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8.簒奪の町リバードゥーン

 犯罪者にとってこの国はちょっとした楽園だ。悪事を働いて兵隊に追われることになっても、領境さえ越えてしまえば向こうはこちらを追ってはこれない。


 なぜならば、貴族最大の敵は貴族だからだ。もしも他家の領地に兵を送れば、それは家同士の深刻な対立を招く。だからやつらは領境を越えられない。


 いくらあのヒキガエル野郎(ピッチェ)が後先考えずに臨時徴収を繰り返すバカ領主でも、この鋼鉄のルールだけは侵さないと断言したっていい。


 この国の貴族と貴族はいつだって不信の目を向け合って、政争に明け暮れ、俺たち犯罪者に棲みよい環境を作ってくれていた。



 ・



 夜通しでロバ車を押して、日をまたいだ昼過ぎにリバードゥーンの町に到着すると、俺たちは宿場ではなく歓楽街の宿に泊まった。


「あれだけじゃ足りないだろ、もっと好きな物を頼んでいいぞ」

「う、うん……」


「どうした?」

「お、男の人と、こういうところ入るの、初めてだから……」


「ああ……そりゃそうだろうな」


 そこはそういうたぐいの宿だ。

 ベッドが1つだけで、桃色のランプが室内を照らす、不純な目的のための宿だった。


「スティールアークに帰りたいなら帰っていいぞ」

「だ、大丈夫……。貴方のこと、信じてるから……」


「盗賊を信じるな。俺は詐欺もするし恐喝だってする。そんな人間を信じるな」

「でも、私にはそんな人には見えない……」


「悪人っていうのはそういうものだ」

「でも……でも私は、ドゥはいい人だと思ってる……」


「はっ、臨時徴収の時にその目で見ただろ。俺みたいなのは、人を騙すために善人を演じるんだ。俺を信じるな」

「ふふふ……っ、本当に変な人。でも私――」


 そんな折り、部屋の扉が力強くノックされた。ついさっき遅い昼食をオーダーしたのできっとそれだろう。

 ……無警戒にオデットがかんぬきを外そうとしたので、その手に触れて止めた。


「誰だ」

「昼食をお持ちしました」


 若い女の声だった。


「そこに置いていってくれ。……逢い引きの現場を人に見られたくない」

「へっ……?! あ、逢い引きっっ!?」

「それは失礼を。……ドゥ様(・・・)


「誰のことだ? 俺はパック、人違いだ」


 静かにナイフを抜いて、相手の出方をうかがった。

 ヤツの追っ手にしては動きが早すぎる。ここまで尾行されていた感覚は全くなかった。


 ならばコイツは、どこから現れて、どうやって俺を特定したのだろう……。


「ドゥ様、どうか私を中に入れて下さいませ。せっかくのスープが冷めてしまいますわ……」

「道化芝居はよせ。俺と話す気があるならまず名を名乗れ」


 オデットは俺の背中にくっついて息を殺していた。

 邪魔ったいがまあ、騒がれるよりはずっといい。目を向けると、心細そうに俺の顔を見ていた。


「そんな、信じて下さいお客様……」


 どうやら俺はからかわれているようだ。なのでこっちから扉を開けて、相手にナイフを突きつけることにした。こういうのは先手必勝だ。


「ちょ、待ってっ、ダメッ……えっ?!」


 しかし俺のナイフは相手のダガーにより阻まれた。


「ふふっ、いつになく短気ね。本当に宿の娘だったらどうするのよ」

「えっ……し、知り合い……?」


「ん……その子、堅気よね……? 巻き込んだの……? 珍しい……」

「色々あってな。……久しぶりだな、調達屋」


 ナイフを引っ込めて、床に置かれていたトレイを中のテーブルに運んだ。

 戸惑うオデットを置き去りにして、調達屋プルメリアは残りを配膳して、さも当然と横柄にイスへと腰掛ける。


「えっえっ、ドゥの知り合い、だよね……?」

「ああ、コイツはプルメリア。王都セントアークの闇商人だ」

「はーい、こんにちは、ブロンドのかわいいお嬢ちゃん♪ それと、モモゾウちゃんもね♪」


 俺とオデットもイスに腰掛けた。昼寝をしていたのかモモゾウは遅れて目を覚まして、プルメリアの大きな胸に飛びついた。


「わぁっ、プルメリアだ! なんでここにいるのーっ!?」

「偶然、街でドゥを見かけたのよ。フフフ……モモゾウちゃんはいつだってふわふわね」


「えっへんっ! 毛繕いは1日最低50回はするようにしてるからねっ!」


 そりゃ普段は袋の中で寝ているか、食っているか、毛繕いをしているかの3パターンだからな……。


「そう、もし死んだら剥製にさせて」

「ピィッッ?! あ、あああっ悪趣味だよぉーっ!」


 同意だ。プルメリアはウェーブがかかった長い髪で片目を隠して、必要もないのに妖艶に微笑んだ。


「初めまして、私はオデット。スティールアークの雑貨屋レッドベリルの娘よ」

「あら……スティールアーク……ふぅん、なるほどね」


「え、なるほどって何が……?」

「プルメリアにこちらの仕事がバレたってことだな」


「あ、ご、ごめん……つい……」

「気にするな、確証を与えてやっただけだ。それで、アンタは何が望みだ? 働いてもいないやつに分け前を渡す気はないぞ」


 プルメリアの細められた目が俺とオデットを順番に見た。俺が堅気と――いや、モモゾウ以外の誰かと組むのが不思議そうな様子だった。


「違うわ、取引がしたいの。ドゥ、アンタに盗んでほしいものがあるのよ」

「わ、私たちを通報したりしないんですか……?」


「しないわ。信用が傷つきますもの」

「コイツはアンタとは正反対の存在だ。裏から裏へと物を運び、盗品や関税の差で儲ける悪党だ」

「あ、だからドゥと知り合いだったんだ……」


「で、なんでアンタがここにいる? アンタは王都が拠点だろ?」

「あら、話をループさせるつもり? 盗んでほしい物があるの」


「ああ、そうだったな、だがそういう仕事は受けない」


 人知れず盗み、人知れず去るのが盗賊の理想だ。

 自らの手を汚さずに盗賊に仕事をさせ、最後に盗賊を消す悪党も世に多い。


「その袋、中はピッチェ子爵の財宝ね? そしてその子は表の人間」

「そうだ」

「ちょ、バラしちゃっていいの……?」


「もうバレてる。そして俺たちの目の前にいるこの女は、ちょうど俺たちの都合通りの人材だ」

「それって、どういうこと……? あっ、そうか、闇商人っ!」


 ただこの女は利用できる。闇商人としても優秀で、今回の仕事に最適な商売をしていた。


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