12.復活、盗賊ドゥ
翌朝、顔面の冷たさに目を覚ますと、ローザがすぐ隣で寝息を立てていた。
その素朴な赤ら顔とひび割れた唇は、野暮ったくはあるが彼女の勤勉さの証だ。過酷な寒さに負けずに懸命に外で働き続けたからこそ、ローザはこんな素朴な特徴を持っている。
「モモゾウ……?」
身を起こして薄暗い部屋を見回しても、相棒の姿がどこにも見あたらなかった。
あの大狼は結局しとめ損なったままだ。再びあの死神が現れて、モモゾウのやわらかな身体を鋭い牙で引き裂いたりはしないかと、なぜだか無性に不安になった。
「ローザ……ローザ、起きてくれ、ローザッ、モモゾウはどこだっ! なあっ、俺の相棒が今どこにいるか知らないかっ!?」
「ぇ……な、なに……? モモゾウちゃん、いないの……?」
ローザが戸惑い混じりに俺を見上げた。
どうしてそんな平気でいられるんだと俺は憤慨を覚えた。自分が寝ぼけていて、ローザに迷惑をかけていることに気付くのには、もう少しの時間が必要だった。
「ドゥ……? 大丈、夫……?」
「すまん、記憶が混乱していた……。あの狼だって、もう生きているはずがない……」
「怖い夢、み、見てたの……? 怖いなら、わ、私と一緒に、寝る……?」
「ありがとう、もう怖くはない。ん……?」
窓からカリカリとかくような物音がする。
もしやと思い、俺は窓に飛び寄って木戸を開いた。それはやはりモモゾウだった。
「おはよーっ、ドゥ! わぁっ?!」
「モモゾウッ!!」
モモゾウは口に松の芽をくわえていた。そんなモモゾウを俺は抱き上げて、外気に冷たくなった毛皮ごと胸の中に包み込んだ。
「えっえっ、なになに、ドゥー? あっ、もしかして……ボクチンのこと思い出したのっ!?」
「ああっ、思い出した! 無事でよかった……お前が無事で本当によかった……っ!」
「えへへ……じゃあ、ボクチンの名前、誰が付けたか、思い出せる……?」
「エリゴルのジジィだ! お前は盗賊王に名前を与えられた!」
「そうだよっ、ボクチンはモモゾウにしたのはお爺ちゃんだよっ! ドゥッ、やっと思い出したんだねっ!」
しかし、そこでふと疑問に思った。なぜ俺はモモゾウの無事をこんなにも喜んでいるのだろう。
なぜ俺の身体が子供に戻って、なぜ俺たちがこうして引き裂かれたのか、発端がよく思い出せない。
「よ、よかったね、二人、とも……」
「ありがとうローザッ。ローザもドゥを助けてくれてありがとうねっ!」
「いいの……。わ、私……助けたいから、助けただけだから……」
モモゾウは抱擁から抜け出して、今度はローザの胸に飛びついて自分を抱かせた。
それを見ていると寝ぼけていた頭が覚めていって――いや、ずっと俺の頭の中で広がっていた深い霧がついに晴れて、自分というものが戻ってきた。
俺は盗賊王の教えを思い出した。盗賊王エリゴルの生き様を見て、己もああなりたいと憧れたことも。その後継者として、モモゾウと共に信念を貫いて生きると決めたことも、全て思い出した。
「ローザ、アンタには何度も世話になってしまったな」
「う、うん……。急に、どうしたの、ドゥ……?」
「昨日は悩ませて悪かった。ああいう意地悪はもうしない、大人気なかったよ」
「えっ、それは、いいの……。あなたのおかげで、村が、す、救われたの事実、だから……」
「ああ。次からは堂々と盗んで、堂々とアンタたちに渡すよ」
「え……えっ、ええええーっっ!? そ、そういう、問題、じゃないような……っ」
俺は胸を張った。二の腕を胸の前に出して、モモゾウをそこに飛び移らせた。
昨日までの俺と、今日からの俺には決定的な違いがある。それは誇りだ。盗賊王が教えてくれた悪の流儀だ。悪の流儀は、俺という身勝手なエゴイストを導く灯火そのものだ。
「改めて名乗ろう、俺は盗賊ドゥ。まだ見習いだが、誇り高き盗賊王エリゴルの弟子だ。俺はアンタたちを助けたい。俺が尊敬したあの男ならば、必ずそうするからだ」
「そうだよっ、それでこそドゥだよ! これで完全復活だね、ドゥ!」
「あのパブロという男、まともじゃない。ヤツはこの村を諦めないだろう。この村が破産して強制執行を認めるまで、ヤツは理不尽な税をかけ続けるだろう。だから俺は盗賊として、ヤツの秘密を盗み、暴き、徴税長官パブロを破滅させると約束する! アンタたちは俺たち盗賊ドゥが守る!!」
ドヤ顔で胸を張るモモンガと、それを腕に乗せたドヤ顔の少年姿では締まらないかもしれない。威厳や頼もしさよりも、かわいらしさの方が勝ってしまうかもしれない。
しかし俺は俺だ。俺は己の持つ盗みの技で、悪党を破滅させる。
自分自身のあるべき姿を俺はついに取り戻した。パブロは盗賊ドゥの獲物だ。これから俺は盗賊としてヤツを狩る。
次話は文字数多め、次々話は少なめになります。
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