ヴォルス・エイバン
「いぃやぁあああああああああああッ!!」
六つの声を束ねて駆け上がる光。
それは降り注ぐ酸の滴を受けきって、空間の天井を貫く。
肉に包丁を入れるように、光の切っ先を受けて裂け広がる天井。
その勢いを緩めることなく、三色の光で作られた槍の穂は弾力ある障害物を切り裂きながら翔け上る。
やがて分厚い壁を貫いて竜とその契約者たちは別の空間へ飛び出る。
そして飛び出した契約者集団は分離。大きく開いた穴を中心に三角形を描く形で着地する。
「荒城さんッ!」
空間の上方向へと連れ去られたサイコ・サーカスの正体であった智子。
それを真っ直ぐに追いかけ飛び出した先。一行の正面に当たる位置にはちゃんと智子の姿が。
しかしその身を包むのはサイコ・サーカスのピエロドレスで、その肘から先と腿から下は脈動する壁に埋まっていたが。
「今助けるから!」
黒々とした小山の様な脈を打つ肉塊。
ホノハナヒメは智子を磔に捕らえたそれを目掛けて晃火之巻子を振るう。
金幣の側面から、鞭のようにしなり伸びる炎の帯。
だがホノハナヒメの振るったそれは飛び出してきた触手に打ち払われる。
「なッ!?」
攻撃の迎撃されたことに驚き、眼鏡奥の目を剥くホノハナヒメ。
そして悠華を抱えてとっさにその場を飛び退く炎の巫女。それを目掛け、晃火之巻子を打ち払った触手が突き出される。
『ダメよぉ!』
「危ないッ!!」
それにフラムが火の息を吐いて迎撃。また同時に瑞希の放った水レーザーが触手の根元を打ち抜く。
先ほどまで相手をしていた酸の滴や霧と違い炎に焼け、鋭い水に貫かれる触手。
「ちゃんと攻撃が通じるんだったら!」
『ああ! さっきまでの鬱憤を、全部ぶつけてやろうじゃないかッ!!』
それを受けて気を入れた鈴音とウェントの風組が緑色を含む風を後に残して跳躍。
「やぁあああッ!!」
小山の様な肉塊を一飛びに飛び越えて、鈴音はレックレスタイフーンを両手持ちに振りかぶって飛びかかる。
対する智子を捕らえた黒い肉塊は、撃ち抜かれた場所とは別の所から鞭の様な触手を伸ばして迎え撃ちに振るう。
「そんなので!」
『ボクたちが、風が止められるかッ!!』
切り裂こうとするように薙ぎ払う肉鞭の一閃。それを気を吐いた鈴音とウェントはするりと流れるように避け、その先を塞ぎに来ていたモノを暴風を凝縮した鎚鉾で殴り飛ばす。
打撃に伴い広がる暴風。四方八方へ拡散したそれは、殴打にも似た圧力をもって集まっていた触手を押しのける。
鈴音はメイスを降り抜いたままに構え直し、密度を薄めた触手の隙間をすり抜けて囚われの智子へ向けて突撃する。
「この一撃でぇえッ!!」
触手の懐へ滑り込んだ鈴音は、囚われの智子のすぐ側を狙って突進の勢いを加えて繰り出す。
だがその瞬間。智子の埋まったその両斜め下、そこに裂け目が走る。
斜めに釣り上がる形で出来た裂け目。それが瞬時に拡がり、彩りの定まらぬ光が現れる。
「えッ!?」
目のようにも見えるそれに堪らず息を呑む鈴音。その一瞬の隙に巨大な混沌の光を宿した目から光が放たれる。
「きゃぁあうッ!?」
「鈴ちゃん!?」
溢れ出す混沌の光。それを浴びせられて吹き飛ぶ鈴音をホノハナヒメが晃火之巻子を振るって絡めとる。
梨穂が雨と放つ水の弾丸が追撃を牽制する中、炎の巫女は火炎に巻いた友を引き寄せる。
『鈴音、ウェント、大丈夫なのぉ!?』
フラムが心配そうに風組を見下ろす。
「う、うう……これくらい!」
『どうってことないっての』
火竜の言葉に素早く返して、身を起こす鈴音とウェント。
とっさに身を引いて直撃は避けたのか、確かに見るからに重い火傷はない。
しかし焦げ目の刻まれた風の衣や、体から立ち上る煙を見れば、力強い返事も強がりにしか聞こえない。
しかし裏返せば強がりを言える程度には余裕がある風組に、ホノハナヒメは安堵の息を一つ。癒しの炎を浴びせる。
だがそうして仲間の手当てをし始めたところで、地面がにわかに揺れだす。
「きゃ!?」
『なに? なんなのよぉ!?』
不意打ちの地震に足を広げ、よろめく体を踏ん張る火組を始めとする契約者たち。
弾力性に富んだ足場に立つ波。徐々に激しさを増すそれの押し寄せてくる方向へ目をやれば、目を開いた小山がせり上がり始めていた。
氷水の弾丸を撃ち込まれ続けながらも、智子を捕らえた肉塊はそれをものともせずに高さを増していく。
『我らはヴォルス……死と破滅を望む者……』
やがて両目の下に新たに裂け目が開け、そこから言葉が放たれる。
風圧さえ伴うそれを口とするならば、それと目との間には鼻らしい隆起が。
ヒトの顔のような形を持った塊は、より一層の勢いをもって高くへ。
高く。
高く。
智子を額に納めた頭は、柱のような首が長々と伸びて空間の上層へと運ばれる。
長い髪を生やした首を持ち上げる、巨大な柱か塔ともいうべきもの。それは幾千幾万の触手が寄り集まって作られた集合体である。その根元では、次々と材料である触手が床から生えた端から合流、頭を支える一部となっていく。
『我はエイバン。滅亡を告げ、死を祝う者』
高くから放たれる名乗りの言葉。
重く圧しかかるようなそれに続いて、エイバンと名乗った顔が塔のような肉柱から乗り出す。
その頭を支えるのは、顔と同じくヒトに似た胴体。 しかしその胴に肩から先は無く、腹も豊かな乳房の下、みぞおちの辺りから肉の柱と一体化している。しかもその頭の上には、まるで傘となるかのような蛇の頭が。
大蛇の半ばから生えた腕の無い女。
そこへ向けて梨穂がウェパルの先端を向ける。
「死だの滅びだの……そんなにありがたがるならまず自分に与えなさいッ!!」
歪で巨大な蛇女の名乗りへ向けて叫び、極太の水流を放つ梨穂。
魔傘の先に描かれた魔法陣。それを砲身として生み出された、荒ぶる大河そのものを呼び出したがごとき大水流。
それは滝を逆回しにするかのように空を登り、エイバンと名乗るヴォルスへ向かう。
死の穢れを、それをもたらそうとするモノもろともに洗い流そうとする激流。
しかしそれは唐突に割り込んだモノに易々と遮られる。
「な!?」
『……ん、だとッ!?』
梨穂とマーレを始めとして、揃ってがく然と見開いた目を瞬かせる契約者たち。
見上げるそれらの先には巨大なカエルの頭が。大口を開けて大量の水を受け止めていた。
そのままカエルの頭は大河一つ分ほどの水流を飲み干すと、肌をつやめかせて上機嫌に一鳴き。
「カエルだったらッ!」
『火あぶりだよぉ!』
そんなまるでゲップをするように鳴いたカエル頭に、ホノハナヒメとフラムは頭を振って火炎放射。水を取り込み潤った肌を焼こうとする。
が、カエル頭を狙う炎も長く太い鼻に叩き潰される。
その鼻の持ち主はカエルの逆、蛇女の右肩辺りから生えた象の頭。
大きな耳を羽ばたかせたそれは火組の炎を払った鼻を振り回しながら契約者らを睨みつける。
長い鼻と舌を振り回す二つ首。しかし生えていた頭は、腕代わりと言わんばかりに長いものを振るその二つばかりではない。
カエルの下には虎の、象の下にはスズメバチの頭が顎を鳴らしている。
そして虎とハチとの斜め下。女の胸の下には鷲の頭が鋭い嘴を開いて空気を裂くようないななき声を上げる。
その下にも敵意を露にした頭がさらに。
すぐ下の段にはコウモリに山羊、シャチに狼。
そして続いて牛、カメレオン、ライオン、熊、馬の頭が横並びに。
段を下がるごとに裾を広げるように太さを増す獰猛なる邪霊の塔。
その根元には巨大な蛭が何匹も横たわって蠢き、その合間合間からサソリ、ネズミ、ワニなどなどの尾が伸びて揺れている。
『我らはヴォルス……我はヴォルス・エイバン。滅びの望みに生まれ、憎悪と恐れの心に招かれし者』
首と胴と尾しかない合成獣。
悪霊と怪物と祟神とを練り上げた邪なる柱。
見るだけでも胃の腑がひっくり返りそうになるおぞましい姿を顕わしたヴォルスの中核、エイバン。
節々から伸びる長いモノが踊る度に悪臭を伴う瘴気が広がる。
悠然とたたずむその姿に、ホノハナヒメ、梨穂、鈴音は青い顔をして後退りする。
怯えと吐き気に染まった顔を袖や腕の奥に隠している。だが足の動くままに距離を取っていては隠そうとしているものがまるで隠せていない。
『いいぞ……そうして怯えて竦んでいるがいい。その怯えが新たな我らを生み育むのだ』
そんな戦士たちの姿を見下ろして、嘲り笑いと声を降らせるヴォルス・エイバン。
しかしそんな嘲笑に戦士たちはすり足に退きかけた足を止める。
そして三者三様それぞれに深呼吸を一つ。
今動ける三人の魔法少女たちは顔を見合わせてうなづき合う。
「悠ちゃんを……」
「守って」
「癒して」
続けて杖を絡めて未だ目を覚まさない悠華へ向ける。
すると三つの杖から伸びた三色の光は絡まり、束なって悠華とテラを覆う。
『三人とも、なにをッ!?』
薄く球を成した光。それは戸惑うテラをよそに、泡のように地組を包んで、水に浮かぶように宙へ浮かばせる。
火、風、水。三つの力が作った守りと癒しのマジックカプセル。
「テラくん、悠ちゃんをお願い」
「任せたからね」
「まあ、そこで揃ってじっくり休んでなさいな」
それが問題なく発動しているのを確めて、三組の契約者たちは獣の首と尾を重ね合わせた塔へ向けて身構える。
『ほう? 我らと戦うと? 我らを招き、育んでいる貴様ら自身がか?』
少女たちの戦う意志を見てとって、ヴォルス・エイバンの女の顔が疑問符混じりの薄笑いを浮かべる。
その一方でその歪な体を構成する獣面の数々も、笑うように鳴き、吠える。
爆発するような笑い声。アリが一匹で象に挑むかのような無謀さだと言わんばかりの声を合わせた哄笑。
その共鳴に波打ち、叩きつけてくる空気。
重く圧し掛かってくるそれを浴びながら、ホノハナヒメも、鈴音も、梨穂も、異形の塔へ向けた目を逸らすことなく前へ進む。
その戦う意思を鈍らせない契約者らの姿に、ヴォルス・エイバンは笑い声を抑えて興味深げに見下ろす。
『クフフ……人を通じて出していた我らの一部相手でさえ食い下がるのがやっとという有り様で、よくもまあ立ち向かうつもりになるものだ』
その言葉に続いて瘴気を含んだ圧力が力を増す。
「クウッ!?」
『うぅッ!?』
それに三組の契約者たちはその全員が堪らず腰を落とし、炎の帯や開いたウェパルを盾に身を守る。
が、瘴気を帯びた風が流れれば、戦士たちは防御への備えこそ保ちながらも再び足を前へと踏み出す。
『ほう?』
瘴気の圧力を受けて、なおも前進を続ける戦士たちにヴォルス・エイバンは愉快げに笑みを深める。
『……なぜにそうまでして立ち向かう? 勝ち目はないと分かっているだろうに。ひとりひとり手前勝手に生きあがいてばかりの貴様らが』
契約者たちが近づいてくるのをゆったりと待ち構えながら、再び試すように瘴気の波を放つ。
「あう……ッ!? 何故かなんて、決まってるじゃないッ!」
再びの瘴気波を炎の防護幕で受け流して、ホノハナヒメは高くにあるにやけ笑いに叫び返す。
「友だちを……それと今まで生きてきた場所と思い出を守るためッ!」
『みんなと過ごした日々を守るためだよぉ!』
赤いオーラを漲らせて、漂う瘴気を吹き飛ばすホノハナヒメとフラム。
「やっと毎日が楽しくなってきて、これからっていうのを邪魔されたくないからッ!」
『そーそー、楽しくやってるのを邪魔されるのは我慢ならないんだよね!』
続いて鈴音とウェントが大きなリボンと翼をはばたかせて、緑のオーラを広げる。
「ここで戦いもせずに屈したりしたら、本物の負け犬になり下がるからよ。ここは意地でも引けないわ!」
『ああ! オレたちの誇りにかけて、お前には決して屈しないッ!』
そして梨穂とマーレは不敵な笑みさえ浮かべ、水柱を立てるように青のオーラを噴き上げる。
「そちらが言うように、ただ私たちそれぞれの生きようという思いが、力を合わせて立ち向かわせるのよッ!!」
そしてホノハナヒメの叫びに続いて、溢れ出した三色のオーラが重なる。
前に出た梨穂と鈴音は背中合わせに半身に構え、傘とメイスを合わせてヴォルス・エイバンへ向ける。
二つの杖を中心に互い違いに宙に描かれる青と緑の魔法陣。続いてホノハナヒメが晃火之巻子から伸びる炎の帯に指を走らせて、烈火と高めたそれを二色魔法陣へ巻きつける。
燃え盛る炎を外殻に、さらに数を重ねる魔法陣。それに合わせて炎の帯もまた長く伸びる。
三つの力を束ねた、砲身の如き力の塊。
「清めて、貫けぇえッ!!」
重ねた声を引き金に、長く伸びた魔力砲に漲った力が解き放たれる。
立ち込める瘴気を貫き切り裂く眩い閃光。
膨大な力を束ねて放たれた必殺の魔砲は唸るままにヴォルス・エイバンを飲み込む。
「これならどうよッ!!」
光の中に消えるヴォルス・エイバン。
それに鈴音が肩で息をしながらも笑みを見せる。
『……クフフ。さすがに我らの中枢にまで辿りつくだけの事はある』
しかし周囲を焼き尽くすほどの光の中。
その奥から影と共に漏れだす楽しげな声。
「なにッ!?」
余裕に満ちたその声に、傘を突き出したままの梨穂のみならず、戦士たちは残らず目を剥く。
『消耗してなおこれほどの闘志を生みだす生きる意志……それをへし折り絶望に染めるのもまた一興』
やがて潮が引くように光が弱まり視界が開けると、そこには愉快げに笑みを深めたヴォルス・エイバンが傷一つなく佇んでいた。
今回もありがとうございました。
次回もどうぞよろしくお願いします。




