表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/192

2-1.刑 - 赤ら顔のローザ -

 俺の父はヨートスという名の男だった。出自はよくわからない。両親との繋がりもなく、王都セントアークで労働者をしていたところからして、母と同じくどこからかやってきた田舎者だったのかもしれない。


「見ろドゥ! あの城壁の白くなってるところがわかるかっ! あそこはな、父さんが作ったんだぞ!」

「わぁぁ……とうさんっ、すごいっ!」


「ははははっ、そうだろ。お前の親父は薄給だが人に誇れる仕事をしてんだぜ。あの城壁がいつの日か訪れるこの国の危機から、お前と母さんを守るってくれんだ!」

「そうなんだ……。よく、わからないけど、とにかくとうさんはすごいっっ!!」


 あの頃の俺は純粋だった。父のことが大好きだった。肺の病で気がおかしくなってしまう前は、本当に大好きだった。


「ドゥ、早くでかくなって父さんと母さんを楽させてくれよーっ!」

「あ、汗くさいよ、とうさん……っっ」


 そんな汗臭い父親に肩車をされて、高い高いセントアークの防壁を俺は見上げた。あの防壁は父が築いた俺の誇りだ。純粋な少年だった俺には、父こそが世界で一番の憧れだった。


「うっ、ゲホッゲホッ、ウッグェッ……」

「と、とうさん……だいじょうぶ……?」


「ドゥ……早く、大きくなるんだぜ……。そしたら、お前が母さんを守るんだ……わかったな?」

「う、うん……」


 あの病さえなければ、俺と母の運命はこうはならなかった。あの病さえなければ、俺は平凡な労働者の息子として、やがては父と同じ肉体労働者になっていただろう。


「どうした、ドゥ?」

「父さん……俺は……」


 俺は、クロイツェルシュタインの英雄になったんだ。父さんの築いたあの防壁と母さんを守り抜いたんだ。俺は……。


「俺は、父さんの誇りになれたか……?」

「何を言ってやがる。ドゥ、お前は俺の誇りだ。お前なら母さんを守ってくれるって、俺は信じていたぜ! よくやったっ、よく母さんと父さんの防壁を守ってくれたな!」


 こんなものは夢だ。俺が父さんにそう言ってもらいたいだけだ。今の俺は盗賊だ。ついに断罪者が俺の前に現れ、俺に引導を渡した。人の幸せを壊したんだ。復讐されて当然だった。


 ここは地獄にしては穏やかだ。俺が天国に行けるはずもないので、そうなると俺はまだ死んでいないのかもしれない。

 だが俺は何かをされたみたいだ。次第に思考回路が乱れ、単純なことしか考えられなくなっていった。


「とうさん、ぼく、ぼくは……」


 あれ……ぼくは、だれ……?

 ぼくは、ここで、なにを……。さむい……。すごく、さむい……。さむいよ、とうさん……。



 ・



「あっ……よ、よか、た。え、えと、だ、大丈夫……?」


 夢から目を覚ますと凄く苦しかった。それに凄く寒くて、凄く息ができなくて、なんでか凄く悲しかった。

 ぼくの前には大きなお姉ちゃんがいる。銀髪が綺麗で、ほっぺが赤くて、やさしそうなお姉ちゃんだった。


「おねえちゃん、だれ……」

「わ、私っ、ローザッ……。そんなことより、く、苦しそう……。大丈、夫……?」


「寒い……。それに、おなか、すいた……」

「ま、待って、パンなら、あ、ある……。冷めちゃったけど、ス、スープもあるよ……っ」


 ローザお姉ちゃんは喋るのが下手だった。お姉ちゃんはぼくと一緒に入っていた毛布から出ると、親切に抱き起こしてくれた。

 知らないお姉ちゃんだけどやさしくて、すぐにぼくはローザおねえちゃんが好きになった。


「美味しい……?」

「うん……。おいしい……こんなにおいしいの、ひさしぶり……」


「よかっ、た……。あ、名前、き、聞いても、いい……?」

「ぼく、ドゥ」


「変わった、な、名前だね……。でもドゥはどうして、あ、あんなところで、ね、寝てたの……?」

「しらない……。そんなの、しらない。わかんないよ……」


「覚えてないの……? わ、私、王都の路地裏で、た、倒れてる、あなたを、拾ったの……。お父さんや、お、母さん、は……?」

「……ぼくは、ずっとひとりぼっち……ううん……弟、んん、違う……。わからないけど……ともだちと、ずっとふたりだけ、だったと思う……」


「も、もしかして、昔のこと、お、思い出せないの……?」

「昔……? 昔……あれ、ぼく昨日まで、なにしてたんだっけ……。ねぇお姉ちゃん、ぼく……ぼくは、だれ?」


 ぼくはなんだか変だ。ぼくの中に違うぼくを感じる……。

 でもぼくは、ぼくしか思い出せない……。


「そんな、可哀想……。わ、わた、私が、なんとかするから……っ。今は身体、な、治して……っ」

「ありがとう、お姉ちゃん……」


 お腹がいっぱいになったら、ぼくはまたローザお姉ちゃんに甘えて一緒に毛布に入ってもらった。お姉ちゃんのお腹が鳴って、不思議そうに僕が顔を見ると、赤い頬をもっと赤くして笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ