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13.共闘、アベルとドゥ

 干し肉を使ったオートミールを平らげて、俺はコートをまとって村長の家の屋根に陣取った。

 まだ働くには冷たい時刻だというのに、村の人々は水をくみに行ったり、パンを焼く準備を始めたり、春のために畑の準備をしたりと忙しなかった。


 久々の青空に子供になってしまった手を掲げて、俺は慣れない今の姿に少し戸惑った。

 この姿ではとても戦えない。こうなっては今までのような、荒っぽくて強引なやり方では通用しないだろう。


 それと問題がもう1つある。

 記憶にない空白期間のことをモモゾウから聞き出したのだが、どうにもその話が信じがたい……。

 

「さっきの話、やっぱり俺のことをからかっていないか……?」

「なんでー? ボクチン、ドゥに嘘なんてつかないよー?」


「そうなんだが……いくらなんでも、あり得ないだろう……」

「ちょっとすれば思い出すよー。ドゥはあっちでいっぱいいっぱい、がんばったんだからっ!」


 だからって祖国クロイツェルシュタインでは、盗賊ドゥは勇者ドゥと言われているだなんて、そんな話を額面通りに信じられるはずがない……。

 いや、だが仮にそうだとすると、自分がこんな北の果てにいるのにも納得がいった。そんな国では、到底仕事になんかならん……。


「俺たちを騙した盗品屋については後回しだな。……報復する気も起きん」

「うん……。あの人、ドゥのこと、恨んでた……。あとね、すごく悲しそうだった……」


「そうか……。まあ、今は復讐者のことよりもこの村のことを考えよう」

「うん、ボクチンも手伝うよ。それで、どうするのー……?」


 真っ先に皮肉屋のアベルの顔が浮かんだ。

 肉体がこんな姿である以上、俺には後ろ盾が必要だ。それにあの男は鋭く頼りになる。

 必死でこの村を守ろうとしているアベルの姿からは、俺たちと同じ匂いを感じた。


「アベルには何か裏があるような気がするが、この件に関しては頼れる協力者だ。まずはアイツに接触し、こちらの意図を伝えよう」

「こちらの意図って……?」


「パブロ潰しだ。あんな悪党相手に防戦一方というのは賢くない。こちらから攻撃を仕掛けるようにそそのかそう」

「ドゥ……。まだ身体が子供のままなの、忘れないでね……?」


「……あ。すまん、もう忘れていた」

「しっかりしてよーっ。いつもみたいにケンカとか、ふっかけちゃダメだよーっ!?」


「身軽で疲れ知らずなのは助かるが、この身体は不便だな……」

「えへへー、ボクチンはかわいいドゥも大好きだよ~っ」


 方針が決まり、モモゾウを空に飛ばして屋根から飛び降りると、俺はローザと村長に王都に行くと伝えて村を出立した。



 ・



 徒歩で村を出て、街道で身軽そうな荷馬車を見つけて乗せてもらった。

 スッカラカンになってしまったが、どうせ金なんて盗めばいいだけのものだ。俺たちにとって空っぽの財布は自由の象徴だった。


「なぜそんな顔をする?」

「いえ、別に……」


 そんなわけでアベルの店に着いた。

 しかし俺がこちらの意図を伝えると、アベルは言葉では言い尽くせないような複雑な顔をした。


 難しい顔になったかと思えば、途端に泣きそうになったり、いきなり薄笑いを浮かべたり、疲れたようにため息まで吐く始末だった。


「繰り返すぞ。イルゲン村がなぜ狙われているのか、敵の意図を探らないことには終わらない。受け身になるのではなく、パブロのやつに反撃を入れてやろう」

「盗賊ドゥ……あなたは破滅的だと、人に言われたりはしませんか……」


「反対なのか?」

「いえ……賛成です。私もイルゲン村を助けたい……。ただ……」


 そこから先の言葉はなかった。アベルは悩み込むほどに迷っているようだった。

 まあ盗賊と共闘だなんて迷って当然だろう。これから俺がやることは、この国の権力に仇なす行為だ。危険も計り知れない。


「そういえばあの書類はどうなった? 何かわかったか?」

「盗賊ドゥ、貴方は……私を信用するのですか……? 裏切られるとは、思わないのでしょうか?」


「それは今さらだろう。あの村のために戦うアンタの姿が嘘のはずがない。アベル、俺と一緒にパブロを倒そう」

「ッッ……。あ、貴方という人は、どこまで、私の心を……ッ」


「助けが必要なんだろ? 敵は国家権力側の人間だ。ならば表の人間でない裏の人間の助けがいる。俺を頼ってくれ、アベル」


 アベルは俺に背中を向けた。天井をしばらく見上げて、それから少しの間だけうつむいた。

 少しして素早くこちらに反転した頃には、元通りのキレ者のアベルだった。


「では、手伝っていただきましょう。あの村に恩ある者として、ここに正式に共闘することを誓いましょう。盗賊ドゥ、私は貴方を……貴方を信じます……」


 そう言ってアベルは棚からバインダーにはさまれた書類を取り出した。

 それをテーブルに置いて軽く開く。……俺には中を見てもよくわからなかった。


「人狼。本当に実在すると思いますか……?」

「それらしき姿ならば既に見た。それにマッカバン邸で見つかった人の指。繰り返される臨時徴収。どうもこの国は妙だ」


 子供に戻っていた頃の頭ではわからなかったが、今ならばわかる。

 この国はおかしなトラブルに巻き込まれている。しかも飛び切りに厄介なものにだ。


「貴方が盗んできた書類からわかったことがあります。マッカバン卿は、あのパブロ徴税長官と裏で繋がっています」

「それはアンタが前に言ってたことだろう」


「ええ、しかしそれは私の仮説でした。しかしこの書類の中から証拠が見つかったのです。それにパブロが狙ったのは、イルゲン村1つだけではありませんでした」

「俺が言うのもなんだが、パブロこそずいぶんと破滅的なやつだな」


 派手に動けばそれだけ注目される。私服を肥やすだけならば、目立たないようにターゲットを絞るのが道理だ。


「パブロ税務長官は各地で不可解な徴税を行い、やがて強制執行を済ますと介入を止めています。神殿の方にもちょっかいをかけていましたが、それも何かしらの目的を果たしたのか、突然に止めたようです」


 この部分が証拠だと、アベルがバインダーをめくって紹介してくれた。

 だがすまん、難しい書類は無教養者の俺にはよくわからん……。


 代わりにモモゾウを置いて理解させた。俺にはわけがわからないが、モモゾウならばきっとわかるだろう。


「この人、悪いやつだね……っ!」

「ええ、まったく。それにしてもモモゾウくん、貴方はとても賢いのですね」


「えっへん!」

「ふっ、もしかするとドゥくんより賢いかもしれませんね」

「皮肉のつもりか? 俺よりモモゾウの方が賢いに決まっているだろう」


 しかしそれだけパブロが派手に動いているというならば好都合だ。特に神殿を敵に回しているというならば、ヤツの地位ももはや盤石ではないだろう。


 そこまでのリスクを冒してまでして、何を手に入れたかったのかがわからないが、飛び切りにコイツは怪しい……。


「ならこうしよう、直接俺がパブロの屋敷に忍び込む。それで何かしらが得られるはずだ」

「それはダメです、貴方はもう村の住民としてパブロと接触しているでしょう。正体が発覚すれば、こちらが追い込まれてしまいます」


「大丈夫だ、俺は変装の達人だ。架空の別人に化けるだなんて造作もない」

「それは……そう、そうでしたね……」


「俺に任せておけ」

「……なんて、怖ろしい人なのでしょうね、貴方は。貴方に狙われた者たちは、きっと生きた心地がしなかったでしょう。貴方は怪物ですよ、盗賊ドゥ……」


「それが俺の役割だ。善人が躊躇する方法で迷うことなく悪党を喰らう。平気で人を斬り、富を盗み、傲慢な独断でターゲットを選ぶ。俺は盗賊王に、そういう外道なところを買われて後継者に選ばれたんだ」


 迷いなき自信と共に言い切ると、またアベルに鋭く睨まれた。

 アベルは秩序側に属する人間だ。それでもイルゲン村を助けたくて、世間を騒がす盗賊ドゥとの共闘を選んだ。


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