15.鈍色の指輪
・盗賊ドゥ
あっさり尻尾を出してくれたのはいいが、問題は敵の性質だ。
徴税長官パブロ、リムスカヤ伯爵。今確認できるだけでも2名の貴族が人狼だ。
そしてそいつらは貴族をさらい、その貴族を人狼にすり替えている。
こうなると既にこの国の深い部分まで、やつらに入り込まれていると見た方がいい。
加えて徴税長官の身分で神殿へと暴挙を働けてしまうのだから、事態はやはり深刻だ。
「人攫い……本当に、やつらは人攫いだったのか……」
「モモゾウを疑うならば裏を取ってくれてもいいぞ。アンデルセンとかいう貴族が失踪しているはずだ」
「いえ、疑うつもりはありません……。あなたは、特にモモゾウくんは、そういう人間ではありません……」
「モモンガだ」
「もー、細かい揚げ足取っちゃだめだよ、ドゥ」
俺だって驚いたが、アベルはモモゾウの報告にもっと驚いていた。
国の中枢まで入り込まれていて、敵は着実に手を広げている。深刻な状況だった。
「アンタが降りても俺たちは続けるぞ。このままにしたら、国中の人間がやつらの餌になる」
「降りる……? 私をバカにしないで下さい。私はただ、私にだけに見えるこの様相に、ただ戸惑っているだけです……」
アベルは何かを抱えている。だがその私情は現在の状況にはなんの関係もない。
ロッテとローザたちを守るためにも、やつらを排除しなくてはならない。
アンデルセン男爵のことは残念だった。いやどちらにしろ、この身体では人狼から彼を取り返すことなど不可能だっただろう。
「ねぇ、あの人たち、なんでイルゲン村を狙うのかな……?」
「あの村に隠された何かがあるのかもしれません。それを手に入れるには、強制執行という大義名分が必要だったのではないのでしょうか……」
アベルに静かにうなづいて同意した。
「確か、パブロは金が好きだが、もう一方のリムスカヤに化けている方は、金よりも目的が優先の人狼だったそうだな?」
「うん、そうだよ~」
「だったら狙いは金目の物ではないかもな。村が借金の質として差し出す価値のない物。あるいは、差し出せない大切な物だろう。それと手口からして、これには魔軍がからんでいるのだろう。やつらの中には、恐ろしく狡猾で知恵の回る連中が混じっている」
いや、そう言葉にしておいて俺は違和感を覚えた。
なぜ俺は魔軍の手口を詳しく知っているんだ? 俺はやつらとはなんの縁もないただの盗賊だというのに。
「そうだっ! 敵が魔軍なら、カーネリアとアイオス王子様を頼ろうよっ! そうしたら、この国の王様に事情を説明してくれるよっ!」
「またその話か。そんなやつらは知らん」
「何度も説明したじゃないかーっ! ドゥとカーネリアはとっても仲良しなのーっ、アイオス王子もっ、弟みたいにドゥのことを慕ってたんだってばーっ!」
「あり得ん。仮に真実だとして、クロイツェルシュタインとの間を往復している時間はない」
しかしさっきからアベルがいやに静かだ。何を考えているのだろうと様子を流し目でうかがうと、アベルは口を開いては閉じて、見るからに挙動不審だった。
何かを迷っている。それだけはわかった。
「アベル、アンタから何か意見はあるか?」
「私、私ですか……?」
「何か言いたそうだ」
「何もありませんっ! 私は……私は、ただ、自分を信じて……を……。いえなんでもありません、しばらく、いえ少しの間だけ、私に考える時間を下さい……」
「しっかりしてくれ、アンタが頼りだ」
「アベル、大丈夫~? しょうがないよ、それが普通の反応……。怖い相手に平気で立ち向かえる、ドゥがおかしいんだ」
アベルは俺から目を離さない。だがいつまでもそれに付き合ってもいられない。ヤツが一時的に冷静さを失っているならば、こっちはこっちで動いておこう。
「アベル、俺たちは一度イルゲン村に戻る。あの村に何かがあるはずだ。魔軍が狙うだけの特別な何かが」
「……そうですか。確実な一手とは言えませんが、それは事態をより把握する上で必要なことでしょう」
「早く元のアベルに戻ってくれ。俺たちにはアンタのサポートが必要だ」
「フ……貴方にそう言っていただけるなんて光栄なことですね。……では、こちらをどうぞ」
「なーに、この指輪……?」
古い指輪だった。石も小さく、傷だらけで、純度の低い銀なのか暗く曇って輝きがない。
とても価値があるようには見えない安物だ。だが勘違いでなければ、どこかで同じ物を見たような気がする。
「同じ指輪を村長が身に付けています。貴方と意志を共にしている証拠となるでしょう。あちらの調査を頼みます、ドゥ」
「今の俺はこんな風体だ、コイツは助かる」
アベルの指輪を懐に入れ、俺はテーブルのモモゾウをナッツと一緒に袋へと突っ込んだ。
その後は何も言わずに背を向けて、アベルの店から去った。
「いってくるね~、アベル~」
「いってらっしゃい、モモゾウくん」
せっかくクールに決めたはずなのに、モモゾウがのんきな声で台無しにして、アベルもそれに温かな言葉で付き合っていた。
何を迷っているか知らんが、答えは早めに出せよ、アベル。もし対処が遅れれば、俺たちがやつらに後ろからかじり付かれるぞ。
「ねぇ、ドゥ。あの時、どうしてボクチンのピンチがわかったのー?」
「……さあな」
「なんではぐらかすのー?」
「いや……あれはなんとなくだ。なんとなく、いやな感じがしてノックをしてみたんだ」
「ピィ……ッ」
直感任せに相棒が動かなければ、捕まって人狼のおやつにされていた。
モモゾウは死の分岐点がすぐそこにあったことに気付き、小さな鳴き声を上げて袋に隠れてしまった。
「また会ったな。出発するなら荷台に乗せてくれないか?」
「おお、少年じゃないかっ! いいぞいいぞ、乗ってけ乗ってけ!」
この前のお喋りな行商人をたまたま馬車駅で見つけた。俺たちは陽気な彼と語らいながら、人狼どもがはびこる危険な王都を出た。
宣伝
コミカライズ版「俺だけ超天才錬金術師2巻」5月13日より発売中です。




