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11ー1.少年ドゥと名も無きモモンガ - 出会いの日 -

 盗賊王エリゴルとの出会いは俺の人生最大のターニングポイントだった。

 世界全てを憎んでいた少年は、彼の奇妙な人柄と、あまりにも大胆で華やかな生き様に心を奪われていった。


 俺のような嫌われて当然の外道を、エリゴルは家族として温かく迎え入れてくれた。

 ヤツは何もかもが非常識で、豪快で、元奴隷の俺が憧れを覚えずにはいられないほどに自由だった。


 気づけば俺は彼への反発を止めていた。何もかもを明るく笑い飛ばす男を相手に、冷たく睨んだり、傷つけるような心ない言葉をぶつけても、なんの意味の効果もないことを知った。


 最初はスリの技術、詐欺の技術、変装の技術を教わった。

 世界を憎む俺にはスリの罪悪感なんてなんでもなく、詐欺もまた復讐の手段にすら感じられた。自分を偽って、別人に化けることもカドゥケス時代の経験からなんでもなかった。


 彼の教えてくれる技術の全てが、俺という外道によくなじんだ。盗賊王がなぜ俺を未来の後継者に選んだのか、技の一つ一つが答えてくれた。

 ヤツの教える技の一つ一つは、性根の腐った悪人にしか極められないものだった。


「待てよっ、なんのつもりだよジジィッ!」


 だがその中でもサバイバル技術の訓練だけは、なじむもなじまないもない過酷なものだった。

 ある日、見知らぬ森へと連れてこられた俺は、片腕を荒縄で大木へと縛り付けられた。


「7日後に迎えにくる。この森で生き抜いてみせな」

「ふざけんなっ、こんなの盗賊の技と関係ないだろっ!」


「カカカッ、そうだな! コイツは俺なりの老婆心だと思ってくれ!」

「ジジィだろテメェはっ! つーかテメェの女装はキモいんだよっっ!!」


「ドゥ、悪いことは言わん、もう少しまともな愛情表現の方法を覚えな。今のは……ちょっと傷ついたぞ……」

「はっ、実際キモいだろ……。お、俺のために、我が身で実践してくれてるのはわかるけどよ……。キモいぞ……」


「そうか、まあわかりゃいい。じゃあ7日後になっ」

「おい待てよっ、本気で置き去りにする気かよジジィッ!?」


「がんばりな、ドゥ……」


 俺は森に森に置き去りにされた。

 縄を解くのは造作もなかったが、問題はそれから生活の方だった。


 俺は都会生まれだ。森での生き方なんて知るわけもない。

 それでもない頭を働かせて、どう生き抜くかを考えた。


 まずは食料と水を確保して、夜を明かすための寝床を作ろうと決めて動いたが、それは『言うはやすし、行うは難し』そのものだった。 

 食料も水もまともに手には入らず、初日の夜は木の上で滴り落ちる雨に凍えながら過ごすことになった。


 2日目に入ると覚悟が決まって、食べることを迷わなくなった。水たまりから雨水をすすり、得体の知れない果実を口に入れては吐いた。

 小川と山ブドウの木を見つけると生活が少しだけ安定した。ヤツが残した縄を使って大木の支脈と支脈を縛り、その上に草のクッションを乗せて寝床を完成させた。


 だが、いくらなんでも7日間は長すぎる。

 6日目に入ると俺はついに飢えて、草のベッドから起きあがれなくなってしまった。


「お前……」


 そんな俺の前に、灰色のモモンガが現れた。そのモモンガと俺は同じ大木で暮らす顔見知りみたいなものだった。

 そのモモンガが今、俺の首の上にいる。俺の口に山ブドウの実を押し当てていた。


「止めろ……俺は、施しは受けない……」


 その小さな生き物は言っても諦めなかった。

 それから何を思ったのか山ブドウをかじりだして、再び俺の口に皮のむかれたブドウが押し当てられた。


「お前、なんで俺なんかを、助ける……。ん……っ」


 受け入れると、次から次へと新しいブドウが運ばれてくるようになった。

 何度も何度も俺はその小さな獣に感謝をして、酸っぱい山ブドウを舌で転がして飲み込んだ。


「おい、モモンガ。なんで俺を助けてくれるんだ……?」


 モモンガは質問しても答えなかった。

 俺の胸の上が気に入ったのかぺたりと張り付いて、少し昼寝をすると、思い出したようにまた食べ物を取ってきてくれた。


 俺にはわからなかった。

 無償で誰かを助けるこの動物の心がわからなかった。

 施しを受けるたびに、己は動物以下のクズだったのだと突きつけられた。


「お前、いいやつだな……。いや、お前には善も悪もないのか……。善と悪なんて、そんなもん……人間が勝手に決めたことだもんな……」


 俺はそのモモンガと一緒に食事をして、夜は一緒に暖め合って6日目を乗り切った。

 そしてついに7日目の夜明け。夜が明けるなり盗賊王が大木の下に現れた。


「降りてこいよ、ドゥ! 訓練はもう終わりだっ、よくがんばったじゃねぇか!」


 モモンガは盗賊王の大声に驚いて、俺の胸から大木の上の方に逃げて行ってしまった。

 俺は文句を言うために身を起こして下を見た。


 だがそこにあったのは、いつも以上に薄汚くなっていた盗賊王の姿と、それに松の実と栗の山だ。

 手作りなのかいびつな土鍋もまで足下にあって、ヤツはそれを焚き火にかけ始めていた。


「おい、ジジィ……」

「なんだ、ドゥ? 久しぶりに会えて感動しちまったか? カカカッ!」


「テメェ、まさか……家に帰ってねぇのか……?」

「これが風呂入ってヒゲ剃ったような顔に見えるかぁ~? テメェと一緒に森で暮らしてたに決まってんだろ、バーローめっ!」


 俺を助けてくれたモモンガは、いったいどんな理由で警戒を解いたのかわからないが、盗賊王の差し出す腕へと腹幕を広げて飛び移っていた。

 エリゴルのヤツは、そんなモモンガに松の実を渡す。


「うちのドゥが世話になったな、モモゾウ」

「モモゾウ……?」


「名前がねぇと可哀想だろう、こんだけお前に懐いてるんだ」

「テメェ……見てたのかよっ!」


「カカカッ、おうさ見てたぜ! 世界全てを憎んでた悪ガキがよぉ……? 小動物1匹に涙を浮かばせて感謝してる姿をよ、バッチリ俺ぁ見てたぜ、ドゥ!」

「テメェッ!!」


「早く下りてこいよっ、飯にしようぜドゥ!」

「く……っ」


 けれどもここで俺が大声を出すと、俺の命の恩人がビクリと震えて食事の手を止めてしまう。

 俺は小さなモモゾウの姿をもっと近くで見るために、ようやく調子が戻ってきた身体で大木から飛び降りた。


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