10.プルメリア
「ドゥ、ちょっとまずいかも……」
……今回はいつもより帰りが遅かった。遅いときは良いルートが見つからなかったときだ。臆病なモモゾウは既にビビッていた。
「バレたか?」
「ううん……馬車が次々と正門にやってきて、兵隊が、どんどん増えてるよぉ……」
「だったら早めに離脱したいな」
「そうだけど、裏門の方にもきてるの……いくらなんても、多すぎるよぉ……」
「ならプルメリアの計画通りにはいかなくなったな」
「ど、どうしよう……」
こんな時間に屋敷を訪れる大勢の人間たちか。
ここの主がカドゥケスと関わっているだけあって、きな臭い感じがする……。あいつらの催しは言葉にしたくないくらい悪趣味だ……。
「さすがにこの盾を背負って塀は越えられないな……。裏門に近付こう」
「どうするの……?」
「モモゾウ、お前が囮になれ」
「え、えええーーっ?!」
こんな盾を背負っていては変装も通じない。
ならばこの小動物を頼るとしよう。俺は倉庫に戻ると、仕掛けから音爆弾だけを取り外した。
「冗談だ。お前には手頃な場所でコイツを炸裂させて、敵を引き付けて欲しい。そして俺はその隙に馬を奪って逃げる」
「ドゥ……。ドゥは、モモンガ使いが荒すぎるよぉ……」
「俺とお前で盗賊ドゥだ。さあ行け!」
「うぅぅ……カマンベールとブルーチーズ一山で手を打つよ……」
「太るぞ……」
「太ってもいいのっ、ボクチンたちはそういう生き物なのっ!」
よくわからない屁理屈を叫んで、モモゾウが飛んでいったので俺も裏門へと忍び足で進んだ。
どこかで俺を見ているのか、裏門のすぐ近くに俺が潜伏すると、計画通りにモモゾウが音爆弾を炸裂させた。
「な、なんだっ!?」
「こんな話は聞いていないぞ! こ、ここに我々がいると知れたら面倒なことになるではないか!」
「お客様、落ち着いて下さい。我々が偵察に向かいますので、ご安心を」
屋敷の警備兵が裏門から立ち去って、怪しい中年貴族が1名と、馬車の御者が1名、護衛兵3名だけがそこに残った。
絶好のチャンスだ。馬車に忍び寄って、邪魔な御者を気絶させた。
「モモゾウ……ッ、こういう状況で背中に飛びつくな……っ、心臓に悪い……っ」
「だってだって、置いてかれたら困るよっ、早く早くっ!」
「静かにしろ……っ」
馬を馬車から切り離して背中のあぶみにまたがった。
馬は驚いていたが、俺は盗賊だ、盗めないものなどない。落ち着かせて、さあ行けと尻を蹴った。
「おいお前っ、勝手にどこに行く!?」
「その馬を止めろっ、待てっ、待て馬泥棒っっ!」
馬を飛ばして裏門を強行突破した。
しかし向こうだって仕事だ。じきに追っ手に追い付かれることだろう。こちらはただでさえ重い盾を背中に背負っている。
闇夜の街道を疾走しながら後方を見やった。風が冷たい。
「ドゥッ、この後はどうするのーっ!?」
「……考えてなかった」
「えーっっ!? ちゃんと考えておいてよぉーっ!?」
「条件が魅力的だったとはいえ、やはり盗賊王の掟に従うべきだったな……」
「そういう反省は後でしようよぉーっ!」
「それもそうだ。……ん、悔しいが、盾はここに置いていくか」
「あ、そうだね……。お宝よりドゥの命の方が大事だよねっ」
「よし、そうとなると……」
馬を止めて街道に降りた。そしてモモゾウを馬の背にちょこんと乗せた。
「……へ?」
「囮になってくれ」
「またぁっっ?!」
「この先のレッドフォークの町で落ち合おう。やってくれるか……?」
「う、うぅぅ……ぅぅぅぅ……っ。わ、わかった……ドゥを守るためだもん……ボクチン、がんばるよ……。でも絶対絶対、無事でいてね、ドゥ……?」
「お前が相棒でよかったよ。俺の命、預けた。さあ行け!」
「うんっ……。行けお馬さんっ、ボクチンの相棒を守るお手伝いをしてっ、お願い!」
馬はモモンガに駆られて街道を駆け抜けていった。
左手を見れば深い森林が広がっている。
「見ているか、ジジィ……。アンタの流儀に逆らったらこのザマだ……笑えよ」
月明かりすら差し込まぬ暗闇の森林をあてもなく進んだ。
大盾は重く、追撃は恐ろしかった。奪った装備一式は重いので捨てて、普段着に戻した。
それから進んで、進んで、進んでゆくと、崖沿いに洞穴を見つけた。
身を隠すならばこれ以上ない場所だ。俺はそこで一晩を過ごし、朝になると盾を奥に残してその場を離れた。
街道を頼らずにレッドフォークの町を目指すのはなかなかの苦行だった。
だがどうにかなった。森を抜けるとメイド服に着替え、堂々と俺は町の正門を抜けていた。
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「ドゥッ、心配したよぉぉーっっ!」
「それはこっちのセリフだ。お前のおかげで命拾いした、モモゾウには感謝し足りない」
合流のために広場で休んでいると、モモゾウが背中に飛んできた。
こういう時のためにあらかじめ、町で一番大きな広場で合流すると決めてあった。広場がなければ馬車駅。馬車駅がなければ教会の前、教会すらなかったら墓場だ。
「こうなるとリバードゥーンには戻れないな……。かなり割高だが、冒険者ギルドに頼んで急ぎの手紙を運んでもらうか」
「盾は?」
「洞窟の奥に置いてきた。自力で回収してもらうしかないな。モモゾウ、手紙を書け」
「ねぇ、ドゥ……」
「なんだ?」
「ドゥが小さい頃、不幸だったのはボクチンは知ってるよ……。でもね……」
「ん……?」
「お願いだから読み書きをきちんと覚えてっ!!」
「またその話か。……読むのは問題ないんだが、書くのは苦手なんだ」
「だったら直そうよぉっ!?」
「考えておく」
俺は町で手頃な隠れ家を見つけると、そこでモモンガに手紙を書かせた。
いざ書くとなると文字が思い出せないから、ここはモモゾウに任せるべきだ。完成したら蝋で封をして、ギルドに特別料金を払ってプルメリアへの配達を頼んだ。
「今回はなかなかスリルがあったな」
「ボクチンッ、もうドゥから離れないよっ、離れ離れは寂しいからもうヤダよぉ……っ」
「おかげで命拾いしたよ。さて、後はプルメリアが上手くやってくれるだろう。行こうか、モモゾウ」
「わっ、カマンベールだっ! やったぁ、ブルーチーズもあるっ!」
袋にバザーで買ったチーズ2切れを無造作に入れると、モモゾウが中へと飛び込むように潜り込んでいった。
もう2度と盗みの代行なんて仕事は受けない。俺はそう心に決めて王都への旅を再開した。
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前略、プルメリア・ランゴバルドお嬢様。
トラブルにより、ご依頼の品は例の屋敷の裏門を抜けた先、森林の奥の絶壁にある洞穴に隠しました。目印に洞穴の入り口にリボンを巻き付けてあります。
貴女の宝、確かにここにお返ししました。
どうか私の友人を助けてやって下さい。敬具。
D.
追記
ボクチンが書きました。読み書きをちゃんと覚えるよう、Dに言ってくれると嬉しいです。
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次のざまぁ回は13-1になります。




