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大地は懐深く

「裕香、アレを見てッ!」

 黒と赤の炎の杖を振り回す魔女姿のいおりが、ふとその動きを止めて親友へ声をかける。

 白銀のヒーロー、ウィンダイナは、その十年来の親友の声に、大蛇の頭に乗って突き立てていた光刃を抜く。

「いおり? どうしたの?」

 そして血糊を払うようにライフゲイルを翻すと、いおりが視線で示す先。空を見上げる。

「いったいなにが?」

 ウィンダイナの傍らに降り立ったニンジャヒーロー幻雷迅も、遅れて上空へ顔を向ける。

 三名の見上げた先。

 そこにある十二の大蛇の首につながる胴体は、その底部に備えた顔を石のように固めていた。

 急に彫像のように固まったそれは、原因を探り始める間もなく鼻先からヒビ割れ始める。

 光を覗かせた亀裂は、その根本から十二の大蛇首へと波を広げるように伝わっていく。

 その様を見てウィンダイナと幻雷迅は、早くも石化、崩壊を始めた足下の頭から飛び下りる。

 そうして硬く舗装された町の地面へと降り立った二人のヒーローと一人の魔女は再び顎を上げて目を空へ。

 三者が見上げるその先で、天を塞ぐ闇は砂と崩れるように光に変わる。そして月と星の見える空が開かれる。

 雪が降るように降りてくる光。

 ヴォルスに取り込まれていた町の人々を包んだそれに、三人は肩を使って大きく息を吐く。

「やってくれたんだな。あの子たち」

「それはそうよ。いおり自慢の教え子たちだもの、ね?」

「ええ。それに、アムとルクスの子どもたちだから」

『自慢した覚えはないさ?』

『照れるなって』

 そう言いながら体を払う戦士たちと魔女。

 白銀の装甲には煤と亀裂が走り、マントや忍装束も破れほつれが所々に。

 そんな戦いの傷と疲労を漂わせた一同の程近く。十歩と離れていない所に、光がドーム状に現れる。

 火、風、水。三つの色に渡り輝いたそれが弾ける。するとその下からは負の幻想へ戦いに赴いた少女たちの姿が。

「みんなッ!」

 教え子たちの帰還。それに魔女姿のいおりは、その露悪的な姿には不釣り合いな安堵の笑顔を弾けさせて駆け出す。

 そして駆け寄った勢いのまま、現れたその場に座る炎の巫女を抱き締める。

「……うぅッ」

「あ……ごめんなさい、明松さん」

 抱擁と同時に漏れたかすかなうめき。それを抱く力が強すぎたと解釈したいおりは一言詫びて腕を緩める。

 そして鈴音や梨穂の骨折など、目に見える苦闘の痕を見て取って下唇を噛む。が、すぐに顔に浮かび上がった悔しさを内側へ振り落とすと、穏やかな笑みで生還した教え子たちを迎える。

「みんな……苦しかったでしょうけど、成し遂げてよく戻ったわ」

 労いの言葉とともに放つ癒しの炎。

 ダメージを概念から焼失させるそれを浴びせながら、いおりは教え子たち四人を順繰りに見回して行く。

「……え?」

 そう「四人」なのだ。この場にいる教え子は火、水、風の竜と繋がった契約者たち。そしてヴォルスと繋がっていた智子の「四人」しかいない。

「ねえ、悠華ちゃんは……?」

 その違和感。ここで欠けている者の名を、ウィンダイナが口に出す。

 遠慮がちな、しかし必要な問い。

 それにいおりに抱かれたホノハナヒメが、その巫女の装いを火と散らしながらうつむき、嗚咽を漏らす。

「……嘘、だろ……?」

 言葉にせず、ただ鼻をすすりしゃくり上げる瑞希。言葉以上に雄弁と語るその態度に、幻雷迅は額当てを抑えて頭を振る。

 骨の繋がった梨穂や鈴音も沈んだ顔でうつむき、口をつぐんでいる。

 そしていおりもまた声をかけず、瑞希の背を撫でてなだめる。

「……っく、ヒック……アム、さん……グス」

 いおりのマントに涙の跡を残しながら、瑞希は涙交じりの声で師と繋がっている黒竜の名を呼ぶ。

『……なにさね?』

 涙ぐむ娘の契約者。それにいおりに重なる幻影として現れたアム・ブラが話の先を促す。

「うっ、く……どうしてヴォルスを、ちゃんと……生んであげられなかったんですか……ッ!」

 柔らかな声に促されて、瑞希の口から出たのは非難の涙声。

『なんて?』

「悠ちゃんが、言ってました……ヴォルスは、本当だったら……テラくんたちの、お姉さんになってたはずだったって……」

 自覚の無い過ちを責められて戸惑うアムへ、瑞希は悠華がヴォルスを抱きしめながら語った事実を告げる。

 そして瑞希は、契約相手の幻影ともどもに当惑を露わにするいおりの肩に顔を埋めたまま、その赤いマントを握りしめる。

「なら! こんな、こんな事件も起きなかったかも知れなくて……! ゆ、悠ちゃんも……っぐ、悠ちゃんだってぇ……ッ!!」

 嗚咽混じりの非難に合わせ、いおりに拳をぶつける瑞希。

 その責めを。

 その拳を。

 その涙を。

 いおりとアムは自分たちへ降り注ぐ、友を失った悲しみの発露を甘んじて受け止める。

 戦いは終わり、守られた命が光に包まれて降り続けている。

 しかしここにいるべき少女は欠けて、そのことを嘆く嗚咽が響く中、ウィンダイナとルクスを始めとした戦いの中心人物たちは晴れない心を抱えて重く沈む。

 だがそんな一同の傍ら、不意に光が闇の中に開く。

 ドアほどの大きさの輝き。やや高い中空に開いたそれに、しかし幻想の戦士たちは沈んだ心に縛られて注意を払うこともない。

「うおわぁあッ!?」

 そんな戦士たちの目を集めず仕舞いの光から、人影が一つ吐きだされる。

 声を上げたそれは放り出された勢いのままに放物線を描いて地面へ。

「もぎゃぁあんッ!?」

 そしてアスファルトの地面に尻餅。そのまま尻肉の弾力で一跳ね、硬い地面に飛び込むように倒れる。

「く、くっふぉおぉ……し、尻が、尻が割れたぁあ……って、前にもおんなじよーな事があったよーなぁ……」

 強かに打ちつけた尻を高い位置でさすりさすり、痛みに悶える褐色の少女。

「ゆ、悠華ちゃんッ!?」

 その声を聞いて振り向いた仲間たちは、驚きのままに揃ってその名を叫ぶ。

「お、オイィーッスぅ……」

 それに悠華は高く尻を持ち上げた下半身はそのまま、身を捩って仲間たちへ涙ぐんだ顔を向ける。

「……ゆ、悠ちゃん……?」

 信じられないものを見たかのように瞬き、眼鏡を上げて目をこすり、重ねて見直す瑞希。

「やっはー。ギリセーフでなーんとか間に合ったよー」

 悠華はそんな親友に這いつくばった姿勢のまま、おどけ調子に手を振って見せる。

「悠ちゃぁあああああんッ!!」

 すると瑞希はいおりから同極の磁石が反発するように分離。そうして悠華へ駆け寄り飛び込む。

「うおわっとぉッ!?」

 それに悠華は慌てて身を起し、飛び込んでくる瑞希を迎える。

 が、瑞希の勢いを受け止めきれず、悠華はその場に背中から倒れる。

「悠ちゃん! 悠ちゃん! もう、心配したよぉッ!!」

「やっははは、ごーめんごめん」

「もう! 本当に悪いって思ってるのッ!?」

 馬乗りになって揺さぶってくる親友に、悠華は軽い調子で詫びの一言。そのあまりの軽さに瑞希が重ねて叫ぶ。

『おかえり悠華。でも、オイラが生きてるから死んじゃいないとは思ってたけど、こっちはもう二度と会えないかと思ってたんだぞ?』

 そこへ瑞希に遅れてやってきた仲間たちの中から、悠華のパートナーであるテラが先に立って、その生還を迎える。

「本当にヒヤヒヤさせてくれたものね」

「でも無事に帰ってきてくれて嬉しい!」

 それに続いて、頭側に回った梨穂が腕組み軽いため息と共に見下ろし、鈴音が悠華の頬を両手で包む。

「いやいや。とっさにやっちまったコトでずいぶん心配かけちゃったんねぇ」

 悠華は胸から上を起こして、周りを囲む仲間たちの顔を一巡り。

 そうしてののんきな一言。それに、瑞希が正面から馬乗りのまま悠華の胸元を浅く押し、鈴音が後ろから頭を抱えて髪をかき混ぜる。そしてそんなじゃれ合いに、梨穂が腕を解かずに呆れ混じりの笑みを溢す。

「……あの」

 そこで全員集合を喜ぶ少女たちの塊に投げかけられる声。

 悠華たちが揃って目を向ければ、そこには戸惑いがちに目を泳がす智子が。そしてためらう智子の後ろには、いつの間にか変身を解いていた裕香といおり、孝志郎が立っている。

「ほら、言いたいことがあるんでしょ?」

 智子の背に手を添え、柔らかく促す裕香。

 それに智子は裕香を、いおりを見て、顎を引く。

 肝の据わった風のその顔。それに少女たちもその口が開かれるのを黙って待つ。

「……ありがとう」

 そして頭を下げた智子から紡がれた言葉は感謝であった。

「みんなありがとう。憎しみに狂っていた私たちの目を覚まさせてくれて」

 それから頭を下げたまま膝を付き、ほとんど土下座に近い姿勢で礼の言葉を重ねる。

「いやいやいや、頭上げてちょーだいってばらっきー! アタシはやりたくてやっただけだし!」

 そのまま手まで付いて地面に額づけかねない智子に、悠華は慌てて止めに入る。

 すると智子は素直に従って顔を上げて悠華を見据える。

「それで……迷惑をかけた上に助けてもらって、厚かましいとは思うんだけど……聞いてもいい?」

「うん。なにを?」

 神妙な面持ちで、遠慮がちに質問の許しを求める智子。それに悠華はあっさりとうなづいて本題を促す。

 それには智子を含め、周囲の面々は思わず表情を緩ませる。

 が、智子自身はすぐさま緩み掛けたそれを引き締めると、改めて口を開く。

「あの……あの子は、どうなったの? 私と繋がっていたあの子は」

 そして躊躇いがちにかけられた問いは、ヴォルスの安否を尋ねるもの。

 すると悠華は胸元の二つのささやかなふくらみの間に手を置く。

 そして僅かな光が灯ると同時にそこから一つの塊を引きだす。

「た、まご……?」

 誰ともなくこぼした呟きのとおり、悠華の胸から現れたそれは果たして、一つの黒い卵であった。

 バレーボールほどの、手に余るほどのそれ。

 表面の黒く艶めいた大卵を悠華は智子へ向けて差し出す。

「この卵が……あの子なの?」

「うん、そう。いまはこの中で幻想種として生まれ直そうとしてるんよ」

 智子が呆然と黒い卵に両手を伸ばし、包むようにしながら呟く。悠華はそれにうなづいて、卵の中身がどうなっているのかを説明する。

「で、どうするん?」

「え?」

「いやアタシも契約、とまでは行かないけど繋がりを持ったワケで、このまま育てるつもりだったけど、らっきーが面倒見るって言うなら返すよ?」

 卵と共に悠華の掲げた選択肢。

 それに智子は戸惑い手を引き、裕香といおりを振り仰ぐ。

 だが、二人はそれぞれの契約竜の幻影と共に首を縦に。何も言わず、智子自身の選択を肯定する。

 続いて智子は悠華以外の契約者にも視線を。

 しかし瑞希たち三人もまた無言でうなづく。

「らっきーはどうしたいの?」

 重ねて自身の意思で選ぶ事を促され、智子は卵から引いた手をそのまま、顔を伏せる。

 沈黙。

 ささやかな夜風が建物の合間を抜ける音さえも耳にはっきりと。

 それほどの静寂がどれほど続いたか。

 やがて智子は深呼吸を一つ。ゆっくりと顔を上げると、黒い卵を手に取る。

「……私が受け取る。やっぱりこの子は、もう一人の私だから」

 確かな決意と共に、智子は宝物を包むように卵を胸に抱く。

「うん。やっぱりその方が喜ぶよ」

 智子の決心と選択。それを悠華は満面の笑みで祝福する。

 続いて残る仲間たちも悠華に同じく、智子の選択を頬笑みで受け止める。

 すると智子は卵を抱いたまま、周囲に微笑み返す。

「……本当によくやったわ」

 そして笑い合う一同の姿に、いおりが悠華へ向けて深く微笑む。

 そんないおりの称賛の笑顔に、悠華は仲間たちに囲まれたまま満面の笑みで返す。

 戦いの果て。

 疲労とそして安堵。それらに包まれた一同を地面がしっかりと支えている。

 いつもと同じく。いつでも変わることなく。

拙作に最後までお付き合い下さりありがとうございました。

「魔法少女ダイナミックゆうかG」これにて完結でございます。

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