16.寒村の秘宝
街道の分岐点での別れ際、交易商の男が牛肉と魚を積んでいたので取引を持ちかけた。もちろん、その代金はパブロのところから盗んだ金貨だ。
『本当に村まで運んでくれるのか……?』
『もちろん、あの村の噂は聞いているよ。繰り返される臨時徴収、酷い話だよ』
『……なら頼む、もう少しアンタと喋りたいしな』
『こちらこそ喜んで! どこのお屋敷のお坊ちゃんかわからないけど、ドゥくんはいいやつだな!』
『ああ、実は俺、隣国の王子なんだ』
『はははっ、気前の良い王子様もいたもんだ! さあ行こう!』
その身体で持てるのかという話になって、トントン拍子で会話が発展すると、イルゲン村まで付き合ってもらえることになった。
彼としても食料品の在庫がはければ、その分だけ村の材木を仕入れていけるとか、なんとか。商人というのはたくましく、そしてアベルがそうであるように、小さな村にとってはとても大切な存在だ。
「ドゥッ、あっ、モモゾウ、ちゃんもっ! お、お帰りっ、無事、で、よかったっ!」
「ただいまーっ、ローザッ!」
「ドゥくんのガールフレンドかい?」
俺たちを最初に出迎えてくれたのはローザだった。
「えっ、ち、違……っ、わ、私、そ、そういうのじゃ……っ」
俺が荷台を降りて、代わりにローザをそこに乗せて、俺たちは寂しい寒村の広場に向かって進んだ。
やがて到着すると、広場には村長夫妻や村の人々が商人の出迎えに集まってきていた。
彼らからすれば夜の薪を削ってでも、お金を少しでも作っておきたかったのだろう。
「ご注文の品だよ、どこに運べばいいかな?」
「注文ですとっ!? わ、私たちは、今お金など持っておりませんぞ……!?」
「お代はもう貰ってるんだ、こっちの王子様にね」
「えっ!? ドゥくん、お、王子、様だったの……!?」
交易商の冗談を彼らは真に受けた。俺みたいな王子様がいるわけがないだろう。
だというのに村長以外の全員が俺を驚きと感心の目で見るのだから、どいつもこいつも素朴なもんだ……。
「ああ、実はモモンガの国からきた王子様なんだ。これはモモゾウ、俺の弟だ」
「えーーっ、ボクチン、王子様じゃないよぉーっ!?」
そんな冗談でさえ真に受けるやつがちらほらといた。
「この肉と魚は――アベルからの寄付だ。今夜みんなで食べる分だけ残して、後は倉庫にでも運ぶといい。今日は、村のみんなで焼き肉パーティだ!」
アベルの名前を出しただけで彼らは納得して、運搬の仕事を始めてくれた。
村長と交易商の男が商談を始めて、何か売り物がある者は自宅へと品物を取りに駆けていった。
「どうして自分、が、寄付したって、言わない、の……?」
「そんなのどうでもいいことだろ。それよりローザ、お前はもう少し肉を食え。それと、顔や手に塗るクリームもいるな。もう少し時間に余裕ができたら、化粧のやり方も俺が教えよう」
「えっ、お、化粧……!?」
「もっとお前は綺麗になれる。嫌でなければこれからはアベルの店で働かせてもらえ。その赤い顔は寒さのせいだ、温かい環境にいれば、アンタはもっと美人になれる」
「び、美人……!? わ、私、違うよ……私は、私はブスだから……」
「ローザ、アンタはブスじゃない、磨けば光るいい女だ。アベルの店で働くなら、友達になれそうな子も紹介してやる」
俺はいずれこの国を去る。ローザとロッテはその時の心残りになる。アベルのやつも最近不安定でどうも気になる……。
俺はリーゼロッテの話を彼女にして、彼女をアベルと一緒に見守ってほしいと頼み込んだ。
「かわいそう……。わかった……でも、国を、出て行くときは、ちゃんとお別れ、してね……?」
「湿っぽいのは苦手だ……。だがわかった、約束するよ」
ローザは断らなかった。彼女はリーゼロッテと必ず友人になって、父親を失った支えてくれると約束してくれた。
・
夜がきて、広場に薪を集められて、楽しい焼き肉パーティが始まった。
炎を囲みながら塩辛でまぶした肉を焼き、硬いパンをガツガツとかじりながら、人々は脂の乗った美味い焼肉を口へと運んだ。
酒はなかったが男たちは酔ったように陽気で、女たちは高い声でちょっとしたこと早口で語っては大笑いをしていた。その賑わいはまるで別の村に迷い込んだかのようだった。
そんな明るい光景を俺は物陰から、隣から離れないローザと一緒に見つめた。
命の恩人だからこそ、彼女には幸せになってもらいたかった。
「わ、わた、私、接客なんて、向いてないよ……」
「アンタは自分に自信がないだけだ。しっかりしているんだからちゃんとやれるよ。……モモゾウ、しばらくローザを頼む!」
物陰から俺は村長が1人になるのを待っていた。
ちょうどチャンスがやってきたので、どこかの木か屋根にいるモモゾウを呼んで、ローザの肩に飛び付かせた。
「ちょっといいか、村長。大事な話がある」
「ドゥくん? いやドゥ殿、どうかされましたかな?」
「これを見てくれ、アンタの家で話したいことがある」
「それは、アベルさんの……。そうですか、ではこちらへどうぞ、ドゥ殿」
温かい薪のある広場を離れて、寒い彼の家に入った。
中は真っ暗闇で、イスに腰掛けるまでになんどか足をぶつけた。
「パブロの狙いはこの村にある何かだ」
「なんと、そうアベルさんが言ったのですか……!?」
「そうだ。あの臨時徴収は、強制執行で何かを村から奪うための企みだ」
「あの、ドゥ殿? 私にはよく、わかりません……。この村には、金になる物などもう何も……」
他の場所でもパブロは同じことやっている。そして強制執行の後に、その土地へと興味を失っている。だったら、やつらが狙っている物は、金にならないが渡せない物だ。
「……絶対に渡せない物はないか?」
「娘です」
「いや人ではなく、たぶん物品だ。絶対に渡せない物品はないか? 売り物にはならないが、渡せない物。それがやつらの狙いなのかもしれない」
そう問いかけると、何か思い当たったのか村長が顔を上げた。
「パブロは、骨董が好きなのでしょうか……?」
「何か心当たりがあるのか?」
「この村にはまあ、多少の歴史がありまして……。決して腐ることもなければ色あせることもない、白樺の女神像が地下の隠し祭壇にあります。宝と言えば、確かに宝でしょう」
変質することのない女神像か。それは少し気になるな。
「それはなぜ地下に?」
「わかりません。とても大切な物とだけ聞いています」
「そうか。それが仮にパブロの狙いだとしたら、そいつさえ村からなくなれば、やつはアンタたちから興味を失うはずだ。よければ明日俺に見せてくれ」
「ええ、それは構いませんが……。本当にあんな物が、パブロの狙いなのでしょうか……」
「試してみる価値はある。俺とアベルを信じてくれ」
「……わかりました。この指輪にかけて誓いましょう、ドゥ殿とアベルを信じましょう」
村長はわざわざランプを灯し、中指を俺に見せつけた。そこにあったのはアベルの指輪と同じ物だ。
「アベルさんと最初に出会ったのは夏でした。彼は流れ者でしてね、王都で行き倒れていたところを、ローザの姉が拾ったのです」
その姉はきっと死んだのだろう。村長の悲しそうな顔を見れば、いちいちそれを問いかけるまでもなかった。
「この指輪は、商人として第二の人生を始めたアベルさんが、ローザの姉のために買った中古のペアリングです。ドゥ殿、どうか、アベルさんを信頼してやって下さい」
「言われるまでもないさ、アイツには正義の心がある。たとえアベルの過去がどうであろうと、そんなものは関係ない。俺とアベルがこの村を守ってやる」
「ドゥ殿は不思議な方です……。こうして暗闇の中で話していると、子供とは思えないほど大きく感じる……」
「はは、俺は王子様だからな。……ま、とにかくアベルを信じると約束するよ」
村長の望み通りに誓いを捧げると、テーブルにあった小さなろうそくの炎がフッと消えた。
村長は真っ暗闇の部屋に残り、俺の方は家を出て、賑やかなお祭り騒ぎの輪にもう1度戻った。
人々の笑いを聞きながら、ゆらゆらと闇に揺れる炎を眺めていると、どこか懐かしい気持ちになった。少し自分でも信じがたいが、俺にはたくさんの友人がいたような気がした。
次回、文字数かなり少なめになります。




