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1.贖罪の日

 全ては油代さえ惜しむあの真っ暗闇の酒場から始まった。そこは雪の振りしきる国シルヴァランド。一年のうちの約半分が雪に覆われることになる白銀の国だ。その王都ケラクの歓楽街の街外れにて、俺は今日までの傲慢と独善の代償を支払うことになった。


 いつかはこうなる日が来ると思っていた。それは遅いか早いかの差違でしかなく、いずれ俺はこうなる宿命だった。逃げても逃げても逃げても、それは常に俺の背中に立っていた。


 断罪者。いくら逃げてもいつかはそいつに捕まって、俺たち盗賊は己の犯した罪をあがなうことになる。それが罪人の避けられぬ宿命だった。


 贖罪の日。それは望むとも望まざるとも、誰にでもいつかはやってくる。俺たちはそれから決して逃げられはしない。



 ・



 シルヴァランドの雪はまるで綿のように軽い。その冷たい雪から肌を毛皮コートで守りながら、俺はとある男と場末の酒場へと入った。


 そいつはR.Aと名乗る盗品屋だ。ヤツは俺と共に奥の席に落ち着いてもコートもマスクも取らず、ランプの薄暗い光に照らされながら、俺が持ち込んだ盗品を物静かに鑑定していた。


 R.Aは見るからに怪しい男だが、裏での評判はかなりいい。客を騙すこともなければ、過度に足下を見ることもない。カドゥケスと通じていない点も俺からすれば大きな評価点だ。


「繁盛しているねぇ、お客さん」

「まあまあだ」


「へへへ、ごゆっくり……」


 酒場の男が注文の火酒と煎った大豆を配膳して、テーブルに並ぶ宝飾品を見て見ぬ振りをした。

 俺は火酒を遠ざけ、袋で眠っているモモゾウを取り出して、大豆の皿の上に乗せてやった。


「まただいじゅ……? ねぇ、ピーナッチュとピスタチオはないのー……?」

「探しておく」


「やったぁっ!」


 モモゾウが丸い大豆をかじるのを眺めながら、俺は鑑定の結果を腕を組んで待った。すると盗品屋は静かにこちらに目線を上げて、今し方鑑定していた宝石をテーブルに置いた。


「終わったのか?」

「いや……酒を飲みたくなった。だが、相手が飲まないと手を付けにくい」


「だったら酒は諦めろ。俺はこういう場では何も飲まん」

「なら失礼」


 R.Aは俺の分の火酒をあおり、それから自分の分の酒も胃に流し込んだ。

 北方の連中っていうのはどうしてこんなに酒が好きで、酒にべらぼうに強いのだろう。マスクの下からのぞいた口元は若々しく、ざっと身で20代後半くらいに見えた。


「……全て本物だった。締めて、このくらいでどうだ?」

「あまり足下を見ないという噂は本当らしいな。いいぞ、十分良心的だ」


「そちらこそ噂通りだ。盗賊ドゥ」


 盗品屋がシルヴァランドの金貨をテーブルに並べ、俺はその勘定をした。

 やはり素性を見抜かれていたことに小さなため息を吐いて、最後に俺は報酬を自分の布袋に収めると席を立った。


「もう行くのか?」

「いい取引だった」


「盗賊ドゥ。その金をお前は、噂通りに貧民街へと撒くのか……?」

「ああ、そうする日もあるし、そうしない日もある」


 やっとお喋りをしたくなったのか、R.Aはテーブルに着席するように俺を促した。モモゾウはまだ皿の中で豆をかじっている。


「もう一つ質問だ。なぜ勇者とまで賞賛されておいて、祖国を離れてこの国にきた? 勇者ドゥ、お前は盗賊を辞めて貴族になることだってできたはずだ」

「俺は死ぬまで盗賊だ。それと、俺は勇者じゃない。ただの自分勝手な悪党だ」


「なぜこの国に留まっている? なぜ祖国を拠点にしない?」

「その質問、アンタの仕事に関係あるのか?」


「答えろ、盗賊ドゥ。なぜこの国にきた?」

「……穏やかじゃないな。理由は単純だ、俺は人に恨まれている。そんな人間が誰かと親しくすれば、その者が逆恨みを受ける。……だから誰も俺のことを知らない国にきたんだ」


 この国は盗賊ドゥを誰も知らない。俺を英雄だ、勇者だと讃えるやつもいない。カーネリアやオデット、アイオス王子との生活は楽しかったが、俺は孤独な盗賊として生きていきたい。彼らはあまりに俺から見てまぶしくまとも過ぎた。


「盗むことに罪悪感を感じたことは?」

「盗品屋がそれを聞くか? いちいち罪悪感を覚えていたら、こんな生活続けられないさ」


「なら、足を洗おうと思ったことは?」

「ない。盗賊王がきっとそうしたように、俺は破滅を迎えるその日まで盗みを止めない」


「そうか」


 言葉よりも先に肌で感じた。この盗品屋R.Aは俺のことを恨んでいる。だが意外なことに彼は腰の短剣を抜かなかった。


「モモゾウ、帰るぞ。こっちにこ――ぁ……?」


 立ち上がるとふいに身体が揺れて、俺は床に片膝を突いて踏みとどまった。

 自分自身が毒使いだからわかる。この症状は毒による麻痺だ。人を殺すための強力なものではなく、相手を無力化させるための毒を使われてしまった。


「ドゥッ、どうしたのドゥッ?! あ、あれ、あれ、れ……」


 納得がいかない。こうならないように細心の注意を払っていたのに、モモゾウまで俺の肩の上で痺れている。いったいどうやって、コイツが俺に毒を盛ったのかわからなかった……。


「現れなければよかった。シルヴァランドに現れさえしなければ、俺たちの運命は交わることすらなかっただろう。だが、お前はここに現れた……」

「た……の、む……。モモ、ゾ……」


 頼む。モモゾウだけは許してくれ。せめてモモゾウの命だけはと伝えたいのに、舌が思うように回らない。


「父と母はやさしい人だった……。領民からも愛され、神殿への寄付を絶やさない立派な人たちだった……。なのにお前は、お前はあんなに立派だった両親から……金を盗んだっ!!」


 R.Aは復讐者だった。彼はわざわざ俺たちの席にあったランプの火を消して、別のランプを自分の足下に置いた。麻痺毒の発生源はあのランプだ。店に入っても彼がマスクを外さなかったのは、この状況を作り出すためだった。


「あまつさえ、お前は父と母に罪を着せた!! お前はありもしない証拠をでっち上げっ、俺の父と母を人さらいの仲間に仕立て上げた!! 父は首を吊りっ、母は病にかかって死ぬまで呪詛を吐き続けて逝ったよっっ!!」


 相手の名前は思い出せないが、その話に身に覚えがあった。その貴族は人さらいのマグヌスと通じて、あろうことか領民を闇の世界に売り払っていた。

 これは逆恨みだ。だが彼にとってはそうではない。俺こそが父と母の仇だった。


「何が英雄だ!! 何が救国の勇者だ!! 俺は知っているっ、お前が傲慢な断罪者であることを!! 赦さないっ、絶対に俺はお前は赦さない!! お前がっ、お前が俺たち家族の幸せを壊したんだっっ!!」


 麻痺した肉体でこの復讐者から逃げるすべはない。俺は彼に殺される。今日までの傲慢と身勝手を報いを受ける日がきた。覚悟はしていたが、俺の末路はやはり悲惨だった。


 カーネリア、すまん。もうアンタの美しい赤毛を見れないなんて残念だ。

 オデット、もうアンタとプルメリアを助けてやれないみたいだ。ランゴバルド領の復興を最後まで見られなくて悲しい。


 アイオス王子。アンタには歳の近い弟のような感情を抱いていた。素直にこの気持ちを伝えればよかった。

 それと、ペニチュアお姉ちゃん。運良く俺の死体を見つけたら、好きに使役してくれてかまわない。今度こそ俺は本当の父親になろう。だが、最大の心残りは――


「お前にこの指輪をはめてもらう。爵位を失い、平民以下に落ちぶれ痩せ衰えていった父と母の苦しみを、お前にも味あわせてやる……」

「たの、む……。モモ、ゾウ……だけ、は……」


 モモゾウだけは幸せに生きてほしい……。


「反吐が出る!! お前の家族も同罪だ、盗賊ドゥ!! 苦しみ抜いて死ね!!」


 霞む視界の中で、俺は右指に奇妙な指輪をはめられた。

 彼の言葉からしてまず真っ当な物ではない。事実、急激に俺の意識は遠のいていった。


「盗賊ドゥ。楽に死ねると思うなよ……」


 俺は酒場から引きずり出され、寒空の下に捨てられた。

 復讐者が現れた。ついに長いこと払い損ねていたツケを支払う日がきたのだと、俺は覚悟を決めるしかなかった。


 願わくば、モモゾウだけは、モモゾウにだけは運命神の慈悲を。


長らく更新が滞ってすみません。2日に1話投稿のペースでゆっくりやっていきます。


この章は「ドゥ本人の業」がテーマです。

予定では6~7万字ほどで完結の予定で、そこからさらなる展開に続く構成になります。気ままに追ってくださると幸いです。


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