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8-2.潜入マッカバン邸 - 指 -

「モモシコフ、本当にゲルタが貴方のドゥ様なのですか……?」

「うん……でも変なの。ドゥはもっと大きいはずなのに、ちいちゃくなって、それに……ぅ、ぅぅぅぅ……。ドゥ、ボクチンのこと、忘れちゃったの……?」

「すまん、俺は記憶喪失なんだ。少しずつ思い出してはいるんだが、お前は知らん」


「キュゥゥゥ……ッ?!! キュゥ……キュゥゥ……ッ、プキュゥゥゥ……ッ」

「すまん、泣くな……っ、そのうちちゃんと思い出すからそんな声出すな……っ」


 変な生き物モモシコフを慰めながら、俺はお嬢様の方をよく観察した。

 しかし予定外はあったが計画に変更はない。この女をたらしこんで、味方にして、計画に協力させる。リーゼロッテの口を殺さずに封じるには他にない。


「リーゼロッテ、今から俺と少し遊ばないか?」

「まあ、それはわたくしからお願いするところでしたわっ。もちろん、モモシコフも一緒にですね?」


「いや、俺とアンタの2人だけでだ。アンタに俺の知っている楽しい遊びを教えてやるよ」


 リーゼロッテを味方にするために、俺は軽い説得を始めた。カドゥケスでもてあそばれ続けた俺には、そのくらいのことなんて造作もなかった。



 ・



「ああっ、ドゥ様、ドゥ様……貴方は小さいのになんて素敵な殿方なのでしょう……」

「小さいは余計だ……」


 お仕着せを身に付け直して、乱れた髪を彼女の手鏡で整えた。まあこんなところだろう。


「ドゥ、本当に昔のドゥに戻っちゃったんだね……」

「これが俺のやり方だ」


「うん……。でも最近は、そういうやり方、してなかったよ……」

「心を入れ替えていい子ちゃんにでもなってたのか?」


「今のドゥは、出会ったばかりのドゥみたい……」


 モモシコフはまた俺の肩に飛び付いてきて、もう離れないとしがみついた。

 これだけ懐かれると情が湧く。それに不思議と、一緒にいるだけで気持ちが落ち着いた。


「さて。さっきの話(・・・・・)は本当なんだな?」

「はい……。お父様は、元のお父様ではなくなってしまった気がするんです……」

「ボクチンも何度か会ったけど、嫌な感じ……。嫌な臭いがしたの……」


 リーゼロッテが言うには、最近の父親は様子がおかしいそうだ。彼女は王都オドフで今持ちきりの人狼伝説と、父親の豹変を繋げて見ている。勘違いなら幸運、そうでなければ最悪だ。


「あり得るかもな……」

「し、信じて下さるのですか……!?」


「実は昨晩、俺も見た」

「ピィィッ?! な、何をー……?」


「でかい怪物が人をさらって、夜の闇に消えてゆくのを見た」

「あっ、ロッテッ! 大丈夫っ、ドゥッ、介抱してあげてっ!」


 心の底で父親がまだ本物と信じていたのだろうか。リーゼロッテはベッドから立ち上がりかけたところで、ショックのあまりに背中から倒れ込んでいた。


 人狼が人をさらい、その人間になりすましている。この都市伝説がもし真実だったら、軽く被害や浸食を推測するだけでもおぞましい結末が見える。さらわれた人間が生きている可能性は、ゼロだ。


「ああ、ドゥ様、わたくしはどうしたら……」

「まだ推測だ。真偽を確かめるには、マッカバーン伯の書斎に入る必要がある。父親の足止めを頼めるか?」


「モモシコフは……貴方はモモシコフを連れて行ってしまうのですか……? そんなの、寂しい……」

「それは……」

「大丈夫! ボクチン、時間の合間に遊びにくるよっ! それにドゥが仲良くしてくれる友達を紹介してくれるって!」


 このモモンガをここに置いていった方が、俺としてはここの監視役になってくれて好都合だ。しかしこのモモシコフにはその気なんてまるでないようだった。


「ついてくるのか?」

「なんでそんなこと言うのーっっ?! ボクチンとドゥは一心同体でしょ! 死ぬときは一緒だって、約束したじゃないかーっ!!」


「覚えていない」

「ピ、ピィィ……ッ」

「あの……連れて行ってやって下さい……。モモシコフ、わたくし……ずっと貴方を閉じこめてしまって、本当にごめんなさい……」


 なんだ、いいやつじゃないか。リーゼロッテのその言葉に敬意を覚えた。

 話によると彼女がモモシコフを閉じ込めていたそうだが、ま、動物の飼い主なら当然だ。ペットを外に逃がすはずがない。


「ロッテッ、本当にいいのっ!?」

「モモシコフが遊びにきてくれるのも、悪くないと思いましたの……。ずっと閉じ込めてごめんなさい。わたくし、がんばってみますわっ、ドゥ様のために……!」


 では俺は仕事に戻る。父親が書斎を離れたら、モモゾウを使いに出してくれ。アンタは父親を足止めし、俺たちはその隙に証拠を――


「ドゥッ、ボクチンの名前っ、思い出してくれたんだねっ!!」

「すまん、間違えた。モモシコフだったな」


「違うよぉーっ、ボクチンはモモゾウだよぉぉーっ!! ボクチンたちの大切な人に貰った名前じゃないかーっ!!」

「ふふふっ……お任せ下さいドゥ様。よかったですね、モモシコフ」

「うん……。でも、ごめんね……本当に、ごめんね、ロッテ……。ボクチン、必ず会いに来るからねっ!」


 そういうわけで、俺たちは決行に向けて動いた。

 俺は小間使いの仕事に戻り、仕事の手を動かしながらチャンスの到来を待った。やがてしばらくすると腹の白いモモンガがお仕着せの肩に飛び込んできた。


「ロッテが止めてくれてるよっ、早く早くっ!」

「急かすな、モモシコフ」


「もーっ!」


 俺たちは書斎に急行し、鍵をピッキングでさっとこじ開け、書斎の内部に潜入した。

 中は妙な臭いがした。濃い香水の臭いに中に、鼻を刺すような不快な臭いが残っていた。


「書類は俺が調べる。モモゾウは隅々を探ってくれ、ロッテが欲しい情報が見つかるかもしれない」

「うんっ、任せて!」


 変なモモンガとの潜入と窃盗は不思議と心に馴染んだ。

 膨大な書類の中から、イルゲン村に関する物を確保すると、後は手当たり次第に荷物袋に入るだけ全てを盗み取った。


「ピィィィーッッ?!」

「モモゾウ、何かあったか?」


「こ、こここ、怖いよぉぉーっ、ドゥー……ッッ」

「静かにしろ……。ん、これは……うっっ?!」


 モモゾウが絨毯の端っこで腰を抜かしているのでめくり上げてみると、なんとそこに人の指が転がっていた……。

 そういえば執事長が言っていたな。小間使いが辞めてゆくと……。


「黒だな……」

「そ、それっ、も、持って帰るのぉぉーっ?!」


 書類で指を包み込んで袋に押し込んだ。ミッション達成だ。

 俺は荷物袋とモモゾウを用意しておいた清掃籠に入れて、堂々と屋敷の玄関口から外へと出た。


「モモゾウ、あの子に手紙を頼めるか?」

「いいねっそれっ。そうしよっ、ロッテ、いっぱい読み返して喜ぶと思う!」


 帰りの道すがらに俺は思った。どうして俺は、このモモンガが手紙を書けることを知っているのだろう……。


 そこから導き出される妥当な結論は1つ、俺はコイツを知っている。何も思い出せないが、俺とモモゾウは一緒にいるのが当たり前の関係だった。


ストックがなくなってしまいました。

どうにか「砂漠エルフ」の原稿が終わりそうなので、明日から執筆再開に動きますが、投稿が遅れるかもしれません。ご容赦下さい。


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