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10.盗賊の恩返し

 明るくお喋りな交易商と別れ、街道からイルゲン村へと通じるわき道を歩いた。

 雪に埋もれた細道は曲がりくねるように丘を上ってゆき、半分ほどまで上がるとようやく除雪された歩きやすいものに変わった。


 木々の合間からはレモン色の夕焼けがチカチカと輝いていて、肩の上のモモンガが飽きることなくそれを見上げていた。


 イルゲン村はその丘の先にある。

 続く森を抜けてようやく拓けた土地にやってくるとそこがイルゲン村だ。


「ここがイルゲン村……? なんか、寂しい村だね……」

「余裕のない村だ。もし気分を害することを言われても軽く流してやれ」


 まずはローザの家でもある村長の邸宅をノックした。


「ボクチンはドゥと一緒ならどこでもいいよ。一緒にいられるだけで幸せ……っ」

「そうか」


「ボクチン、もう二度と離れないからね……!」

「……好きにしろ」


 少し待つとローザの母、つまり村長夫人が応対に現れた。

 彼女は豹変した俺の言葉使いや顔付きに驚き、眉をしかめて怪訝そうな顔でこちらを見ていたが、やがて思い出したように村長の部屋へと俺を通してくれた。


「家内から聞いたときはまさかと思ったが、確かに顔付きが変わっておる……」


 しばらく壁を背にして村長の帰りを待つと、彼は部屋にやってくるなり人の顔をのぞき込んでそんなことを言った。

 ローザに拾われたばかりの時は酷かった。村長や夫人が今の俺を不思議に思うのも当然だった。


「記憶が戻ってきたんだ。ローザとアンタには世話になった」

「ローザが勝手にやったことだ。感謝ならばあの子に――んなっっ?!!」


 布袋から金を半分、渡すために分けておいた分を取り出し、それを粗末なテーブルに積んだ。


「今日の稼ぎの半分だ。……やる」

「や、やる……だと? やるとは、いったい、どういう意味……」


「ローザが拾ってくれなかったら、俺は幼児退行したまま惨たらしく凍え死んでいた。アンタがローザのわがままを受け入れなかったら同じ結果になっていただろう。さ、受け取ってくれ」

「だ、だが……ドゥくん、君はどこでこんな大金を……」


 その質問には口元をひきつらせて沈黙で返した。

 彼は様子だけで察したようだ。それが汚れた金で、俺の正体が悪党であることを。


「本当に貰っていいのか……?」

「俺は自分を助けてくれた人たちに礼がしたいだけだ。ローザ本人に渡しても、お説教されて突き返されてしまうだけだしな」


 村長は良心と現実の間で悩んだ。だが決断は以外にも早かった。


「感謝する……。受け取るべきではないのかもしれないが、受け取らせてもらうよ……」

「足は付かない、安心しろ。ああそうだ、その代わりにしばらく泊めてくれないか?」


 しばらくこの村で休むべきだろう。

 せめてもう少し自分を取り戻すまで、休んで物事の様子を見るべきだ。この変なモモンガのことも、思い出してやらないと気分がスッキリしないしな。


「ほっほっほっ、それならローザも喜ぶ。好きなだけここに――む」


 しかし村長の顔が途端に鋭さのあるものに変わった。

 外が騒がしくなって、どこかで聞いたような高慢な声が響いたからだ。

 彼と一緒になって家を飛び出すと、そこには先日の徴税官どもがやってきていた。


「臨時徴収である、税を納めよ!」

「は? テメェら揃いも揃って痴呆症か? 税ならこの前収めただろ、ハゲ」


 俺が徴税官パブロにケンカを売ると、村の連中が一斉に青ざめた。

 ああそういえば、今の俺の身体はガキだったか……。乱闘になったら少しまずいな……。


「これはこれは、この前のクソガキくんではないかね。元気にしていたかね?」

「そっちは確かパブロだったか。ま、まあまあだ」


 パブロは俺の前にやってきて、北方人らしい大柄な体躯でクソガキを見下ろした。

 ナイフならもう盗んだ物が手元にある。その気になれば簡単に刺せた。


「私を覚えていてくれてありがとう、クソガキくん。さて、早とちりのお馬鹿さんなこのクソガキのためにもう一度説明してやろう。これは、2度目の臨時徴収である」

「はぁ……?」


「この書類が見えるかね? ここにある額が払えなければ、今すぐ差し押さえを行う」

「ふーん……」


 書類にある徴収額はそこまで莫大というわけではなかったが、村長の様子をうかがうと顔色がよくない。言葉にするならば顔面蒼白ってやつだ。

 この前の徴収で金なんてもうスッカラカンで、逆立ちしたってこんな額は払えないって顔だった。


「お、お待ち下さい……いくらなんでも、横暴でございます……。村は既に、税を支払ったではないですかっ!」

「すまんねぇ、見地の不備が見つかっしまったのだよ。イルゲン村はもっと税を納められるっ! 報告書にもそうあるんだから間違いない! さあ、納めてもらいましょうか、ハハハッ!」


 アベル言う通りの展開になっていた。

 パブロはマッカバーン卿と通じていて、マッカバーン卿は虚偽の見地結果を作り出して、再びイルゲン村から金を搾り取ろうとしている。


 だがわからないのは動機の方だ。

 俺がパブロならば、税を取り立てるのではなく村と結託して税を軽くして、その上前をはねる。

 税として徴収した金は、パブロの懐には直接入らないからだ。


「お、お金、なら……っ。お金なら、こ、ここ、に……あり、ます……っ!」

「ローザ……? お、おい、その金はどうしたっ!?」


 そこにローザが重いカバンを抱えてやってきて、金の詰まった袋を徴税官たちに見せた。

 どうやら村長に渡すに渡せず、抱え込んでいたみたいだな。


 辺りは既に日が沈んでいて、徴税官が持つランプだけが辺りを明るく照らしている。


「あれはアベルのやつが村に出資した金だ」

「お、おお……アベルさんが! ローザッ、よくやった!」


 ローザは俺の嘘に戸惑った。その一方で村長は奥さんに家へと金を取りに行かせた。

 さっき謝礼として渡された金と合わせれば、どうにかこの場を乗り切ることができるかもしれなかった。


 さらに村人の家々からなけなしの金が集められ、徴税官たちが俺たちの前で金勘定を始めた。祈るように村人たちはそれを見守っていた。


「ハハハハッ、残念!! 30万オーラムだけ足りなかったようですなぁっ、いや残念っ、ハハハハ!」


 このパブロって男、いちいち人をあおってきてムカつく……。

 身体が若返ってしまったせいか、俺は感情任せに今この場でパブロを刺してやりたくなった。


「では可哀想だが仕方がない。払えないならば、強制執行だなぁっ!」


 最初に売られるのは若い女。特に顔のいいやつだ。

 ローザは赤ら顔という欠点をのぞけば、美しく雰囲気も従順でいかにも男好みだ。

 もしここでローザを持って行かれたら、俺は恩人を見捨てたことになるだろう。


 ふと顔を上げれば、村長がパブロには目もくれずに俺のことを凝視していた。

 まあそれも当然だろう。さっき俺は彼に『今日の稼ぎの半分だ』と言ったのだから。彼は俺が残りの金額を支払えることを知っていた。


「……金ならここにある。さっさと持ってけ」


 自分のために残しておいた金を、詰まれていた銀貨の山の隣に投げ捨てた。

 すると途端にパブロの表情が硬直し、やがて苦虫を噛み潰したかかのように口元を歪ませてゆく。


 いいざまだと思う反面、やはり違和感を覚えた。

 金が目当てならば、そもそもそんな顔をする必要がない。バカな村人からありったけ搾り取れたと、喜ぶべきところだろう。


「パブロ様、足りました! 手間がかからなくて助かりま――ウグッッ?!」


 だというのにパブロは鼻息を荒くして、自分の部下を報告ごと平手打ちにしていた。

 痛いどころではない、応急手当てが必要なほどの強烈な一撃だった。


「ふんっ……またくる」

「おい、待てよパブロ。王にテメェの横暴を直訴すんぞ、このボケ徴税官」


「ククク、やれるものならやってみたまえ、愚かなクソガキくん」


 徴税官パブロたちはランプの明かりを揺らして森の奥へと去っていた。

 しかしあんな姿を見せられてしまっては、もはや疑うまでもないことだろう。


 ヤツの目的は臨時徴収からの強制執行。強制執行そのものが目的だ。

 この村から何かを奪い取りたくてムチャクチャをやっている。同じ悪人である俺の目には、そうとしか見えなかった。



 ・



 その日の夕飯はみやげに持ってきた干し肉が活躍して、そこそこまともな食事になった。

 村長も夫人もローザの兄弟たちも、手のひらを返したかのようにドゥは村の恩人だと言って歓迎してくれた。


 意外にも楽しいひとときになった。

 余所者に心を許さない彼らが、排他性を忘れて仲間のように俺を迎えてくれたからだろう。

 真実を知るローザだけが複雑そうな顔色で、いつまでも俺を見ながら戸惑っていた。


 夜更けまで騒ぎに付き合いたいところだったが、身体が若くなり過ぎたせいなのかもう眠い。

 そこで一足先にいつもの部屋で毛布にくるまり、モモゾウと一緒に眠ることにした。


「おやすみ、ドゥ。二人一緒に寝れるっていいね……」

「胸から離れてくれモモゾウ、寝返り一つでお前を潰してしまいそうだ……」


「大丈夫。ドゥはそんなことしたことないよ」

「そうなのか……?」


「うんっ。でも……でもね、早くボクチンのこと、思い出してね……? 忘れられっぱなしは悲しいよ……」

「すまん。早くお前を思い出せるようにするよ。おやすみ、モモゾウ」


「おやすみ、ドゥ。ドゥとまた会えてよかったよぉ……」


 眠気に負けて目を閉じると、すぐに俺は夢の世界に引きずり込まれていた。


 あのときの俺は半額しか金を村長に差し出さなかった。

 盗賊王に出会ったばかり頃の俺には、そこまでが善意の限界だった。


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