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3-2.悪童ドゥ - 徴税長官パブロ -

 朝がきた。ローザはパン焼き、俺は水くみの仕事に出た。

 なんであの豊かなセントアークで、間抜けから食べ物を盗んで暮らしていた俺が、こんな地道な仕事をしなければならないのだろう。


 この状況から抜け出すために、これからの段取りを組みながら俺は村の連中に従った。一応、恩義は感じている。特にあのローザにだ。あのお人好しが俺を助けてくれなかったら、俺はこの冷たい雪の世界で氷漬けになっていた。


「あ、ありがとう、ドゥくん。昨日は、お、お父さんがごめん、なさい……」

「お前らは別に間違ってねぇよ。人を助ける余裕なんてこの村にはない。あのアベルが言っていた通りだった」


 昼は黒パンと茶色い根菜だけの粗末なスープを、ローザと一緒にすすった。

 俺の中には妙な喪失感があった。それを穴埋めしてくれるのが、このローザという赤ら顔のやや残念な美人だった。


「ごめんね、ア、アベルさん……普段は、ああじゃないの……」

「厳しいやつだったな」


「うん……それは、そ、そうなんだ、けど……。いつもはもっと、や、やさしい、人、なの……」

「お前が言うならそうなんだろうな。だが、全ての人間に公平にやさしくできる人間なんていない。お前がいい人間だから、アベルはお前にやさしいんだ」


 変だ。ローザと話していると無性に寂しくなってくる。なぜだかわからないが、こうしていると何かが足りない気がしてくる。

 俺はいったい、どこで何を失ってしまったというのだろう。


「ドゥくん、どうしたの……?」

「な、なんでもねぇよ……」


 無性に寂しくてたまらないから俺の手を握ってくれ。そう人に伝えられる素直さは、俺にはもう残っていなかった。



 ・



 午後は昨日と同じ製粉、ローザはあの冷たい水で洗濯を始めた。積雪中の今は農作業もできず、男たちの大半は王都での出稼ぎに出ていた。わざわざ山まで行って薪を集め、凍えながら帰ってくる木こりたちもいた。


 夕方前になると、俺は今日のノルマを全て終わらせた。俺はもう昨日までのガキじゃない。俺はセントアークの悪名高きこそ泥だ。


「アベル、ちょっといいかよ?」

「ドゥくんですか。はて、どうかしましたか?」


 悪童ドゥは王都で商店を経営するアベルに声をかけた。聞いた話によるとこの男は、この村から品物を買い取り、自分の店でそれを販売して利益を上げている。いわばこの村のお抱え商人だ。


「積み込み大変そうだな。手伝うぜ」

「君が……? どうやら、あの幼児対抗から覚めたようですね」


「情けねぇところを見せた。でよ、積み込みを手伝うから俺を王都に連れて行け」

「私は構いませんが、村の仕事はどうするのです?」


「この村には恩がある。王都で稼いで礼をするつもりだよ」

「…………いいでしょう、貴方を信じます。では、倉庫から薪を――ん?」


 そこに妙な連中がやってきた。北国仕様の木製の握りのサーベルと、お役人風の紺色のコートをまとった連中だ。アベルは言葉は丁寧だが激情を内に秘めた男で、激しい敵意の目でそいつらを睨んだ。


 一番真ん中の男はでっぷりと太った大男で、背丈も周囲の連中より頭半分も大きい。アベルの敵意はそいつにだけ向けられていた。


「アベルくぅ~ん、また君かね。まだこんな金にならない村に手を差し伸べているのかね? ははは、暇だねぇ君も」

「ええ、まあ。そちらも相変わらずのようですね、パブロ徴税長官」


「まあちょうどいい。さてアベルくん、こちらの書類を見たまえ」

「ほう、拝見いたしましょう。……ふむ、また臨時徴収ですか」


「左様。本日中に支払えないようならば、差し押さえを行う」


 様子を見てみれば敵意を向けるのも納得のクズ野郎だった。俺はアベルと並んでクソ野郎を睨んだが、相手はこちらを見向きもしなかった。


 全てを読み返すと、アベルは書類を返却した。それから自分の馬車まで行くと鍵音を鳴らして何かを取り出し、布袋を両手にこちらへ戻ってきた。


「ついていますね、パブロさん」

「む……?」


「最近とても大きな臨時収入がありまして、そのくらいの額ならば私が立て替えられます。……さあ、どうぞお納めを、徴税長官殿」

「な、何……? これは、偽金ではないのか……? おいっ、調べろ!」

「はっ、パブロ様!」


 パブロの部下が金貨を鑑定して、やがてそれが本物であると保証した。

 しかしそこから先がどうも妙だ。パブロは忌々しげにアベルのやつを睨んで、苛立った様子で金貨袋を受け取った。


「全額、確かに受け取った……」

「ではお帰りを」


 鼻息を鳴らしてパブロはアベルを睨み、それから俺にも一瞥だけを向けた。

 金を全額納めたのに不満だなんて、妙な野郎だった。


「帰るぞ」

「あっ、ローザ!!」


 しかしこのまま何もせず見ているだけなんて、俺の気が済まない。俺はたまたま通りがかったローザに声をかける振りをして、金貨袋を持った徴税官の1人に体当たりをした。

 金貨が雪の上に落ちて、俺の方は体格差に転ぶような演技をしておいた。


「どこに目を付けてんだ、クソガキ!」

「悪い、女に見とれて気がつかなかったわ」


 4枚ほどを雪の下に隠して、彼らが金を拾い上げて去ってゆくのを見送った。


「ドゥくん、だ、大丈夫……?」

「へへへ……っ、金の勘定くらいしてから行けばいいのにな、あのマヌケども」


「な、なんの、話……? えっ、ええええーっっ?!!」

「ほらよ、アベル。アンタの金だぜ」


 雪の下に埋め込んだ金貨を拾い上げて、冷たく凍り付いた金貨をヤツに差し出した。アベルはその金を受け取らず、呆然と立ち尽くしていた。よっぽど俺の技が鮮やかで驚いたんだろうか。


「おい、冷めてぇんだからさっさと受け取れや、この慇懃無礼」

「ああ……すみません。驚いて、しまって……」

「ドゥくん……っ、ひ、人のお金、盗んだら、だ、だめ……っ」


「盗んでねぇよ。こいつはマヌケなあいつらが勝手に落としていったんだ。返すかどうかは、アベルが決めりゃいい」


 アベルへのいいデモンストレーションにもなっただろう。

 俺はお前が思っているほど無能じゃないと、こそ泥の技を見せつけてやるのは気持ちがよかった。


「王都行きの馬車賃にしては、これはいささか大き過ぎませんか?」

「ま、待って。ドゥくん、王都に、行くの……?」

「おう、水くみとか、粉挽きとか、あんな仕事ちまちまやってられっかよ。もっとでかい仕事でテメェら命の恩人に酬いてやるよ」


「な、ならっ、私も、お、王都について行く! だって、心配、だから……っ」


 ま、いいんじゃねぇか。こんな夢も希望もない寒村に閉じこもってこき使われて暮らすより、都会を見た方がいいに決まってる。

 俺の母さんや父さんだってそうだった。苦しい生活に堪えきれずに故郷を捨てた。


 俺たちは搬送を手伝って、王都行きのアベルの荷馬車に乗せてもらった。


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