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3-1.悪童ドゥ - モモシコフ・モフモフビッチ -

・モモシコフ・モフモフビッチ


「モモシコフッ、かわいいわたくしのモモシコフ・モフモフビッチ♪ はいっ、貴方が食べたがっていたピスタチオとピーナッツよっ、どうぞお食べっ♪」

「ボクチンはモモシコフじゃないよぉーっ、モモゾウだよぉーっ!」


 ボクチンの名前はモモゾウ。姿は小さいけれどボクチンは盗賊ドゥの片割れなんだ。

 だからボクチンはこんなところで油を売っているわけにはいかないのに、このお嬢様はボクチンの言うことをちっとも聞いてくれない!


「まあそうでしたわね、モモシコフ。でももう貴方はわたくしの物なのですから、これからはモモシコフと呼びます。わがままなのはわかっていますが、そこだけはわたくしは譲れません」

「だったらボクチンを外に出してよーっ!!」


「それもダメです……。だってわたくし、モモシコフしか話し相手がいないんですもの……」

「お友達ならボクチンが紹介するよぉーっ、だからお願いだからっ、ボクチンを少しだけ外に出してーっ!」


 ボクチンは皿の上で自棄ピーナッチュとピスタチオをカリカリして、雰囲気はやさしいんだけど人の話を全然聞かないお嬢様に全身で抗議した。


「まあ、抗議してますわ! なんてかわいい姿なのでしょう……っ」

「ボクチンの話聞いてよぉーっ! ボクチンの相棒がピンチなんだってばーっ、助けないといけないのーっ!!」


「聞いてます、聞いてますよ。その方もモモンガさんなのですよね?」

「全然聞いてないじゃないかーっ! ドゥは人間の男だよぉーっ!」


「お、男……男の人なんて私、無理です……っっ」

「だーかーらーっ、ボクチンの話を聞いてよぉぉーっっ!!」


 リーゼロッテお嬢様は悪い子じゃないの……。

 でも話を聞かないし、ボクチンを絶対に外に出したくないみたい……。


「ドン様というのは、ど、どんな、男の人なのですか……?」

「ドゥだよっっ?! ドゥは夜の闇みたいにかっこよくてっ、それにいつだって弱い人たちの味方でっ、でも凄く凄く不器用で、ボクチンが隣にいないとダメな人なんだっ!」


「素敵な方ですのね……。で、でも、わたくしは殿方と目を合わせるのも無理で……む、難しいと思います……」


 ダメだ、会話が全然通じてないよぉ……。

 ボクチンはピーナッツをまたかじって、独りぼっちで可哀想なこの子をどうすればいいのか、いっぱいいっぱい悩んだ……。



 ・



・悪童ドゥ


 日に日に疲れ果ててゆく母と、日に日に壊れてゆく父を見てゆくのがつらくて、俺は生まれ育った家と家族を捨てて私生児となった。

 盗めばいくらでも新鮮な食べ物が手に入って、どんな贅沢だってできると教えてくれたのは、似たような境遇にあった年上の同じ私生児たちだった。


「やるじゃん、ドゥ!」

「まだチビのくせにお前器用だなぁ!」

「あのおっさん、スられたことにまだ気付いてないぜ」


「お前スリの天才だよ!」

「うちのアジトにこいよっ、かわいい女の子もいるぜ!」


 しくじった仲間は監獄行き。その後はよくて孤児院、最悪は炭坑送り。だが捕まりさえしなければ、若い身体に十分な栄養を行き通らせられる。


 リーダーが1人消え、代わりのリーダーがまた捕まって消え、やがて俺が私生児たちのトップに立っていたのは、一重にこのこそ泥生活の過酷さゆえだった。

 次第に俺は仲間に尊敬されていった。しくじらずに確実に食べ物を運んでくる悪童ドゥは、今思えば彼らの命綱も同然だったからだろう。


「ドゥ……ワシの物にならんか? その歳であれだけの悪ガキどもを率いるだなんて、お前はただ者ではない。お前は悪党の中の悪党だ。お前は私の下で働いて、もっと黒く染まるべきだ……ドゥ、ワシのドゥ……」

「ぶっ殺すぞ、変態野郎。俺はお前みたいなやつが嫌いだ。俺たちガキを食い物にしやがってっ!」


「ははははっ、ワシは平等だよ。ガキも、大人も、男も女も老人も、平等に売り払うよ! ワシは人攫いのマグヌス、お前の運命を運んできた男だ……」


 人攫いのマグヌス。あの男に出会わなければ、あの男に魅入られなければ、俺の人生はただのこそ泥で終わっていただろう。いつかは兵士に捕まって、炭坑の奥底で肺をやられ、父と同じ末路を描いただろう。


 あの男は今も多くの人々を苦しめる悪だ。家族の絆を誘拐で引き裂く悪魔だ。だがあの悪党が、俺の人生を変えた。悔しいがそれが現実だ。俺の幼少期は惨めで、貧しく、無教養で、夢も希望も何もなかった。



 ・



「だ、大丈、夫……? うなされてた、み、みたいだから、ご、ごめんね……」


 その先で起きるはずだった最悪の悪夢を見る寸前で、俺はローザに揺すり起こされた。雪国の田舎者らしい赤ら顔はややマイナスだが、ローザはあらためて見ると俺好みのいい女だった。


「いや、助かった。あと少しでマグヌスのクソ野郎に、俺は……」

「ドゥくん……?」


「ありがとよって言ったんだよ。なんだよ、俺がこんな喋り方したら変かよ?」

「だ、だって……。あっ、も、もしかして、昔のこと、思い出したの……?」


「ま、そんなとこだ。俺はセントアークのこそ泥ドゥ。私生児と一緒になって王都を荒らし回って、それから――クソッ、あの野郎、絶対に許さねぇ……っっ」


 俺は同じ毛布で眠るローザを見た。気の強い表情をするようになって、ローザはだいぶ戸惑っている。だがふいにそのお腹が鳴って、彼女は恥ずかしそうにうつむいた。


「俺に飯なんかやるからだ。お前みたいなバカなお人好し野郎、俺は今まで見たことねぇよ」

「え、えへへ……よく、言われる……。でも、苦しいからこそ、みんなで、助け、助け合わなきゃ、いけないでしょ……っ」


「自分のことを先にしやがれ、バカ野郎。……言いたいことは、まあわかるけどよ」

「私、こ、後悔、してないよ……。ドゥくんが、げ、元気になって、よかった……」


「お前……。お前は大バカだ」


 プラチナブロンドのローザの無垢な微笑みを見つめ返していると、俺はふいに違和感を覚えた。

 俺は何か大事なことを忘れている。今すぐ急いで何かをしなければいけない。だが何をわすれているのかが、いくら考えてもわからなかった。


「どうしたの、ドゥくん?」

「俺を子供扱いすんな」


「私から、み、見たら、まだ、子供……だと思うよ……?」

「はっ、どうせガキだよ。ガキで悪かったな、バーカ」


 野鳥のさえずりはまだログハウスの外から聞こえてこない。俺は炎の消えた暖炉の前でまた目を閉じて、ローザの温もりに身を寄せた。これから始まる過酷な一日に備えて。


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