたを、その指にある呪いの指輪で子供に変えました。あなたが苦しむ姿と、あなたの本性を見てみたかったのです。悪人である証拠を集めた上で、その上で、あなたを殺すつもりでいました……」


 アベルは――いや、ランス・アーヴェルは振り返った。その目にはもはや憎悪はなく、疲れ果てた様子で俺ではなく遠くを見つめていた。


「アベル……」

「盗賊ドゥ、私の結論を聞いて下さい。真の悪は、私の両親とカドゥケスの方です。盗賊ドゥ、貴方こそが英雄でした……。だから――どうか勇者ドゥよ、我が第二の故郷を救って下さい! 貴方ならば、貴方ほどの怪物ならばやつらを必ず倒せるっっ!!」


 モモゾウめ、人の肩に逃げてきたくせにせわしないやつだ。モモゾウはひざまずいたアベルの肩に飛んで、やさしいその気質のままに彼を慰めようとした。


 俺の方はだいぶ困った。俺にはまだ内戦時の記憶がない。己が勇者であるという自覚がなかった。


「勇者と言われてもしっくりこない。俺はただの傲慢で身勝手な盗賊だ、俺は勇者じゃない」

「その言葉こそ勇者の証です。お願いです、ドゥ、私と共に国王に謁見して下さい。私は、恩あるこの村を守りたい……。妻と、貧しいながらも共に暮らしていた思い出があるのです……」


 アベルの手を取り立ち上がらせた。謝罪されても覚えていない。それに最初から憎む気にはなれなかった。


 だが俺はずっと逃げ続けてきた。復讐者から逃げてきた。俺が愛する人たちと暮らせないのは、復讐者たちが恐ろしいからだ。俺はこんな北の果てまで逃げるしかなかった。


 その復讐者が俺を許すという。それは光栄で、申し訳ない気持ちを抱くほどにありがたいことだった。俺を許してくれるなんて、なんてアベルは寛大なんだと尊敬の念を覚えた。


「だったら俺に策がある」

「策、ですか……?」


「村の女神像だ。これがもし本当にパブロたち魔軍の狙いだったとしたら、そいつは餌になる。俺たちはこれから餌を確保して、その餌を使って敵を罠にははめるんだ」

「ふ、ふふふ……貴方ほど頼もしい存在を私は他に知りませんよ……。状況を窮地とも思わずに、強気に反撃をしてゆくその姿、やはり勇者と言う他にありません」


「勘弁してくれ、俺はそんなんじゃない……」

「ドゥ様、お手をこちらに」


「様付けするな、調子が狂う……!」

「いいからこちらへ」


 要望通りに手を差し出すと、アベルは俺の呪いの指輪に手をかけた。

 それから彼は一言『盗賊ドゥを許します』とつぶやいた。するとたったそれだけで、指輪がするりと外れた。


「ドゥッ、見てドゥの身体がっ!!」

「お、おおっ、やっと元に戻れるのか!」


 俺の身体が大きくなってゆく。締め付けられるような感覚に俺は服を急ぎ脱ぎ捨て、伸びてゆく自分の手足に感動した。

 視線が高い。身体が少し重くなったが、しなやかな筋肉に活力があふれている。


「やったーっ、やったよーっ、ドゥッ! これで元通りだーっ!」

「やれやれ……やっと、完全復活だな。これでやっと、やつらと戦える」


 反撃の時がやってきた。俺たちはこれから女神像を回収し、勇者の証を身分証明にしてシルヴァランド王に謁見する。

 この身体ならば人狼相手だって後れを取る気など全くしなかった。


ストックなくなりました。次回更新遅れます。

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