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11ー2.少年ドゥと名も無きモモンガ - 別れの日 -

「実際、善も悪もねぇのよ。このモモンガはよ、良いことをするためにテメェを助けたんじゃねぇんだ。飢えてるヤツに飯食わせてやりたいから、食わせてやっただけなのよ」

「テメェ、どんだけ俺たちに張り付いてたんだよ……」


「こいつらは冬に入るとな、仲間に自分の蓄えをくれちまう。モモンガっていうのは、そういう生き物なんだよ」

「はっ、ならアンタよりよっぽど義賊してるじゃねーか」


「ワハハッ、違いねぇな! いや心から感謝するぜ、モモゾウ。待ってろよ、甘~い焼き栗も食わせてやるからなぁ?」


 手作りの土鍋を使った麦粥と焼き栗が出来上がると、俺たちは空腹のままにガツガツとそれを平らげた。

 焼き栗入りの麦粥は甘く温かくて、モモゾウも熱を加えることで甘みが増した栗に、キュルキュルと声を上げて喜んでいた。


 俺は粥を食いながら、いつまでもモモゾウを見つめた。

 小さいがその姿は尊敬に値して、もっともっと恩返しをしてやりたくなる姿だった。


「ソイツ、お前と焼き栗がよっぽど気に入ったんだな。おう、モモゾウよ。よければ俺たちと一緒にこねぇか? 俺はよ、お前が一緒にきてくれたら、毎日が楽しくなる気がするんだよ!」

「……俺たちはこれから家に帰る。森に帰りたいなら帰るといい」


「頼むよ、モモゾウ。お前がいればドゥがいい子になると思うんだよ、俺ぁよぉ」

「くるならこい、歓迎する。ジジィの思い通りにはならないと思うがな」


 言葉が通じているかはわからないが、モモゾウは食事の手を止めて俺のことをジッと見上げていた。


 やがてモモゾウは俺の服の中に入り込んだ。襟首からちょこんと顔だけを出した。そうやって盗賊王に意志表示した後は、俺の顔を見上げてくれた。


「よかったな、一緒にきてくれるよ」

「モモゾウ……ありがとう……。俺はお前がくれたあの山ブドウの味を一生忘れない。俺たちと一緒に行こう、モモゾウ」


 その日からモモゾウは俺たちの新しい家族になった。

 以来、俺は理由もなく怒鳴ることを止め、食べ物を俺にくれたモモゾウのやさしさを見習って生きた。人を助けることに理由なんてないのだと、モモゾウに教わった。


 モモゾウは正しく、盗賊ドゥの良心そのものだった。



 ・



 けれども……この話は残念ながらハッピーエンドでは終わらない。

 俺たちがモモゾウと一緒に暮らすようになって一年と少しが経ったある晩……狼の鳴き声と、小動物のかき消えそうな小さな悲鳴が家の外から響いた。


 まさかと思い家を飛び出すと、最悪の光景が俺を待っていた。

 大きな狼がモモゾウをくわえていて、現れた俺に驚いてか、獲物を地面へと落とすことになった。


「モモゾウッッ! 殺すッッ!!」


 俺はナイフ一本で狼と戦った。

 何度も喉を噛み潰されそうになり、鋭い爪に肢体を血塗れにされたが、ナイフが狼の顔面に届くと獣は悲鳴を上げて逃げて行った。


「大丈夫か、モモゾウッッ!!」


 敵を排除すると俺はモモゾウを抱え上げた。

 しかしモモゾウの心臓は、とうに止まってしまっていた。


 まだ命の恩人に十分に酬いることができていなかったのに、心臓の止まったモモゾウはどんどん冷たくなっていった。


「なんてこった……死ぬにしたって、もう数年先だろうに……。ああ、なんてこった……」

「ジジィ……俺、俺は……守れなかった……」


「お前のせいじゃねぇ、これは自然の掟だよ……。いや掟とはいえ、家族が突然死ぬのは、死ぬほど悲しいな……」


 現実を認められなくて、感情から感覚まで全てが麻痺していって、言葉なんてとても返せなかった。

 膝を突いたまま、動かないモモゾウを抱いて、夜の闇の中を俺は呆然と過ごした。いつまでも、いつまでもだ。


「ドゥ……」

「話しかけるな……ほっといてくれ……」


「俺ぁ、このままお前の心が闇に染まってゆくのを見たくねぇ……。モモゾウはお前にもっともっと必要な存在だと俺ぁ思う……」

「ああ……だが死んだ……」


 盗賊王はランプと一緒に、白く奇妙な香炉を俺の前に置いた。

 なんのつもりだと顔を上げると、やつは俺と同じように大泣きしていた。


「どうしてもお前がモモゾウを生き返らせたいならば、方法がここにある……。ただし、相応の覚悟が必要だ……」

「これは、アンタのコレクションか……。見るかにヤバそうだな……」


「コイツは契約の香炉。持ち主の魂を死者に分け与えて、その者を使い魔に変える力を持つ」

「使い魔……?」


「ただし小さい生き物とはいえ、己の寿命を差し出すことになる。命がいくらか縮むだろう。そこまでして生き返らせたいって覚悟はあるか?」

「なんだ、そんなことか……。あるに決まってるだろ」


 そう俺が答えると、盗賊王は歪な香炉に火を点した。

 盗賊王はお宝を盗むとしばらく愛で、そのしばらくが終わるとどこかにやってしまう。


 だがその香炉は手放されることなくずっとこの家にあった。

 たぶん、最初から俺に使い魔を授けるつもりで残していたんだと思う。それがたまたま、モモゾウになってしまったのだと思う。


「俺は傲慢で冷血でエゴイストだ。そんな俺がこの先もまともにやっていくには、まっとうな心を持った相棒が必要だ……」

「片手にモモゾウを、もう片手に香炉を持って願え。モモゾウを使い魔にするって誓え」


 言われるがままに香炉を持った。


「……誓う。香炉よ、俺の魂を捧げよう。だから頼む……モモゾウを俺の使い魔にしてくれ! 俺は、俺はずっとモモゾウと一緒にいたいんだっ!!」


 俺は叫び、願った。俺をまともにしてくれるのはモモゾウだけだと。

 白い光が俺から香炉に流れ込み、それが青白い光に変わってモモゾウの亡骸に流れ込んだ。手の中のモモゾウが温かくなってゆくの感じて、涙を抑えきれなくなった。


「モモゾウ……!」

「ぁ……。ああっ、ドゥッ、ドゥッ……!」


「モモゾウ、お前っ、喋れるのかっ!?」

「うんっ! あのねっ、あのねあのねあのねっ、ドゥ! ボクチンね、ドゥのことが大好きだよっ、ドゥッ!! ボクチン、ドゥの使い魔になれて、とっても嬉しいっ!!」


 この日からモモゾウは俺の魂を分けた相棒になった。

 モモゾウの名付け親はエリゴルで、俺を改心させてくれたのはモモゾウだった。


 俺はあの日モモゾウがしてくれたように、惜しむことなく蓄えの全てを差し出す。

 モモゾウが俺を真の意味での盗賊ドゥにしてくれた。


 俺とモモゾウは相棒だ。魂を分けた兄弟のこと、を俺は今ようやく思い出した。


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