14ー2.シルヴァランドの人狼 - 後編 -
・本棚に挟まれたモモンガ
ドキドキ……ドキドキドキドキドキ……ドキドキドキドキドキドキ……。
ぅ、ぅぅ……。
ボクチンは待った。ドゥが言う通り、ボクチンを解放してくれたロッテのためにも、ここはボクチンががんばらなきゃいけない……!
そ、それはそうなんだけど……。
ドキドキドキドキドキ……ぅ、ぅぅぅぅ……。
ドゥは困ったらいつだってこうだ……っ。
で、でも、それがいつものドゥだから、元のドゥに戻ってくれてボクチンは嬉しいっ。
嬉しいけど、ぅ、ぅぅぅぅぅぅ……っ。ピィィーッッ?!
「わざわざすまんねぇ~、君も大変だったろうねぇ~?」
「持ち出すのに苦労した」
「そうだろうねぇ~、何せ大きすぎる。よくやってくれたねぇ、リムスカヤくぅん」
「ふんっ、お喋りなやつだ……」
書斎に男の人が2人入ってきた。片方の声はあのパブロで、もう1人はリムスカヤって人だと思う。
部屋の壁と本棚の隙間からちょっとだけ顔を出してのぞいてみると、ボクチンにも2人の言葉の意味がわかった。凄く大きなバッグが床に置かれていた。
「これが徴税長官パブロの自然体だよ、君。さぁて、念のため中をあらためさせてもらおうか」
もう片方の男リムスカヤも貴族の服装をしていた。その人は何も答えずに床へと膝を突いて、その大きな大きなバックを開いた。
するとバックの中から声が聞こえてきた! 猿ぐつわを噛まされたような、人間の男の人の声だった!
「紹介する、チャック・アンデルセン男爵だ」
「おぉ~~っ、アンデルセンくんではないかねぇ! そんなところで、何をしているのかねぇ~!?」
「おい……待て、何をする気だパブロ……?」
「この部屋は防音だ、安心したまえ」
パブロがバッグに手を伸ばすと、中の人の鼻息とうめき声が苦しそうに激しくなっていた。
怖い……。それにこの部屋が防音なんて、そんなの聞いてないよ……っ!
「貴様らっっ! これはなんのつもりだパブロッッ、リムスカヤッッ!!」
「おおっと、ご立腹のようですなぁ~、アンデルセンくぅ~ん?」
「私にこんなことをしてっ、ただで済むと思うなよっ!!」
「つまらない男だねぇ~。これに化けるやつが、早くも可哀想になってきたよ、ハハハハッ!!」
「パブロ、喋りすぎだ……どこに耳があるかわからない」
ヒ、ヒゥッ?! ボクチンは震え上がった。
ううん、もう既にガクガクブルブルだけど全身の毛が逆立つくらいビックリした……っ。
それに、今、聞き間違えじゃなかったら……化けるって、言ったような……。
「なんの話だ……化ける、だと……?」
「あ、聞こえてしまったかねぇ~? これは困ったなぁ~?」
「はっ!? ま、まさか……まさか、貴様ら……っ」
「アンデルセンくぅ~ん……まさか、君は信じてしまったのかねぇ~? まさか、我々が噂の人狼だとでも、大の大人が妄想をしてしまったのかねぇ~?」
「パブロッ!」
「ああ、そうだとも……」
「パブロッ、勝手なことをするなっ!!」
ボクチン、気絶しそう……。
どうしてかな……パブロは上着もシャツも指輪も全部脱ぎ捨てて、ズボンだけの格好になった。
それから身体中から黒い毛を生やして、メキメキと全身の骨を鳴らして、鋭い牙を伸ばしながら人間とは似ても似つかない怪物に変わっていった……。
「ヒッ……ヒェッ、なっなんっ、なんで……っ、ヒ、ヒィィィィッッ?!」
人狼。パブロは、人狼だった……。
異常に発達した上半身と、それと正反対の人並みの下半身を持ったいびつで巨大な怪物が、ボクチンの前にそそり立っていた。
「なんの意味がある……」
「はて、面白くはないかね? この恐怖に引き歪んだ顔などたまらない……。クククッ、無惨に指先から一本ずつ、生きたまま喰らってやりたくはないかねぇ~?」
あ、ボクチン、凄い……。
ボクチンなのに、まだ気絶していない……へ、へへ……。
「助けてくれっっ、頼むっ、殺さないでくれぇぇーっっ!!」
「ふ~む、お願いされてしまったよ。おおそうだっ、アンデルセンくぅ~んは、隠し金はあるのかねぇ~?」
「あ、あるっ、教えるっ、だから頼む逃がしてくれっっ!!」
「金の場所は?」
「りょ、領地の……私の管理する、古い礼拝堂の地下だ……」
「ほらねぇ、意味ならあっただろぅ、リムスカヤくぅん?」
「バカが……。金よりも目的を優先しろ……」
「バカは君だよ。お金はね、大事だよぉ~? 人間は、暴力よりも金に弱い。金が人間どもの弱点だよ」
「もういいな、アンデルセンは連れて行く」
「ま、待てっ、私をどこに連れて行くつもりだっ!? 取引をしただろうっ! ヒッッ?!!」
たぶん、リムスカヤも人狼だった……。
彼は手の先だけ人狼に変えて相手を黙らせると、アンデルセンさんを殴って、猿ぐつわをはめてバッグを閉めた。
それから人間の大人が入っているのに、たった1人でバッグを肩に担いでいた。
人狼は人に化けるだけでも怖くて厄介なのに、凄く強い身体をしている……。
「アンデルセンくん、これから貴様は我々の仲間になるのだよぉ~。まあ君ではなく、君の分身がだがねぇ~」
「パブロ、このことは報告する。もうバカなことをするな」
「お好きに、リムスカヤくぅ~ん」
「貴様は人間社会に毒されすぎだ……」
リムスカヤが書斎を去っていった。だけどパブロは出て行かない。
早くあの怖い人から離れたいのに、なんかしきりに鼻を鳴らしている……。
「ん、んん~~? これは、リムスカヤくんの匂いではないぞぉ~?」
ピ、ピィィッ?! き、気づかれたぁぁっ!?
「こっちかなぁ~? いやぁぁ、あっちかなぁ~? ぁぁ~、そこにいたんだねぇ~、子猫ちゃぁん~♪」
来るっ、来るっ、来るっ、アイツが来るっ、助けてっ、助けてよドゥッッ!!
「パブロ様、いらっしゃいますか?」
そこにノックが響いた。これはドゥの裏声だ!
「む……少し待ちたまえ」
「はい、申し訳ありません」
パブロが人間に戻ってゆく。おじさんに戻ったパブロはシャツだけを身に付けた。
「入りたまえ。……む、誰だねぇ、君は~?」
「私、病欠の従姉妹の代役で、今日だけこのお屋敷に……あ、それよりこちらを……」
ドゥが何かをパブロに渡した。気になってボクチンもパブロの姿までのぞいてみたら、それはさっきのリムスカヤが指にしていた指輪だった。
「む、これは……ハハハハ! あの慌てん坊さんめ、指輪を外していたのを忘れていたようだなぁ~。よくやった」
パブロが後ろを向いて書斎に向かった。
その隙にボクチンは床を駆けて、ドゥのスカートの下に飛びついた。ボクチンはスカートの中で、すね毛1本すらないドゥの綺麗な足にしがみつくと、やっと安心できた……。
「では私はこれで……」
「待ちたまえ。こっちにこい」
「なんでしょか、パブロ様?」
「早くこい。従姉妹に迷惑はかけたくないだろぅ~?」
でも危機は去っていなかった。ドゥはパブロの前に歩いていった。
まずい、今のドゥの身体は子供だ。もし戦いになったら勝てるわけないよ……。
「これはリムスカヤくんをからかう絶好の種だ。よくやった、褒美だ、取っておきたまえ」
「あ、ありがとうございます、パブロ様……。あの、嬉しいです……」
ドゥはパブロにお辞儀をして、ボクチンを足にくっつけたまま書斎を出た。
人狼は人間の姿のときは嗅覚が鈍るのかもしれない。ボクチンにはまったく気付いていなかった。
「その様子だと、俺たちの予想以上にヤバい何かを掴んだみたいだな。ヤツにバレる前に逃げよう」
「う、うん……っ」
「本当によくやってくれた。助かったよ、モモゾウ」
「ぅぅぅ……。怖かったよぉ、ドゥ……」
ボクチンたちは徴税長官パブロの屋敷を出て、アベルの直売所へと戻った。
ドゥは逃げるのが得意。今日ほどドゥの長所に感謝した日はなかった、なかったよ……。尻尾がお腹の方に丸まっちゃって戻らないくらい、しゅごく、怖かった……。
それなのにドゥは凄くちゃっかりしていて、いつの間にかパブロの屋敷から金貨を16枚も盗んでいた。




