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7.盗賊見習いドゥ

「お、起きてっ、起きなさいっ! ドゥッ、こ、このお金っ、いったいどうしたのっっ!?」


 胸が痛いと思ったらそれは変態趣味の客の拷問ではなく、あのローザが怒り混じりに俺を揺すり起こすものだった。

 俺は自分を取り戻した。俺は、盗賊王に拾われた盗賊見習いドゥだ。


「なんだ、ローザお姉ちゃんか」

「寝ぼけてないで、こた、答えてっ! このお金っ、この宝石、このお財布っ、どこから拾ってきたのっ!?」


「そう怒り散らすなよ。盗んだに決まってるだろ」

「なっ……盗、盗んだ、の……?」


 身を起こすとそこはあの寒いログハウスではなく、アベルの店の店舗だった。暖炉の前から身を越し、財布から金を抜いて、金貨と銀貨と銅貨、それに宝石付きの指輪を仕分けした。


 それから必要数の銀貨だけ抜いて自分の懐に入れた。財布は足が付くので暖炉の薪に変えてやった。


「これ、お前に全部やるよ」

「えっ……」


「お前のために盗んだんだ。受け取ってくれ」

「バ、バカなこと言わないで……っ。盗んだ、お、お金なんて、私、受け取れない……」


「受け取ってもらう。どんな手を使ってでもな」


 金と指輪を袋に詰めて、ローザに握らせた。彼女は強情にもそれを拒んだ。この金で食べ物や道具を買って帰れば村の生活が楽になるというのに、彼女は潔癖だった。彼女は善人、俺は悪人だった。


「ローザ、綺麗事だけじゃあの村は助からない。受け取れよ、受け取らないなら酷いことをするぞ?」

「なんで……なんでそんなに、わる、悪い子に、なっちゃったの、ドゥ……ッ」


 その一言に気持ちがいらついた。ローザには言われたくない言葉だったからだと思う。


「これが本当の俺だ。受け取れ」

「嫌! 元のドゥに戻ってっ、あんなにやさしい、やさしいいい子、だったじゃない……っ」

「――では、その金は私がいただきましょう」


 そこにアベルがやってきた。倉庫から売り物である薪を抱えて、彼は俺とローザの手から金の詰まった袋をかすめ取った。


「アベルさん……!?」

「この金は私の方から村に還元しておきます。次の仕入れのついでに渡しておきましょう」

「1つ言っておく。猫ババしたらアンタを刺す」


「そ、そんな恐いこと、言っちゃ、ダメ……ッ」

「フフフッ、それが貴方の本性ですか」

「記憶が戻ってきたんだ。ローザには悪いが、俺はどう取り繕っても最低のド外道だった」


 そう俺が自己申告すると、アベルの口元が奇妙な笑顔を浮かべてつり上がった。こいつも相当に歪んでいるみたいだな……。


「しかし、どうやってこれだけの金を盗んだのですか?」

「金持ってそうなやつらからスった。それだけだ」

「そんな……」


 昨日の俺の仕事は盗賊王の流儀から外れている。記憶がなかったとはいえ、やっちまった感が残った。


「ドゥくん……よければもう一仕事頼めませんか?」

「仕事……?」

「ま、待ってっ、ドゥはまだ子供なのっ、これ以上、ダメ……ッ」


「あの村のためになる仕事です。ある屋敷から盗んでほしい物があるのです」

「屋敷への潜入か……。いいぜ、なんでかわからないが、そういう仕事は楽勝な気がしてきた」


 ローザは俺たちを止めようとしたがそれは無理な話だった。俺の精神はマグヌスにより良心を破壊され、盗賊王の教えがそれを修復してくれた。

 恩あるローザとアベル、そしてあの村に酬いるためならば、俺は盗賊の流儀に従う。


「ローザ、貴方は一度村へと帰りなさい。よくよく考えれば、いつあの徴税官たちが現れるかわかりませんから、村長へこの金を事前に届けておくべきでしょう」

「で、でも……」


「イルゲン村のためです。貴方は村長の娘、仲間を守る義務があるでしょう?」

「っっ……。わ、私……わかり、ました……」

「アンタは何も気にする必要ないんだ。汚れ仕事は俺に任せておけ」


 無意識に口から出たその一言『汚れ仕事』は、しばらく俺を思慮の海へと引きずり込んだ。俺はいつかどこかで、汚れ仕事を専門に受け持っていた。

 そしてそこには、いつだって大切な人が隣にいて、俺は――


 その人や大切な仲間たちの前から逃げた。そんな気がしたが、きっと気のせいだ。


先日、平行連載の砂漠エルフが250話で完結を迎えました。

書籍版1巻の準備も並行しています。

よろしければこの機会に読みに来てください。

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