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三色を束ねて

『おぅ……ッ?! うぁ!?』

 サイコ・サーカスの胸の中心を打つ竜の拳。

 悠華の全身全霊をかけた、しかしグランダイナとしてのものに比べればひどく軽い一打。

 にも関わらず、その一撃を受けたサイコ・サーカスの足は浮き上がり、打点から谷形に折れる。

 サイコ・サーカスもまた、信じられないものを見たかのように目を白黒。戸惑い混じりのうめき声をこぼす。

 そんなサイコ・サーカスを押し上げる悠華の腕。その血に濡れた褐色に巻きついた三節棍はそのまま這うように腕を登る。そして天辺の拳に届くと、拳に触れたピエロドレスの胸元からその奥。サイコ・サーカスの内へと潜り始める。

『グァアアアアアアッ!? アッ! な、なにを!? ガァッ!?』

 巣穴へ潜る蛇のように入り込む翻土棒。ねじ込みが深まる度に灯した光を強める侵入に、サイコ・サーカスは苦悶の声を上げる。

 悠華の拳がサイコ・サーカスから離れてもそれは続き、仰向けに倒れたピエロ女の体へズルズルと潜っていく。

 やがて三節目の末尾まで含めて、全てが女ピエロの胸からその身の内に収まりきる。

『ウッグ!? ウアッ?! 我らの、我らの体が掻き回されてぇえ……! あ、熱い!? 焼けるように熱いッ!!』

 そして翻土棒の沈んだ胸を抑えて叫び、背を弓なりに反る。

 続いて突っ張った足を滑らせ、左右に転がり悶えるサイコ・サーカス。

 その肌の下からは血管の浮かぶように山吹色の光が透けて、脈動するように明滅。その度にピエロは声の有無は問わず苦悶の息を溢して、体を振り回す。

 そんなサイコ・サーカスの有り様には、拳を打ち込んだ悠華も呆然。振り上げた腕もそのままに瞬きを繰り返す。

「え、ちょ……らっきー……?」

 余りの苦しみように達成感以上に戸惑い、悠華はクラスメイトとしての名を呼ぶ。

 その一方でサイコ・サーカスの体は、浮かんだ光に沿って音を立ててひび割れる。

 ひび割れた体は固い音を響かせてさらに広がる。そして光の漏れ出る裂け目から黒い液体が噴き出す。

『うぉああああああああッ』

 声を上げて悶えながら、亀裂から黒い液を霧と噴いてまき散らす。

 そしてまた一際大きな音を立てて亀裂が広がる。すると血飛沫の如く噴き出していた黒が激しさを増す。

『ウヴゥォオオオオオオオオオオオ……』

 黒い飛沫が勢いを増すのに従ってその水源が硬い音を立てて爆散。一方で噴き出していた黒飛沫は塊を成し、うめき声を上げて宙にうねる。

「なにッ?」

『あれ、はッ!?』

 苦しげな声を上げながら、黒い霧の塊は床や壁に光の走る空間を上へと昇っていく。

 それを悠華とテラは見開いた目で追いかける。

 だが悠華はふと息を呑むと、見上げていた顔を下げる。

 その視線の先。そこにはサイコ・サーカスのピエロ衣装の下に隠れていた少女、荒城智子が仰向けに横たわっていた。

「らっきー!?」

「悠ちゃん!?」

 倒れたまま動かないクラスメイト。そこへ躓きながらも駆け出す悠華に、まだ倒れたままでいた仲間たちも慌てて身を起こす。

「らっきー!? 大丈夫、らっきーッ!?」

 悠華は智子へよろめくように駆け寄って、呼びかけながら抱き起こす。

 腕の中で目を瞑る智子の顔は蒼白で、ピエロの顔をしていたとき以上に血の気が失せて見える。

 まるで、先に塊を成した黒い血飛沫と共に、智子の生命力も精神力も根こそぎ抜け出てしまったかのように。

「らっきー! しっかりして! 目を開けてッ!?」

 燃え尽きたような智子を揺さぶり、呼びかけ続ける悠華。

 だが智子からは何の反応もなく、ただされるがままに揺られ続けている。

「悠ちゃん……」

『……悠華』

 そんな悠華に瑞希やテラを始めとした仲間たちはかける言葉もなく、ただ重くなった手負いの体を引きずって歩み寄る。

「らっき……ぃッグ!?」

 だが悠華がさらに重ねようとした呼びかけの声が半ばで詰まる。

 息を詰まらせたその脇腹には黒いナイフが。

 その柄を握っているのは血の気の無い手。黒い蔦に絡みつかれた智子の腕であった。

 脇腹に刃を受けた悠華は、ナイフを手放した智子の手に突き飛ばされ、柔らかな床へ転がり仰向けに。

「悠ちゃん!?」

『悠華ッ!?』

 倒れた悠華に、瑞希やテラたち悲鳴にも似た声を上げて近づく足を急がせる。

「あ、ら……っきぃ……」

 体に入れられた刃を放って、智子へ向けて手を伸ばす悠華。

 しかし智子はそれを無視して、絡みついた黒い縄に引っ張られるようにして立ち上がる。

 だがその顔は未だに蒼白で目も閉ざされたまま。まるで自我が感じられぬ操り人形同然の姿でその場に立たされている。

 そして智子自身は何一つ動くことなく黒い操り糸に引かれ、押し上げられるままに上へ。

「う……うぐッ……」

「止めて悠ちゃん!」

『無理しちゃダメだって!』

 それでもなお手を伸ばそうとする悠華を、いち早くたどりついた瑞希が支えつつも引き留める。

 するとさすがに完全な契約を持つ悠華であっても限界を迎えたのか、伸ばしていた手がぐったりと落ちる。

 限界を切って力の失せた悠華。

 その脇腹を貫くナイフをテラが咥えて引き抜き、瑞希と梨穂が二人がかりの治癒術を刃の抜けた傷口に浴びせる。

 だが落ち着いて治療に専念する間も無く、契約者たちのいる空間が不意に収縮、拡大する。

「うあ!?」

「ひゃん!?」

 不意打ちに波打つ足場に、生身の少女たちは成す術もなく揺られて声を上げる。

 なおも続く足場の波。それに少女たちが足を踏ん張る中、ふと霧のようなものが足元に溜まり始める。

「この霧って……?」

 揺れる足元を見下ろして、正体不明のそれに疑問符を浮かべる瑞希。

「いけないッ!」

 が、水を司る梨穂とマーレは戦慄も露になけなしの心命力を開放。変身の余波で周囲に立ち込めていた霧を吹き飛ばす。

『変身して飛ぶんだ! 早くッ!』

 青いアシンメトリーのコート姿になった梨穂。その傍らで球形の水に乗って浮かぶマーレが少女たちを促す。

 しかしそれに、瑞希と鈴音は深手を負った悠華へ、心配そうな視線を落とす。

「でも悠ちゃんは!?」

「まだケガが塞がりきってないのに!?」

『なら運びながら治療してやればいい! いいから急いでッ!』

 しぶる少女たちへ、マーレは重ねて早口に変身を促す。

 その間にも辺りを見回し落ち着かない水組。その様子にただならぬものを感じ取り、二人もまたそれぞれの心命力の光に身を包む。

「行くわよ、急いで!」

 瑞希と鈴音の二人が変身を終えると、先んじて変身していた梨穂は一歩早く飛翔。

 水飛沫を散らしたそれを追いかける形で悠華とテラを担いだ火と風が飛び上がる。

「永淵さんもマーレも何をそんなに急いで? あの霧みたいなのがどうしたの?」

 説明もなく急げ急げと引っ張られた形に、ホノハナヒメが疑問を上へと投げる。

「下を見てみなさいな」

「したぁ?」

「……あれはッ!?」

 梨穂自身は振り返りもせずに落とした一言。

 言われるままに下を見た二人は思わず息を飲む。

 飛翔する際に残した火の粉と光り含む風。それは集まり、溜まり直した霧に包まれて消え失せる。

 瞬時に消化させられた心命力の残滓。しかもそればかりか、遅れて飛び上ったホノハナヒメと鈴音の袴の裾やフリルリボンの端が酸の飛沫を掛けられたかように穴が開いている。

 つまり少女たちを包もうとしていたあの霧は、強烈な酸性のものだったということになる。

 もう少し飛び上がるのが遅れていれば、濃さを増した酸の霧に前進すっぽり包まれていたことになる。

 弱って無防備な悠華もろとも、あの酸の霧に溶かされる事を想像してか、ホノハナヒメは霧を見下ろして青ざめる。

「……ありがとう、永淵さん」

「マーレくんも、助かったよ」

「どういたしまして」

『構わないさ』

 説明を置いてまで急がせた理由を察して、先行する水組へ礼を。

 しかし飛び上がって安全圏へ逃れたかと思ったのも束の間。空間が波打つのに合わせて、霧がぶわりと舞い上がる。

「ひやッ!?」

『もっと上へ! 急ごうよぉッ!』

 溶かしてやろう。

 そう言わんばかりに昇ってくる酸の霧に、悠華とテラを担いだホノハナヒメとフラムは慌てて足を上げて加速。霧から逃れようとする。

 炎の翼から零れ、軌跡として残った炎。

 それを消化した霧は心なしか勢いを増してホノハナヒメらの後を追ってくる。

 追い上げてくるものから急ぎ逃れる一行。

 であったが、その目指す上方。そこから雫が降ってくる。

「クッ!?」

 迎え撃つように降ってくる雫。その異様な雰囲気を含んだそれを先頭を飛んでいた梨穂は歯噛みしつつ回避。

「わぁッ」

「う!?」

 下に続く鈴音とホノハナヒメも、驚きに声を上げて跳ねるように水滴の軌道から離れる。

 しかし二つ、三つとまるで避けた先を読んだように続く雫を、竜と繋がった戦士たちは身を翻して回避を繰り返す。

 だが地組を抱えたホノハナヒメの動きに、ついに水滴が回避不能なタイミングで重なる。

「草薙の返しッ!」

 とっさに金幣を振るって炎の帯を伸ばすホノハナヒメ。

 いつもどおりに接触から火を上乗せした反射。となるかと思いきや、守りに出た炎の帯は水滴を受けて穴を開けられてしまう。

「え!?」

 実績を重ねてきた守り。それが薄紙のごとく破られたことにホノハナヒメは絶句する。

「……みずき、っちゃん……!」

 しかし悠華の絞り出した声を受けて、とっさに身を捩る。

 結界を溶かし抜いた雫はホノハナヒメの鼻先から外れて豊かな胸元に。

 大きく押し上げられた胸の先。千早の留め紐がその水滴に溶かし切られる。

(いつ)ぅうッ!?」

 留めるものが失われて千早が空に離れていく中、ホノハナヒメから苦痛の声が上がる。

 眼鏡の奥にある目が痛みの元を辿れば、巫女服の胸元に穴が開けられていた。

 染みが広がるようにできた歪な裂け目。その奥にある柔らかな膨らみにも火傷のようなものができている。

「みんな! 防御しちゃだめッ! これ、受けたら溶かされるからッ!!」

 ホノハナヒメは胸元にダメージを受けた事実を焼く炎を押し当てながら新たに降ってきた酸の滴から逃れる。

「そんなッ!?」

「厄介なッ!!」

 バリアも魔法少女の衣も、こめられた守りの力を無視して貫通して見せた水滴の情報。

 ホノハナヒメが身を持って得たそれを聞いて、鈴音はリボンを羽ばたかせて風を大きく渦巻かせ、梨穂は開きかけたウェパルを戻して忌々しげに空を滑る。

 かわすしかない酸の雨。しかし、避けることに専念して速度が落ちれば、かき混ぜられて広がる酸の霧がたちまちに追い付いてくる。

「ここはまさかの胃袋だったってこと!?」

 心命力に特別強烈な酸の挟み撃ちに、梨穂はぶつけるように声を吐いて氷水の弾丸を乱射する。

 しかしそれも消化液の雨とぶつかれば一方的に溶かし尽くされ、壁面に届いたとしても、まるで新たな出口を得たかのように、新たな霧や雫が噴き出す。

 上下左右前後。あらゆる方向から迫る酸。

 それでも少女たちは上へ上へと逃げ続ける。が、度々に霧や水滴となった酸に触れたその衣は、裾や袖の先が溶けてそこかしこに穴が開いてしまっている。

「こんなのどうしたらっていうのッ!?」

『道は塞がれてこじ開けも出来やしないッ、どうしろってんだこんなの!』

 道を切り開こうと果敢に風を起こし、火を放ち、水を撃つ少女たち。であったが、そのことごとくが無効化される中、鈴音がメイスを振り回しながら相棒と叫ぶ。

「諦めちゃだめッ! とにかく上にッ!」

『そうだよぉ! 先生も言ってたよぉ! 気持ちで負けたら勝てるものも勝てないってッ!』

 逃げ回りながらでたらめにメイスから風を放つ鈴音。そんな友をフラムと励ましながら、ホノハナヒメもまた大きく練り上げた火球を炎の帯に絡めて投げつける。

 その巨大な火炎はさすがに瞬時に貫かれることは無く、竜と結んだ少女たちの傘になる。

 が、それでも呼吸を整える間も無く安全地帯を作る炎は削りきられ、契約者たちは再び酸の雨にさらされる。

「そんなこと言われなくたって……しかし、しかしこの八方塞がりはッ!」

『どう打開すればいいと言うんだ!』

 心を折りに来ている消化液の包囲網、偽らざる本音が水組の口からも溢れだす。

 それにはホノハナヒメも重ねる言葉もなく口をつぐむ。

 仲間たちを励ましてこそいたが、ホノハナヒメ自身にも具体的な打開案もがあるわけではない。抵抗を諦めないように訴えていたのも、ただ諦めていない自分を仲間に、そして自身に見せるためにしていたようなものなのである。

「……みんな、先生を……」

 そうして仲間たちが苦しみもがいている中、悠華が苦痛に眉を歪めながら声を絞り出す。

『悠華!?』

「無理したらダメッ!」

 塞がってもなお痛みを強く響かせる傷を押さえての悠華の言葉。それに悠華の体を預かり抱えていたホノハナヒメは酸の雨を大きく避けながら傷ついた親友を気づかう。

「……いおりちゃんたちの……先生と先輩たちの事を、思い……出してッ、力を、一つに……」

 だが悠華は苦痛に苛まれながらも、苦闘を強いられている仲間たちへ伝えるべきことを伝える。

「先生たちの……!?」

 そして仲間たちがメッセージを受け止めたのを確かめると、悠華は微かなうめき声を残して気を失う。

「悠華ちゃん!?」

「う、宇津峰さんッ!?」

 ぐったりと動きを見せなくなった悠華。その姿に鈴音と梨穂は気絶した仲間へ驚きのまま声を張り上げる。

 だが悠華を抱えた、最も親しいホノハナヒメが頭を振って顔を上げる。

「今は悠ちゃんが言ってたことを! 悠ちゃんが伝えたかったことを考えなくちゃッ!」

 頭にまとわりついたものを振り払うようにして決意を新たにするホノハナヒメ。

 それに風組と水組も戸惑いながらも続いてうなづく。

「……先生と吹上さんたちのことを思い出してって……」

「それに力を一つにとも……言ってたよね」

 相談を続ける仲間たち。それも降ってくる雫や囲む霧から逃げながらである。

「そう! それ! 悠ちゃんが言いたかったのは、先生方たちと同じように、二人の、三人の力を束ねてってこと!」

 そして答えに行き着き叫ぶホノハナヒメに、梨穂と鈴音も友の見出した答えを首肯する。

 心が決まれば後は動くだけ。

 契約者たちは一つに寄り集まるとそれぞれの杖を重ね絡めて上へ突き出す。

 悠華とテラを中心に守り、集団をつなぐかすがいとするようにして組まれた三角錐。

 それは最も長く突き出た魔傘の頂点から、青、緑、赤と光の文字列を三層に渡って展開。

 三重構造の魔法陣は心命力を消化する雫に触れても、残る二層で受け止めきり、穴を開けられた端から塞ぎ直す。

「おぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 重なり響く六つの声。それと同じく火、水、風の力を束ねた三重魔法陣はそのまま三角錐を成した一行を包み込み、打ち上げる。

 三つの彩りを順繰りに変えるそれは、天へ放たれた矢の如く、鋭く上へ上へと駆け上っていった。

今回もありがとうございました。

残すところあとわずか、どうぞ最後までお付き合いください。

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