・エピローグ2/3 臆病と蛮勇
・ベロス総司令
「ベロス、何をぐずぐずしている。突撃しろ!」
最初はガブリエルのやつだった。大河を越えて、対岸の敵軍に突撃をしろとホーランド公爵の命令を運んできた。
気でも狂ったのだろうか、ホーランド公は。ガブリエルは対岸の軍勢に盗賊ドゥがいると思い込んでおり、この無謀な決断に強く賛同していた。
「ガブリエル、共に旅をしていた頃のヤツを思い出せ。あの男は、常に先回りをして物事のお膳立てを済ませて俺たちを待っていた」
「何が言いたい……。俺は、ヤツに復讐できるなら、もうなんだっていい……」
その気持ちはよくわかる。だが今の俺は軍の総司令。立場が同じ復讐鬼である俺に理性をもたらしていた。
「あの男は、本陣に留まるような人間ではない。どこか別の場所で破壊工作をしているだろう」
「あの軍勢に、あの薄汚い盗賊はいないと……?」
「そうだ。数日様子を見よう」
ガブリエルは俺の提案に納得した。ホーランド公は激怒するだろうが、突撃すればかなりの確率で負ける。そうなれば俺は愚将として歴史に名を残す。論外だった。
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「ベロス総司令、ホーランド公爵はご立腹であらせられるぞ! 突撃せよっ、対岸の敵軍を薙ぎ払え!」
3日後、小貴族が突撃の督促を持ってきた。だが状況は改善するどころか悪化している。マグダラが裏切り、祭司長を奪われたのが痛手だった。この戦、もはや勝ち目はない。
「断る。俺は負ける戦いはしない。文句があるなら自分で兵を率いて突撃しろと、ホーランド公に伝えろ」
「ベロス、命令に逆らう気か!?」
「貴族に上も下もない。この軍の指揮官は俺だ!」
名誉を失うくらいならば解任された方がまだいい。俺はホーランドに媚びへつらう愚かな貴族に、剣を向けて追い返した。
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さらに2日後、そしてそのまた2日後、それから連日の突撃命令が届いた。
「ベロスッ、お前を総司令の座から解任する!! 今日からこの私が指揮官だ!!」
「ふんっ、笑わせるな。この軍は貴様には渡さん」
「な、なんだと……!?」
「奪いたくば、武力で奪い返してみせよ!」
「バカなっ、そんな理屈が通用するわけが――いっっ?!」
剣を閃かせ、バカ貴族の頬を浅く斬った。ヤツは流血に悲鳴を上げて、俺に殺されると思ったのか叫び声を上げて逃げていった。
「いやいや、見ましたよベロス様ぁ~? 過激なことされましたねぇ~?」
「不服か? 不服なら裏から軍を掌握するか、俺を殺せばいい」
すると副官のやつにからまれた。総司令の座を狙う、ネチネチとした嫌なやつだ。
「うんこたれのベロス」
「死にたいのか?」
「いえ、そう言ったことを撤回しましょう」
「……なんだと?」
「我が軍に、ベロス総司令を廃して別の者をリーダーにすえようだなんて、そんなバカなことを考えるやつは1人もいないですよぉ~。冷たい大河を泳いで渡らされた上に、対岸で待ちかまえる敵に突撃させられるなんて、絶対に嫌ですよ……」
命惜しさ。軍隊としては妙な動機で俺たちは一致団結することになった。ガブリエルは不満そうだったが、ドゥの居所が見つかり次第伝えるという条件で手懐けた。
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かくしてその日がやってきた。連日やってきた督促が急に途絶え、妙に感じた俺は王都へと念のための偵察隊を送った。だが、偵察隊は予定時刻になっても帰ってはこなかった。
すぐに数を増やしてもう偵察を1度送った。だが夜が明けても偵察隊は1兵も戻ってこなかった。
「おや、ベロス総司令……? どちらにお出かけで?」
「王都の様子を見てくる。その間、軍の指揮権はお前に預けよう」
「……ほぉ~~、そうなると、ははぁ~。私も急に偵察に同行したくなってきましたなぁ~?」
「どこまでもいけ好かない男だ……。長い偵察になるぞ?」
「首を落とされるよりはマシでしょう。100名を超える偵察兵が1人も戻ってこないなんて、可能性は他にそうないでしょうなぁ~?」
「うむ……」
職務を放棄する理由ができた。つまりは、ただでさえ最悪の旗色がついに限界を迎えた。どちらにしろこの戦に勝ち目はもうない。
「なんだ、ベロス?」
「ガブリエル、貴殿にだけは友人として伝えておこう。……逃げろ」
「逃げろ、だと……? この俺に、盗賊ドゥから逃げろと、そう言ったのか、ベロスッッ!!」
「そうだ、逃げろ。この戦、俺たちの負けだ。その首を雑兵どもに落とされたくなければ、身を隠せ」
俺は剣に手をかけながら、正気を失っているガブリエルに状況を伝えた。ガブリエルは愚かな子供のようにうながっていたが、じきに落ち着いた。
「そして、お前には余計なお世話かもしれないが……。昔のパラディン・ガブリエルに戻ってくれ」
「また、負けたか……」
「あの男は怪物だ」
「クククククッ……あの高慢なベロスの言葉とは思えんな。また、生きていたら会おう……」
「うむ。我々の完敗だ」
俺たちは軍資金を盗んで逃げた。見下してきた盗賊ドゥの真似事だ……。いざやってみると、なかなか悪くないスリルがあった。
ガブリエルがどう思っているかは定かではないが、ドゥへの憎しみの炎は俺の中で消えていた。完全なる完敗だったからだ。
やつは勇者パーティを影から支えたあの手腕で、蹂躙されるはずだったランゴバルド領を守り抜いた。アインガルド大橋を停止させ、ガブリエル率いる追撃隊を陥れ、反乱を引き起こした。
さらにはバース監獄に現れ、諸侯を解放し、決起させたことで、大河を挟んで拮抗していた戦いを優勢へと導いた。そして――
ついには王都に単独で潜入し、奇しくも勇者パーティの汚れ役としての役割を果たした。ホーランドの正体は、俺とガブリエルが倒すべき存在である魔将だった。
復讐心にかられて、俺は魔軍の味方をしてしまった……。きっとガブリエルもまた、今頃は同じ葛藤をしているだろう。
完敗だった。もはや憎しみの心はない。憎悪を捨てた俺の胃腸は、まるで新品に交換したかのように穏やかで毎日が快弁だった……。




